人工恋人

2011/06/18up

 

「お、これか」
 マイスターの訓練も佳境に入り、強襲用母艦の出撃訓練にも慣れてきた頃、その訓練の直前に入った依頼の品を、ロックオンは母艦に与えられた私室で手に取った。



 宇宙に勤務する人が、世界共通免許が必要になったのは、22世紀半ばのことだった。
 その免許がなければ、軌道エレベーターの最上階にある高軌道ステーション、または成層圏ギリギリに建設されている低軌道ステーションから一歩も外には出られない。
 何故免許が必要になったかといえば、その空間が非常に危険であるからだ。
 故に、制約が多い。
 いくつか例を挙げるとすれば、先ずは低重力……と言えば聞こえはいいが、略重力のない場所での行動訓練カリキュラムの終了証がある。理由は当然事故の防止。軽い重力を侮って地球の引力に捕まれば、あっという間に地上に落下し、落下の途中で焼死という自体に陥る。またその逆も然りであり、重力が弱い場所で重力圏外へと脱出するのは、子供の力を持っても出来てしまう簡単な事だった。命綱無しで力加減を誤れば、永遠に地上には戻れなくなる。
 そういった本人を守る術も絡んだ免許だが、それ以外にも当然理由はあった。
 宇宙を生活圏とする為の、国際法の厳守の為だ。
 国際法は多々あるが、またその中の一つを例に挙げるとすれば、デブリに関するものが第一に挙がる。
 静止しているように感じる軌道ステーションは、実は地球の自転に合わせて飛んでいる状態である。そこから発生するゴミは、通常軌道エレベーターを使って地上に下ろされ、普通のゴミとして処分される。ステーションの中には当然ゴミ箱も存在し、そこにゴミと分類されるものは廃棄できるのだが、ステーションから外に出るとなると、その「ゴミ」に対しても規制がかかる。万が一広大だと認識している宇宙空間に投げてしまえば、それは本人に意図があるないに関わらず、犯罪となる。何故ならば、どんなに小さな質量のものでも、秒速8キロ以上でそれは飛行させる事になる。何かに当たれば、確実に破損するだろう。いや、破損で済めばいい。万が一成層圏の外を飛び交っている国際航空線の進路と交差して、更にその旅客機に当たってしまう事態になれば、ネジ一本がその旅客機を破壊するほどの威力を持つのだ。
 地上と宇宙空間の違いを認識できていない人間は、故に外には出られない。
 更なる免許の条件として挙げられるのが、人体に関する問題だ。
 無重力、低重力下での、筋力や平衡感覚の衰えなどの知識や、血流の問題。更には排泄などの、地上で生活していれば何も感じられない生命活動の基本情報の認識である。
 そしてこの科目の中で特に注視されているのが、宇宙空間長期滞在者に対する「性」の認識である。
 地球で生まれた生物は、必ず1Gの世界に対応出来るように、生まれる前から準備される。だが宇宙空間で生を受けてしまったものは、昆虫、哺乳類に関係なく、この法則から解き放たれてしまうのだ。
 空を飛ぶ事の出来る生物は、その活動を知らずに生まれ、地上に降りれば側死亡してしまう。これは人間にも共通する事柄で、宇宙空間で母親の胎内に芽吹いてしまった生命は、通常の人の成長を遂げることは出来なくなるのだ。
 重力に耐えなくてもいい条件の体は、当然地上では暮らせない。
 無重力に適応された筋組織、骨、そして内臓。
 地上に降りれば確実に粉砕されてしまい、生命活動の維持は出来ない。
 免許制度が確立される前に、何例か上がってしまった事例は、20世紀から始まった宇宙開発史上で、悲劇として取り扱われている。
 故に、長期滞在免許の取得の際には、宙域での生殖行為の禁止を、きつく言い渡されるのだ。
 更には滞在時には誓約書を書かされる。
 そうしてやっと人は、ステーションの外に出られるのだ。

 世界から隠れて行動するソレスタルビーイングのメンバーも、これの例外ではない。
 ステーションを利用しなければならない状況を回避できない人々は、この免許を取得している。
 そして制約を交わしているのだ。
 それがなくとも、知識がある上で、まさか妊娠に発展するような真似はしない。
 小さくとも人命に関わる問題なのだ。
 故に、擬似低重力下に長期滞在する強襲用母艦に乗艦するクルーは、成人未成人に関わらず、男性は必ず携帯しなければならないものがあった。
 それは性欲処理の為の道具である。
 道具と言っても機械と言う事ではない。
 マスターベーションがスムーズに行える条件を携帯すると言う、ただそれだけの事だ。
 女性は数ヶ月性行為をしなくても何も問題はないが、男性は問題が出る。健康な成人男性であるのなら、最低でも二週間に一度は射精できなければ、精巣の動きに問題が出るという統計がきちんと出されている。
 セックスが出来ない状態での成人男性のマスターベーションの頻度は、平均で3日に一度。
 だがこれは、地上での、慣れ親しんだ開放感の元での統計であって、閉鎖空間である狭い宇宙船の中と言う条件ではまた異なるのだ。
 宇宙空間に滞在すると男性は強い性欲に晒されると言う実験結果もある。
 何が作用しているのかはまだ解明途中であるが、それでもその欲求は無視できる問題でもなく、特に女性と長期間閉鎖空間で共に生活する男性は、恥ずかしかろうがなんだろうが、公に自分が性欲処理をしているとアピールする必要がある。そうでなければ女性は強姦の危険性と常に隣り合わせの精神状態を強要されてしまい、こちらにもストレスがたまる。
 性的欲求には、男は逆らえない生き物なのだ。
 だがそれも生物の種の保存を考えれば致し方ないとしか言えない。
 いや、男性にその行動理念があるからこそ、何万年と種が存続していられるのだから、無くなってしまっては困るのだ。
 そういった理由から、ソレスタルビーイングの強襲用母艦プトレマイオスでも、出航前の物資調達時には、男性に対してアダルトグッズの選択要請が必ずまわされる。
 成人男性のメンバーの一人、ロックオン・ストラトスは、見慣れたそのリストを眺めながら、今度はどんなものにしようかと、コロニー内に建設されている秘密基地の一室で考え込んでいた。
 前回は5本のアダルトデータと、女性の膣を模倣した、オナホールと呼ばれる性欲処理器具だった。
 オナホールは基本装備に入っているので、選んでいるのはアダルトデータのタイトルだ。
 宇宙生活から発見された思いもよらない男性の性欲向上という現象から、更に研究された問題として、古来よりずっと繰り返されていた男性のマスターベーションに問題が発見された。
 実は20世紀からその研究はされていたのだが、その当時は閉鎖空間が特殊なものであり、閉鎖空間での生活が特別なことではなくなった22世紀頃から、この研究は日の目を浴びたのだ。故に24世紀になっているこの時代、何も思わずに男性は性欲処理器具を使う。
 利き手で直接性器を握り擦りあげる事は、この時代緊急時以外はあまりない。
 理由はその方法が、その後の性活動に不具合が出るからだ。
 手と膣は当然感覚がまるで違うので、長年手の感覚に慣れてしまうと、女性の膣で射精出来なくなる事があると言う研究結果があり、更にはマスターベーションの回数が多くなると予測されている空間に赴くのに、その危険性を考えないなどと言う事は無い。
 標準で支給されるものとは別に、それなりの機能がついているものもあるが、それは後で選別しても構わないと、ロックオンはアダルトデータのタイトルと内容を吟味する。
 特に重要なのは女優の顔だ。
 普通のセックスなら電気を消してしまえば顔は解らないのでどうにでもなるが、アダルトデータとなれば話は別だった。
 顔を見て萎えては困るのだ。
 好みとしては金髪の美女。
 だがそれ以外の要素として、最近気になっているのが東洋のアダルトデータだった。
 特に中東系。
 理由は簡単だ。ロックオンが最近困った感情を抱いているのが、中東出身者だからだ。
 ロックオンは奥手ではない。
 だがその人物が男だった場合、話は変わってしまう。
 過去に恋人もいたし、愛を囁くのが礼儀とされている風習の中で思春期を過ごしたので、恋心を抱けば素直に相手に伝えていた。
 だが、男に対しては初めてだった。
 気がついた瞬間は、自分の性癖に驚いてしまった。
 その上その人物はまだ少年で、今までのようにはいかない事を、当然理解している。
 男に「抱きたい」などと言われたら、少年も衝撃的だろう。
 更には気持ちを伝えて受け入れられなかった時の、関係の亀裂は救いようがない。
 何故ならその人物とは仕事関係もあるからだ。
 不自然な関係のまま出来る簡単な仕事でもないので、今は沈黙するしかないのだ。
 故にその発散を、アダルトデータに求めている。
 似た顔の子がいれば尚よしだが、そんな偶然は滅多にない。
 リストの中の写真で、そんな感じに見える子を探して、今回も注文を出した。
 だが中東ばかりのデータだとばれてしまうと予測して、その感情を抱く前に出していた己の好みも当然混ぜる。
 ロックオンはその吟味中に、風変わりな依頼を受けた。
 依頼の内容は、所謂テスターである。
 だがソレをロックオンに依頼したのは企業ではなく、個人だった。
 ソレスタルビーイングのエージェントを勤めている王留美という美少女の依頼は、破廉恥極まりなく、だが成人男性にしか受けられないものだった。
 乗艦前のタイミングで男性のロックオンに寄越した依頼は、当然アダルトグッズの試験使用である。
「おいおい、危険なものじゃないだろうな?」
 テスターと聞いて、先ずロックオンは疑った。
 世界的規模で様々な会社を運営している王留美は、ありとあらゆるものの制作会社も傘下に治めている。
 その中の一つの企業が、アダルトグッズの制作会社なのだろう事は、普通に想像がついた。
『危険性はありませんわ。地上でのテストは終了しています。後は微重力空間のテストのみですの。このグッズは成人向けに販売予定ですので、貴方かラッセにお願いしたいのですが、貴方の方が適任かと思いまして』
 トレミークルーには、他にも成人男性は居る。何故自分とラッセを指名してくるのかの疑問と、更にロックオンが適任とされる理由がわからずに、通信画面越しに首を傾げた。
 ロックオンの疑問に、すんなりと王留美は答えてくれた。
『お二人が適任と判断したのは、体力的な問題ですわ。この商品は一週間連続でご使用頂きたいのです。それと特許を取得したい商品ですの。ですから機密保持料として、相応の金額をお支払いいたしますわ。毎月どこかに送金していらっしゃる貴方の方が、こちらもお渡しする甲斐もありますし』
 一週間毎日処理をする事が前提とされているのなら、マイスターであるロックオンとラッセと言う人選は、確かに納得できた。
 他の成人男性の乗組員よりも、当然体力には自信がある。
 更には機密保持料と聞けば、己に回ってきても頷ける話だった。
 別に金に困っているわけではないが、確かに他のメンバーよりは、ロックオンは収入が欲しかった。
 無差別爆破テロに巻き込まれたロックオンの、唯一のこっている家族である、普通の生活を送っているはずの双子の弟、ライルに、生活資金の援助をし続けているからだ。
 CBに入ったのも、当然荒れている今の世界事情をどうにかしたいと言う理念もあったが、提示されたサラリーが、CBに入る前に生業にしていた暗殺業の平均収入よりも多かったからだ。
 ロックオンとは違い、普通の生活を営むために、真面目に大学にまで進んでいた弟は、情報では今年から世界でも屈指と言われる大手企業に就職したらしいが、それでも働き始めの収入などたかが知れている。
 故に、いまだに生活補助を続けていた。
 自分達の生活の手配を行っているエージェントである彼女が、ロックオンの行動を知っていてもおかしくは無い。
 危険性も無く収入に繋がるのであれば、更にはどうせ持ち込まなければいけない物の一つであるのなら、異論は無かった。
「そういうことなら了解だ。いいぜ、使うよ。使用感とかのレポートあげればいいんだな?」
『ええ、お願いいたします。ですがレポートは紅龍に渡してくださいな。わたくしは必要事項以外は見たくないので』
 いつもロックオンのレポートは、私感が多いと評判で、それが性生活に関する事となれば、確かに少女は見たくないのだろう。
 毅然として見える割には、彼女も普通の女の子の感覚だなと、ロックオンは笑って了承を告げた。


中略


 その日の訓練は、宇宙空間での戦闘訓練だった。
 二対二に分かれて、模擬戦闘を行うのだ。
 ロックオンは件の少年、刹那とバディを組み、ロックオンの次に年齢の高いアレルヤと、年齢不詳のティエリアが操る二体のガンダムと戦闘訓練を行った。
 実弾は使わず、損傷を示す信号を出すペイント弾と、更に機体に傷をつけない発光擬似ビームサーベルを使用しての戦闘だが、それでも宇宙空間にいるというだけで、自然と緊張感を得られる。
 目の前に広がっているのは、モニター越しの宙域だが、それでも僅か20センチの厚さの鉄の壁の向こう側は、真空だ。
 マイナス272度の、空気が無く、放射能に満ちた空間だ。
 生命の生存できる環境ではない場所で、いくら模擬弾でも下手をすれば当然命に関わる。
 独特の緊張感と、戦闘の空気に、模擬戦闘を終わらせて機体を着艦させた後には、安堵の溜息が自然と漏れた。
 そして自覚する、男の生理現象。
 擬似とはいえ、戦闘中は、興奮を覚えると分泌されてしまうノルアドレナリンが大量に脳内で生産される所為で、男性は己の意思と関わらずに勃起してしまうのだ。
 毎回の事とは言え、コクピットの中で自分の股間を見下ろして、ロックオンは苦笑する。
 実戦なら、まだこの虚しさは軽減されると、不謹慎な事も考えてしまう。
 いつもの手順で個別のルートを使い、ロッカールームの奥のシャワーブースへと向かった。
 着艦は4機同時には出来ないので、一機ずつ行われ、故にこの道で誰かにすれ違う事もない。
 全員、条件は同じなのだ。
 故に、お互いに配慮をしている。
 マイスター全員が男なのだから、やることは皆同じだ。
 だがこの日は少しだけ違ってしまった。
 普段なら、年功序列と決まっている訳ではないが、大抵一番にロックオンが着艦し、その後にアレルヤが続くのだが、どうやら順番が変わったようだったのだ。
 ロックオンが緊急の手段としての処理を終わらせると、シャワールームの扉が開く音がロックオンの耳に届く。
 普段なら左隣りから扉の開閉の音が聞こえるのだが、この日の音は壁際の右隣から響いてきた。
 マイスター分の個室が用意されているシャワールームは、特に決めているわけではなかったが、なんとなく誰もが決まった場所を使用していた。
 そしてロックオンの右隣は、いつも刹那が使用している場所だった。
(珍しいなぁ)
 右隣りが水音を立てるのを聞きながら、いつも一番後に着艦している刹那が二番目という事に、そんな感想を持つ。
 だが次の瞬間、ロックオンは恋する男の定番の思考回路に陥ってしまった。
 今、このシャワールームには、二人きりなのだ。
 そして一機の着艦に要する時間は、大抵10分程。
 つまりこの後10分は、二人きりなのだ。
 自然と鼓動が早まる。
 いつでもぴっちりと首元まで肌を隠している刹那が、己の隣りの個室で全裸なのだと思うだけで、治めた衝動が持ち上がってしまう。
 どんな肌なのか。
 顔は思春期の男とも思えないほど、つるつるの肌をしている。
 身体も同じように皇かなのか。
 そしておそらく、刹那も今、自己処理の最中だろう事も考えてしまって、更に鼓動が早まる。
 治めてやりたい。
 身体を舐めまわして、おそらく身体と同じように幼い象徴を擦りあげて、喘がせたい。
 己の手に染まる刹那が見たい。
 頭の中では色々な妄想が膨れ上がり、それでも実行に移さないのは、当然人としての理性の賜物だった。
 もっと動物的になれれば、あんな小さな少年くらい、どうにでも出来るとロックオンもわかっている。
 それでも今後の事もあるし、何よりもロックオンは刹那が大切だった。
 欲だけで手を出せるような存在ではないのだ。
 人との接触を極端に嫌う傾向は、初対面の頃から理解している。
 手が触れ合うだけで、刹那は弾かれたようにその身を離す。
 基地では同室だが、刹那の精神安定の為に、刹那の使用しているベッドの周りに衝立を設置してやった。
 安心して眠れるように。
 刹那はその衝立の中で眠り、そして着替えをする。
 ロックオンに、これでもかと言うほど警戒しているのが解る。
 部屋の中での会話は、ロックオンが一方的に話しかけるだけで、相槌を打ってもらえれば御の字だ。
 そんな人物が、肌を許すわけがない。
 ましてや同性など、想像の中にも入らないだろう。
 小さく笑って、更に自分の事も考える。
 果たして自分は、男相手に性行為ができるのであろうかと。
 刹那の事は、恋愛対称だと認識している。
 顔やうなじ、身体のラインを露にするパイロットスーツの上から見る細い腰に、欲望も感じる。
 だがそれは、結局実物を見ていないからなのかもしれないと、そう思うのだ。
 想像と現実が違うのだと、理解している。
 以前、暗殺業をやっていた時に、作戦の一つとして男娼に扮した事もあった。
 その時、自分以外の男の象徴のグロテスクさに、吐き気を覚えた。
 同じ物を持っているのに、興奮した別の雄というものは、やはり別物として捉えるのだとその時思ったのだ。
 故に想像する。
 裸を見て、夢が覚めるのではないかと。
 それでも裸を見るためには、先ず心を通わせなければならない。
 告白して、万が一の受け入れがあり、唇を合わせ、そして肌を合わせる。
 順序から考えれば一番後のそれに、万が一嫌悪を覚えたら、どうなってしまうのか。
 自分の刹那に対する気持ちが、どう変わるのか。
 そして告白したにもかかわらず、行為が出来なかった時、刹那がどう思うのか。
 ありえない話だが、それでも恋に捕らわれているロックオンには、重大な問題なのだ。
 ありえないと思いながらも、もしかしたらを期待している。
 そしてその先を。
 故にこれは重大な問題なのだ。
 男に対しての恋心が初めてであるが故に、この事は盛大にロックオンを悩ませていた。





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こんなためし読みですが、ニョタデス……。そしてちゃんとくっつきます。