デートdeデート

09/04/27up

 

 人生で初めて目にした白人男性は、刹那に自分を「フリーの戦場カメラマン」だと名乗った。
 その時は「不信心者」とは思ったが、その人懐っこい笑顔に気が緩んで、その後をついていった。
 だが、その笑顔が偽物だという事に、幼い刹那はすぐに気付かされる。
 人気のない空き家に招き入れられた疑う事を知らない子供は、その毒牙にかかる。白い大きな手に小さな体が弄ばれ、更に小さな後孔に雄を突き立てられ、訳の分からない痛みを伴うその白人の行動に幼い刹那は恐怖に泣き叫んだ。泣き叫ぶ子供を目に何が楽しいのか、高らかに笑いながら男は精をその小さな体の中に吐き出した。
 保護すべく親が探し出した時には、刹那は既に暴行を受けた後だった。


 それから10年。
 CBのメンバーとなった刹那は、相部屋の白人男性と恋に落ちた。
 どういう経緯で自分の心が恋に至ったか、刹那は理解していた。
 彼は優しく、組織の中で孤立しつつあった自分を、人の輪の中に導き、包んでくれた。
 人懐っこい笑顔に惹かれた。
 決して過去を忘れた訳ではなかったが、それでもその笑顔はあの白人の物とは違うと認識できたから。
 それに彼の手は、白くなかった。いつも皮の手袋に包まれたそこは、そこに続く白い腕とは別の物に見えていた。故に、気がつかなかった。彼の手が、白いという事に。


 夜、訓練が終わった後、晴れて恋人になった二人は、誰にも邪魔されずに逢瀬を重ねる事が出来ていた。
 他愛の無いおしゃべり。(かなり一方的ではあるが)
 包容。
 そして、キス。
 未だ彼らの計画は本筋に到達しておらず、訓練施設や研究所から離れる事はなかったが、彼らの生業が硝煙と血に塗られた物だとは分からないほど、二人は普通の恋人同士の時間を過ごしていた。
 だが、その時は来た。
 それは初めて人と恋に落ちた刹那に合わせてゆっくりと時間を取って要求された行為だった。
 彼の誠意は分かっていたし、刹那もその行為が恋人との間にあってもおかしくない物だという事は知っていた。だから、彼がいつもと少し違うキスを仕掛けてきて、そのまま体がベッドの上に横たえられても抵抗しなかった。抵抗どころか、彼に初めて触れられるのだという期待が胸の中を駆け抜ける。
 8歳年上の彼は、刹那に不安を抱かせないよう、ゆっくりと優しく体を愛撫した。未だ幼さの抜けない体に負担をかけないように、自分の愛しさがきちんと相手に伝わるように、優しく丁寧に体をほどいていく。首にかかっている布を取り去り、首までぴっちりと止められているボタンを外し、ズボンと下着をそっと細い足から抜く。そして自分もシャツを脱ぎ、ズボンも下着も脱ぎ去った後、二人の体をシーツで包み、素肌を重ね合わせてキスを繰り返した。
「刹那…」
 耳元で優しく囁いて、刹那の肌に唇を落としていく。
 はじめは頬。丸みを帯びた柔らかい輪郭に沿って、いくつも小さく唇を落とす。そして、そこからつながる首に舌を這わせ、しっとりとして肌理の細かい肌の感触を楽しんだ。その間刹那は目を閉じ、自分の体をたどる彼の感触に神経を集中させて、その愛しさを確認する。
 再び唇が重なり、深く食まれる。刹那も彼の…ロックオンの首に腕をまわして、その行為を嬌受していた。
 故に、気がつかなかった。
 彼がキスをしながら、刹那の前で手袋を外している事に。
 唇を合わせたまま、頬をなでられる。その感覚がいつもと違う事に、刹那はふと気がついた。そして、その違和感の正体をつかもうと、自然と視線が動く。
「…っ!」

 しろい、おおきな手。

 暗闇の中でも浮き立つように光を集めるその「しろ」に、刹那は目を見開いた。
 彼が白人である事は、その容貌から普通に受け入れていたはずだった。
 彼と過去に自分を辱めた白人が、違う人間だという事も当然分かっていたのだ。
 何もロックオンが刹那の前で手袋を外すのはこれが初めてという訳ではない。相部屋のロックオンは、寝るときには手袋を外していたし、洗面やパイロットスーツに着替える時も、手袋は外していた。だから刹那は彼の白い手を、今までも目にしていた筈なのだ。
 それでも小さな心に残された傷は、刹那が考えているよりも大きかった。

 手袋を外したロックオンが、改めて刹那の体にその指先を落とそうとした瞬間、刹那はベッドから転がり落ちるように逃げ出した。
「せ、刹那?」
 刹那の突然の行動にロックオンは目を丸くしながら、いったん落とした部屋の明かりをつける。
 刹那の逃げ出した先は、自分のベッドのシーツの中だった。
 ロックオンは初め、刹那が恥ずかしがってその行動に出たのかと思った。だが、盛り上がったシーツは微かに震えていた。それは行為の恥ずかしさとは違う物だと、ロックオンは直感的に理解した。
「…嫌だったか?」
 そっとシーツ越しに頭があるであろう場所に手を乗せると、刹那の体が更にびくりと大きく震えた。それはロックオンへの恐怖ではないのは刹那自身分かっていたが、その白い手への、肌の色への恐怖心は、刹那の深層心理に働きかけ、頭で考えられる範囲ではどうにも出来なかった。
「セックスするの、怖いか?」
 ロックオンは、これ以上刹那を怯えさせないように優しくシーツの山に語りかける。その声を聞いて刹那は、なんとか説明しようと言葉を探した。だが、組織に属する者は守秘義務があり、過去の自分に起きた事を伝える訳にもいかない。決してロックオンという人物が怖い訳でもなく、愛しくない訳でもない。ただ、その白い手が過去を思い出させているだけなのだ。そう言ってしまえれば、どんなに楽だろうか。刹那は黙って、シーツの中で頭を振った。
「まだ、刹那には早かったか?」
 それも違うと、刹那は頭を振り続ける。
 実際、手袋をとった手を見るまでは『したい』と思っていたのだ。
 刹那とて性欲はある。恋愛感情とそれが結びつく事も、ロックオンに時間をかけて導かれた。
 彼のキスが、挨拶だけではない事も。
 彼の包容が、より体温を感じる行為だという事も。
 全部を伝えたいと思っていても刹那の語彙は少なすぎて、どう伝えていいのか分からず、シーツの中で頭を振り続ける事しか出来なかった。
 だが、次のロックオンの一言に、刹那は顔を上げた。
「…俺と、したくないのか?」
 行為を拒否するという事は、そう言った意味も含まれるのだと、この時初めて刹那は知った。だが、そう思われるのは本意ではない。
 普段動かない口を必死に動かして、刹那は叫んだ。
「違う!ロックオンとしたくない訳じゃない!」
 刹那の声量にロックオンは驚いた表情を見せたが、次の瞬間、ふっといつもの人懐っこい笑みを浮かべた。ロックオンが自分の感情を見誤らなかった事に安堵した刹那は、思わず出してしまった大声に頬を染める。
「そうだな…分かった」
 何かを納得したような顔をして、ロックオンはシーツごと刹那を抱きしめた。
「デートしよっか、刹那」
「…でーと?」
 単語としての認識はあるが、自分の日常にそんなモノが存在するという事にピンとこない刹那は、言われた単語を意味のない音の羅列として返す。
「考えてみれば、俺たち部屋の中でばっかり過ごしてて、ちゃんと恋人らしい事ってしてこなかったじゃん。だからきっと、まだ刹那の中に『俺』っていう存在が確定していないんだよ」
 刹那にとっては初めての恋であるが故に、何が『ちゃんと恋人らしい』行為なのかは分かっていなかった。
 ただ、ロックオンと過ごす時間は暖かく、安心できて。
 二人の時間が刹那にとっては全て特別だった。
 刹那の中には確かにロックオンに対しての恋心もあり、当然それを自覚もしている。
 これ以上何をするのかと刹那が眉をひそめると、ロックオンはその眉間に小さくキスを落として、先ほど脱いだ服に再び袖を通した。






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