ボディ・トーク

2011/12/20up

 

「印象的」
 彼女を一言で言い現せば、そういった言葉が適当だと思われる。
 ライル・ディランディはその「印象的」な彼女に恋をした。
 出会いは至って在り来りで、会社に業者から派遣されてきた社員だった。たまたまライルの居る部署に配属になった彼女に、ライルは居合わせて、そして恋に落ちた。
 感情が恋に発展する経緯も至って在り来りだった。
 初めの挨拶では、そのスタイルに感嘆し、そのうち目で追いかけるようになり、必要な仕事の話を始めてから雑談をするようになり、そして彼女を心にいつでも思い描くようになった。
 彼女の名前はソラン・イブラヒム。
 在り来りな中東系の人間の名前で、容姿も同じように別段取り立てて言うほどでもない。少し普通の女性よりもスタイルがいいだろうか、と、その程度だ。
 だが普通の女性とは言いがたい。
 派遣会社の社員と侮ると、手痛い突っ込みを入れられる。
 そして仕事の時の視線は、一介の派遣社員の物とも思えないほどの鋭さだった。
 そう、ライルには見えていた。
 頭脳の話は誰にでも同じような感想を得られたが、視線や雰囲気などは、所詮ライルの個人的感想に過ぎない。
 そのくらい、どこにでも居る雰囲気の人物だった。
 それでもライルは恋をして、彼女のパートナーの存在を調べて、自分が彼女のその位置を掴めると悟った時から、もう諦める事など出来なくなっていた。
 浮名を流すほどは女性との付き合いはしてこなかったライルのアプローチも、これまた平凡なものだった。
 個人的なメールの交換。
 食事。
 更には酒。
 休日の映画。
 どこにでも居る普通の男が、どこにでも居る普通の女にする努力をして、それでも堅い彼女の心が開くのを待ち、3ヶ月の時間をかけて首を縦に振らせたのだ。
 その時の喜びたるや、筆舌に尽くしがたい。
 学生時代から「クール」と言われていた彼とは思えないほどの浮かれあがり様に、周りは唖然としたのだ。
 そんな経緯を経て恋人同士になった二人だが、その恋愛はどこにでもあるものとは少し違っていた。
 まずは会う時間。
 付き合いを求めて誘うときにも苦労はしたのだが、とにかく彼女が会う時間を作らない。本人曰く「忙しい」という事なのだが、付き合い始めの恋人同士が、週に一回しか夕食を共にできないのはどういうことかと、ライルは問い詰めた。その上、その週に一回すら、過ごせる時間は夜の9時までなのだ。
 どこの学生の付き合いだと文句も言いたくなる。
 故に当然、普通の恋人同士が出来る愛の営みも無い。
 今時結婚まで性交渉の無い恋人がいるものかと、ライルは当然の様に求めたが、遠回しに誘いをかけてもかわされてしまう。
 それでも2ヶ月は我慢した。
 昼間の会話とメールで愛情を伝えあえていたし、ソランからもきちんと愛情を表現されていたからだ。
 だが、所詮は男なのだ。
 ソランと居れば当然湧き上がる衝動を、そんなに長く抑えていられるはずも無く、2ヶ月経った頃に、ソレまでの遠回しな誘いを諦めて、直球で誘いをかけた。
「泊まりに来ない?」
 ライルはそれまでもソランを自分の部屋に誘っていたが、一度も時間を取ってもらえず、まだ恋人を部屋に入れた事が無かった。
 それ以前に付き合っていた彼女は、ライル自身がプライベートに踏み入れられても良いと思える相手ではなく、ソランが初めて誘った女だったのだ。
 子供の頃からずっと、ライルは相手に事欠いた事が無かった。
 誰からも振り返られる容姿は自覚していたし、頭も友人付き合いも不自由な思いをした事が無かった。
 故に、女も困らなかった。
 ただライルが時間を捧げたいと思える女には恵まれなかっただけだったのだ。
 強請られるのをかわす事は慣れていたが、誘いには慣れていない。
 ソランに遠回しに誘いをかけても頷かれなかったのはその所為かと思ったこともあった。
 だが、あからさまなライルの誘いに、ソランもまた、あからさまに断りを入れたのだ。
「悪いが時間がない。その日は予定が入っている」
 ライルが誘った日にちを、ソランはそう言って断った。
「……ならいつが空いてるんだよ」
 ストレートな誘いに返されたいつもの返答に、ライルは眉を寄せて予定を尋ねる。恋人関係を承諾してもらえたのだから、そのくらいの権利はあるだろうと考えていた。
 そして当然その先も。
 そんなライルの考えを、ソランは覆した。
「俺はセックスはしたくない」
 ライルの不満がどこにあるかを的確に言い当てて、それに対しての返答に、ライルは唖然としてしまう。
 夜を過ごそうと誘ったのだから、ソランもそれがあって然りと思ったのだろう。当然ライルもそのつもりだった。だが、体の関係まで結びたいと思ったのは、当然この時が初めてではない。
 付き合っているのだ。
 恋人関係を確立させていて、ソランからも愛情表現をされている。
 なのに、その先が彼女の中にはないなどと、誰が思えたか。
 ライルでなくとも、目を見開くと思う。
 そうライルは思った。
 体の関係を断るということは、根本的な問題が浮上する事になる。
 そうは思ったが、ソランの瞳は真剣だった。
 軽はずみに断っているのではないと、それだけは解ってしまう。
 そして続く言葉も予想の範囲だった。
「セックスしないのが不満なら、別れてくれても良い」
 所詮はその程度の感情だと言われれば、ライルにも反論は出来なかった。
 確かに男として、愛した女は抱きたい。
 だが、それだけではない事も、頭ではわかっているのだ。
 そしてどちらかと言えば頭が勝って来ている人生を送っているライルには、飲まざるを得ない言葉だった。
「……オーケイ、解った。お前がその気になるまで、しない。約束する。でもそれと一緒に過ごす時間は別だ」
 ライルの返答に、ソランは逆に驚いた顔をした。
 まさか付き合いが続くとは思っていなかったと語る彼女の瞳に、ライルは苦笑する。
 焦らずとも、時間はある。
 そう思えた。
 だからこそ安心できる関係を築きたいと訴えた。
「もっと長い時間を一緒に過ごせるようになりたいだけだ」
 今までの短時間の逢瀬を指せば、ソランは俯く。
 会社での遣り取りの後の、少しの夕食の時間。
 その垣根を先ず破りたかった。
 ライルの言葉にソランは呆然としながらも、それでも頷いてくれた。
 なら、週末は一緒に。
 そう約束を取り付けて、ライルは引き下がった。
 そして言葉通りに、週末に部屋に訪れたソランとは、清い夜をおくった。
 それでも知る事が出来た色々なソランの表情。
 実は料理が上手かった事。お笑い番組は理解が出来ないと言って、黙ってチャンネルを変える仕草。そして何より、化粧ののっていない顔で寛ぐソランは、何よりも愛おしいと思えた。
 それでもベッドは別で、客用の毛布を手にライルはリビングのソファを選択する。
 自分のベッドにソランを促して、扉を閉める際に言えた「お休み」という言葉に笑った彼女の雰囲気が、今までになく柔らかく、ライルも自然と笑えたのだった。
 こんな付き合いも良いかもしれない。
 そう思え始めた矢先に訪れたイベントだったが、ソランの言葉はライルの限界を超した。
「すまない。その日は予定がある」
「……なんだって?」
 クリスマスイブ。
 恋人や家族と過ごすその時間に、ソランはライルとの時間を拒否したのだ。
 流石のライルも、コレには感情を抑えられなかった。
「イヴに予定とか、俺以外の何があるって?」
 自分たちは恋人だろう。
 そう問い詰めれば、ソランは再び俯いた。
 悲しげに揺れている瞳を見ても、今までの不満からライルは言葉を止められなかった。
「休日もまともに会わないで、セックスも無しでキスだけ。時間も体もあけられないって、俺はお前にとってなんなんだよ! その上イヴを一緒に過ごさなくても平気だって? それって普通に俺の事愛してないって事だよな? 今までの言葉はなんだったんだ!」
 夕方の会社の帰り道、丁度同じように帰宅を急ぐ人々が行きかう中で、思わず叫んでしまう。
 体の関係などなくても、彼女の言葉には真実味があった。ライルが愛の言葉を囁けば、恥ずかしそうに答えてくれる。ぶっきらぼうに「俺もだ」とライルに返し、その言葉の乱暴さとは裏腹に、可愛らしく頬を染めるのだ。
 そして交わしたキスは、慣れていないのか震えていた。震えながらライルのジャケットに縋る手が愛おしくて、何よりも自分を思ってくれている証だとライルに思わせていた。
 なのに何故。
 あまりの事に激昂したライルに、ソランも瞳を揺らせる。
 当然彼女も理解していたのだろう事に、ライルも頭に上った血は下ろせなくても、それ以上なじる事も出来なくなった。
 二人で暫く立ち尽くして、それでも今回のことは理由も聞かずには引けないと、ライルは言葉を求めた。
 ソランは暫く唇をかんでいたが、30分ライルに粘られて根負けしたように口を開いた。
「……実は、バイトをしている。クリスマスは人手が足りないから休めないんだ」
「……はい?」
 あまりの理由に、それまで憤怒の形相でソランを縛り付けていたライルは、間抜けに口をあけてしまった。
「なに……ソラン、生活困ってたわけ?」
 同じ会社には勤めているが、根本的に所属が違う。ソランは別の会社から派遣された派遣社員で、ライルは派遣先の会社なのだ。会社自体の大きさも違う上に、当然会社の規定のサラリーも違う。
 だがそんな理由なら、もっと早くに言って欲しかったとライルは思った。
 生活に不自由しているなら、ライルにとってこれ以上ないチャンスである。
 ライルの所属している会社は、世間的に見て大手企業だった。その中でもライルは出世頭として既に役職についていた。当然収入など普通に家族を養えるだけある。役職手当のほかに、語学が堪能なライルは能力給も得ていて、女一人養うなど他愛もない。
 体はまだ解らないが、性格も雰囲気も、ソランはライルにとって掛け替えのない程の相性だと思えていた。
 結婚できるものならしたい。
 そう思うのに、躊躇する時間はなかった。
「生活に困っているわけではないが……金が必要なんだ」
 ライルが将来の展望を口にする前に、ソランは曖昧に理由を告げてしまう。それでも普通の生活の範囲を思い浮かべれば、ライルに希望を止めるすべはなかった。
「……それって、俺の収入じゃどうしようもない額?」
 ライルの言葉に、ソランは驚いたように顔を上げた。
「俺は、お前以外の女なんていないと思ってる。何で金が必要なのか話してくれないか? 理由があるのなら協力するし、仕事を続けても構わない。でも一緒に居られる時間だけは我慢できないんだ。だから……」
 ライルを見つめているソランの瞳を見つめ返して、素直に思いを口にした。
「結婚、しよう?」
 お互いの思いはわかっているのだ。
 今回のイヴはバイトでも仕方がないかもしれないが、それでもコレはチャンスだと、ライルは思った。
 だが返答は素気無かった。
「……俺なんて、やめた方がいい」
「何でだよ。お前、良い女だぜ? そんな卑下するようなこと言うなよ。俺にはお前がいいんだ」
「いや、ダメだ。お前にはもっと相応しい相手が良い。こんな孤児院出身の、どこの馬の骨かもわからない女となんて、結婚するべきじゃない」
 ソランの出自は聞いていた。
 生まれて直に、病院の前に捨てられていたらしいと、家族の話になった時に彼女は告白していた。
 その告白を受けて、ライルは思わず謝罪してしまった。
 辛い事を思い出させたと。
 そんな一般的な対応をする男に、ソランは表情を緩めて首を横に振ったのだ。
 気にしていないと。
 いつかは言わなければならない事だったからと。
 まさかその言葉の影に、ライルを拒否しているなど思わなかった。
「孤児院出身だから何だって言うんだよ。親に育てられたからとか、他人の育てられたからとか、それで人の何が変わるって言うんだ。親がいないって条件なら、今は俺だって同じだ。俺にはお前以外なんて考えられない」
 両親に早くに死に別れたライルには、家族と呼べる存在は、今はもう双子の兄しか居ない。その兄も、滅多に連絡を取る事もしていなかった。
 真剣なライルの瞳を、ソランは視界から外す。
 そしてライルの望んでいない言葉を紡いだ。
「……お前は、俺の事を解っていない。ただ今は、毛色の違う女に気が向いているだけだ」
「毛色って、なんでそんなに自分を卑下するんだ。俺はお前と居られる時間が何よりも寛げるって、そう思って……」
 重ねられる言葉に、ソランはため息をついて再びライルを視界に入れた。
 そしてライルが一番望まない言葉を投げかける、
「別れよう」
 結婚を断れば、当然そういう流れになるだろうとはライルも想像出来ていた。それでも惹かれる気持ちは誤魔化せない。
「いやだよ。こんなに不満だらけだって、俺はお前の事を好きだって思える。こんな関係逃せるはずないだろ」
「たまっているだけだ。俺が寝ないから、俺に執着しているだけだ。他の女と寝てみろ。俺の事など直に忘れる」
 今までその手の話題を避けてきたソランから出たとも思えない言葉に、ライルはひゅっと息を飲み込んだ。
 動物的な衝動を上げられてしまえば、再び頭が勝ってしまっているライルも考えてしまう。
 違うと、心では思っている。
 だが本当に、寝た事のない女に対する執着なら……。
 止まったライルの口に、ソランは少しだけ悲しそうな目をして、一歩体を離す。
「……ありがとう、楽しかった。お前のことは忘れない」
 呆然とするライルを人混みにおいて、足早にソランは立ち去った。
 それでも二人は同じ部署の同じフロアーで仕事をしているので、結局次の日には顔を合わせることになった。
 ライルは次の朝、ソランを呼び出した。
 別れてから夜も寝ずに考えたのだ。
 行き着いた論は、結局ソラン以外は考えられない、という事。
 ソランがバイトをしているのなら、時間が空かなくても仕方がない。それでも空いた時間は自分に使って欲しいと訴えた。
 更には、今は考えられなくても、そのうち結婚も視野に入れて欲しいと。
「……それまで、待つから」
 そう締めくくったライルに、ソランは、非常階段の手すりに体を寄せて首を振った。
「俺も、帰ってから考えた。だがやはり、俺にはお前は高嶺の花過ぎる。最初にうっかり頷いてしまった俺を許してくれ」
 最初から恋愛感情など伝えあわなければ、こんなに苦しめる事などなかったと、冬の冷たい空気に晒された鉄の手すりを掴んで、後悔をソランは訴える。
 どちらにも辛い事をしてしまった。
 ライルとの時間が楽しいと思ってしまい、更に求められて浮かれてしまったと、ソランは悲しげに笑った。
「普通の女になれたみたいで、嬉しかったんだ」
 ずっと世間に冷たい視線で見られていた少女時代。親がなく、国の施しで生きる自分に向けられていた感情を、ずっとソランは感じていた。そこに見えたのは、自分は普通の人生は歩めないのだという事。
 高校からは特待生の待遇を必死になって獲得し、それでも孤児院にはもう生活費を入れなければならなかった。部屋は借りられても、ソコは既にソランの家ではなくなっていたのだ。
 高校を卒業して大学に進学した時には、孤児院の部屋すら借りることは出来なくなっていた。
 18歳を過ぎた子供に保護責任はないのだ。
 帰る家もない、そして学業をしながら得られるバイトの金額などささやかなもので、同じ年で青春を謳歌している友達が、少しだけ羨ましかった。
 何故「少し」だったのかといえば、その頃にはもうなれていたからだ。
 自分の境遇に。
 なのに、就職して普通の生活が得られるようになり、そして愛情を示されて、忘れかけてしまった。
 自分に与えられている運命を。
 ソランが言葉を紡ぐたびに、ライルの心には反抗心が燃え上がった。
 孤児だからどうだと言うのだ。
 思いあったのは嘘じゃない。
 自分達の出会いは無駄ではない筈だと、視線を反らせ続けるソランに訴え続けた。
 それでも、何度訴えても、結局ソランの言葉は最初に戻る。
「だから、それはお前がたまっているんだ。他の女と関係を持て。そうすれば俺の事などなんとも思わなくなる」
 ソランはライルの誠実さを理解していた。
 浮気など出来ないだろうと、自分との付き合いの月日を訴える。
 当然ライルには受け付けられない事だった。
 それでも言い募るソランに、ライルは条件を出した。
「……なら、他の女と寝て、それでもお前に心が残ったら、よりを戻すか?」
「お前に、そんな事が出来るはずがない」
 体の関係を持つということは、付き合うということ。
 それを他に心がある状態で、出来る人物とも思えなかった。
 ライルの人となりを見透かしているソランに、ライルは溜息を漏らす。
 ソコまで理解してくれていて、何故拒まれるのか。
 だが、引き下がれなかった。
「いや、絶対寝る。お前が納得するように、はけ口見つけてやろうじゃないか。その上での話しだ」
「どうやって証明する」
 情事など証明出来る筈がないと、馬鹿馬鹿しい提案にソランは溜息を吐き出した。
「殴られるのを承知で、相手に話すさ。そんでお前が必要なら証明してもらえば良いだろ?」
「そんな馬鹿な女が好みか?」
「お前じゃなきゃ、俺は誰だって同じようにしか見えないさ」
 ライルの論も、結局はそこに行き着いてしまい、二人の話し合いは平行線を辿った。
 話しこんでいれば、時間は経つ。
 時間を忘れそうな内容の話ゆえに、タイマーをかけていたライルの携帯が、バイブレーターの振動音を二人に伝える。
 時計を見れば、始業5分前だった。
「じゃあ、それでいいな?」
 しつこく食い下がるライルに、ソランは肩をすくめた。
「……いいだろう。お前が戻ることはないと思うがな」
「それはそれ。その時はまた「オトモダチ」だ」
「わかった」
 この先のフロアーの雰囲気も壊したくない二人は、お互いにあまり派手に別れたくもなく、どちらにしても、どちらかの意見は譲歩しなければならない。
 だが、この時のお互いの条件を、この後お互いで後悔する事になった。





 独り身が一際寂しく感じるクリスマス・イヴ。
 結局曖昧な関係のまま続いているソランとの付き合いに、ライルは決着をつけようと、一人でホテルの部屋で寛いでいた。
 バイトがあると言っていたソランは、どちらにしても、この日をライルと共には過ごしてくれない。
 ある意味、絶好のチャンスだった。
 女と居ても不自然に思われることもなく、かといってソラン以外と過ごす気にもなれない。故に、使える。そう思って手にしていたのは、一人暮らしの男の部屋には高確率で郵便受けに放り込まれるピンクチラシだ。
最近ではマンションの管理組合が予防をしてくれているが、どうしても100%とはいかない。
 郵便受けに入っていても、今までは見もせずに、マンションが設置してくれている不要の郵便物処理ボックスに突っ込んでいたが、初めてそれを部屋に持ち帰った。
 だが、自分の部屋に呼ぶようなことも気持ちが悪い。
 そういう理由で、部屋の料金が高くとも、イヴにホテルを取ったのだった。
 大して気にもかけなかったが、それでも窓の外に見えるクリスマスの風景に、溜息が出る。
 何故か無駄に見晴らしがよく、イルミネーションまで部屋の窓から堪能できるこのロケーションは、おそらくソランと一緒に過ごせたら最高のものだったのだろう。
 関係が曖昧な今、彼女がバイトだろうがなんだろうが、過ごせなかったのだろうが、それでもため息は止まらなかった。
 初めての経験。
 それがこんなに後ろめたいとは、と、やる気も失せる。
 だが条件なのだ。
 とにかく男の欲望を晴らして、そして心を見極める。
 どうせ移り様もないだろう気持ちなのに、それでも彼女の心を考えれば、承諾せざるを得ない。
 普通の女では後が面倒だと選んだ風俗だったが、今まで友人の付き合い以外では経験がなく、またその経験でも何が良いのかライルには良く解らなかった。
 プロの手管は確かに快感には繋がった。だが虚しさが強かった。
 女との情事は、その前に段階を踏んで、段々相手がその気になるのを眺めるのも楽しみの一つだろうと、風俗店の後に友人と討論したのをうっかり思い出して、一人で小さく笑ってしまった。
 その時、部屋のチャイムがなる。
 気持ちはソランに傾いていたが、どうせプロのお姉さんなのだ。ライルをその気にさせるなど容易いに違いない。
 後ろめたさは無くならないが、それでも必要な事だと、小さなテーブルセットの椅子から立ち上がった。
「はいはーい」
 適当に返事をして、出張サービス「ソレスタル・ピンク」から派遣される予定の「刹那」を迎えに出た。
 案の定、ドアの外から「刹那です」と聞こえて、扉を開ける。
「…………」
「…………」
 ドアを開けた瞬間、あまりの事にライルは絶句した。
 そして「刹那」もあんぐりと口をあけてライルを眺める。
 出張で頼んだ刹那という女は、どう見ても恋焦がれているソランだ。他人の空似ではない。絶句している彼女が証拠だ。
 見たこともない彼女の表情に、感動を覚える事さえ忘れた。


後略






パラレルライ刹♀です。
大手商社マン×ホテトルとい暗い設定ですが、ハピエンです。