抽象的な愛 具体的な恋4

2010/07/08up

 

 その夜のメニューは、結局ライルの好物で占められることになった。
 ジャガイモのポタージュに鳥腿のチーズ焼きに、アボガドディップのサラダ。このメニューを並べれば、大抵ライルの気持ちは浮上すると把握している刹那の気持ちに、ライルは笑う。
 しかも、全て温めればいつでも食べられるこのメニューは、確実にニールの事も意識している。
 いつでも二人を平等に気にする刹那に、言いようの無い感情が沸き上がる。
 今日は地方での個展で主人が不在のセイエイ家ではなくディランディ家での夕食は決まっていたが、それでも目の前で女らしく料理をする姿は、本当に刹那はもう幼いばかりの少女ではないのだとライルに思い知らせた。
 その気持ちを再確認し、動きそうになる腕を必至に抑えていると、ライルの携帯が着信を知らせる。
 個々に設定されている音楽は、兄のニールからの物で。
 何となく内容は想像がついたが、ライルは軽く通話ボタンを押す。
「はいはーい。なんだよ」
『あー、やっぱりもう帰っちゃってるか?』
「帰っているよ。何時だと思ってんだよ」
『そうだよなぁ』
 落胆するニールに、ライルは確信した。
 今日、ニールは家に帰ってこない。
 そしてその予想を裏切る事無く、ニールはライルに告げる。
『今日、帰れそうにないんだ。だから今日はお前達二人だから、刹那になんか美味いもん食わせてやってって思ったんだけど、遅かったかぁ』
「遅すぎだっつーの。もう刹那、作ってくれちゃってるよ。兄さんの分もね」
 電話口で、盛大なため息が零される。
 それに乗じて、ライルは口元を引き上げて本日のメニューを告げる。
『なんだよーっ! 俺も食いたい!』
「んな事言ったって、仕事なんだろ。俺は出来立てを遠慮なく頂きます」
 普段の会話の中で、悔しがるニールにライルは笑う。
 だが心の中では別の事を考えていた。
 車の中の刹那の反応を、ライルは視界の端で確認していた。
 切掛けは学友だったが、今刹那は、昨日までの感覚でライルと接していない。
 確実、とは言えないが、多少は異性として意識しているのがわかっていた。
 ニールも居なければ、刹那の父親も居ない。これは絶好の機会だと、適当にニールの嘆きの電話を切り上げ、携帯をマナーモードに切り替えた。
「ニール、何だって?」
 料理の手を休める事無く、側に来た気配のライルに刹那は問う。
「ん、今日も徹夜だって。だから良かったら二人で外食してこいって言いたかったらしい」
「またか。今週ニールは何日ベッドで眠れているんだ」
 肩をすくめながら、刹那はニール用の皿にラップをかけて冷蔵庫にしまう。
 そしてダイニングテーブルには二人分の料理が並んだ。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
 好物を目の前にしたライルが、いつもの様に意気揚々と箸をとるのを、刹那は笑ってみていた。
 その裏で考えている事に気が付かずに。

 夕食を堪能して、食器を片付けた後、刹那がいつもの様にお茶を入れようとすると、それをライルは止めた。
「あ、今日は俺、ちょっと飲みたい気分」
 ついっと指を指した先には、酒好きな双子が集めたボトルの並んでいる棚があった。
 刹那はそれを視線で追い、ため息混じりに忠告をする。
「……先週、二日酔いになったばかりだろう。そんな物をまた飲みたいのか?」
「先週は会社の飲み会でチャンポンさせられたからだよ。しかも俺の苦手な日本酒までっ! 好きな酒だけなら二日酔いになんてならないって」
「そんなに飲んでばかりいると、腹が出るぞ」
「毎晩晩酌してる訳じゃないだろ。それにまだ腹が出る程の年じゃねぇよっ」
 刹那の言葉にライルは頬を膨らませる。
 学校の帰り道の車の中の話をまだ気にしているのかと刹那は笑って、グラスと氷を用意する為に手を動かす。
「つまみは作るか?」
「んー、チーズだけあればいいや」
「わかった」
 自分のお茶の為に薬缶を火にかけて、刹那はライルに言われた通りに酒の準備をする。その後ろ姿を見て、ライルは瞳をすがめて距離を測る。
 その視線は、明るい声色とは反対の、獲物を物色する雄の物だった。
 子供の頃から刹那は可愛かった。
 けれど、一度としてライルは刹那を『妹』として見た事など無かった。
 肌の色は視覚的に確実に血の繋がりを否定していたし、何よりも愛しかったのは、家族でもない女の子と、これ以上無い程に親密な関係を築けたと言う事で。
 ロリコン趣味は持ち合わせていなかったが、ずっと刹那が成長するのを楽しみにしていた。
 そしてその果てに、自分を選んでくれればと望んでいた。
 阿吽の呼吸で意思の疎通が出来、更に容姿は誰から見ても『美』という言葉が相応しいと認識される女の子。
 自分にとって最高の相手だと、常にライルは思っていた。
 ニールがいつから刹那を『女』として認識したのかは知らない。だが気が付けば、兄も自分と同じ目で刹那を見ていた。
 それに気が付いた時、刹那はもう『女性』になったのだと感じ、時間は無いのだとライルは思った。
 誰にも渡さない。
 子供の頃からの思いが、一気に固まった瞬間だった。
 そして今がまさにチャンスだと、ライルの中の雄が告げる。
 静かな夜のリビングには、刹那が湯を沸かすシュンシュンという生活感のある音だけで、身体を動かす時に伴う衣擦れの音も殆ど無い。
 兄弟で割り勘で購入したリビング用の50インチのプラズマテレビも、今はつけられる事無く沈黙を守っていた。
 穏やかな時間を、ライルの一言が打ち破る。
「なあ、刹那」
「なんだ?」
 相変わらずキッチンで身体を動かしている刹那の背中にかけられた声は、いつもと少し雰囲気が違う物だったが、手元に集中していた刹那は気が付かない。
 ギシリと革の軋む音をさせて、ライルはソファから立ち上がると、淀み無い足取りで刹那の背後に立った。

「俺と、付き合わない?」

「何にだ?」
 刹那が考えも付かない告白に、いつもの様に『映画』や『ショッピング』といった行動を、ライルの「付き合う」という言葉から想像して、刹那は何事も無い様に手元を動かし続ける。
「何に、じゃなくて、俺と付き合ってって言ってるの」
 繰り返されて、刹那のチーズを切る包丁の動きが止まった。
「…………え?」
 言葉の意味を明確に捉えようと、振り返ろうとした刹那の行動は、ライルが刹那の立っていた調理台の端の部分に手をついて、刹那の身体を抱き込む様な体勢を取った事に阻まれる。
 背中に触れる体温は慣れている筈の人物の物なのに、違和感のある体勢に、刹那はあからさまに動揺を示す。
 言葉の意味を理解した様な刹那の雰囲気に、ライルは口の端を引き上げた。
「俺は刹那の事、最高にいい女だと思ってる。年頃になれば、コウイウ関係になるんだって、ずっと思ってた」
「コウイウって……」
 刹那の手から包丁を取り上げて、ライルはまな板に危なくない様に寝かせた。
 カタン、と鳴る硬質な刃物の音に合わせる様に、刹那が火をつけていたコンロの上の薬缶が、沸騰を知らせる音楽を奏でる。
 ライルは一旦刹那の包容を解いて、動かない刹那の代わりにコンロの火を消す。
 火の気の無くなったコンロの上から薬缶を取り上げて、刹那が用意していた紅茶のポットに、ゆっくりとお湯を注ぐ。
「刹那だって言ってたじゃないか。『大きくなったらライルのお嫁さんになる』ってさ」
 小さく笑いながらの言葉でも、それが本気であると理解出来る程、ライルの声は硬質だった。
「そ、それは小さい頃の話で……」
 幼い頃は、一番身近な男性が自分を守ってくれる代名詞になり、それが将来も続く物と考えて、誰もがその言葉は口にする。
 刹那も例外無く口にしていたのだが、刹那自身は相手がライルであったかニールであったか、はたまた自分の父親であったかは覚えていなかった。
「それでもお前は言ったんだよ。あの時のおじさんの泣きそうな顔、俺、忘れられない」
 それと同時にニールも複雑そうな顔をしていた事は、この場では伏せておいた。
 刹那の気持ちが、今の段階では決まっていないとわかっているから。
 なるべく自分以外の男には、視線を向けて欲しくなかったのだ。
 横顔に、呆然としつつも突き刺さる様な視線を送る刹那に、ライルは努めて明るく振り返った。
「ま、それは子供の頃のお約束だって俺にだってわかってる。でもお前は成長して、俺から見れば最高にいい女になった。そんな女、口説かないなんて男じゃないだろ?」
 肩をすくめて、いかにも当たり前の事だと言う様に、ライルは硬い表情の刹那に笑いかけた。
 その笑顔は、刹那が見た事も無い程艶やかで、否が応でも目の前に居る幼なじみが『男』である事を認識させる。
 困惑している刹那に、ライルは少し眉を下げて、更に言葉を重ねる。
「やっぱり刹那にとって俺って男じゃない? それとも他に好きな人でも居る?」
 そのライルの言葉に、ふと刹那は目の前の男の双子の片割れが頭を過った。
 だが刹那の中で、何故ニールの顔が頭を過ったのかの理由はわからなかった。
 一瞬の思考を打ちはらして、目の前の問題に思考を切り替える。
「いや……男だという認識はあるが……」
 実際にライルは、刹那から見ても『いい男』の部類に入ると思う。
 自由奔放な性格は愛嬌があり、しっかりと己の欲求を口にしてくれるのは、刹那にとっても気楽で楽しい関係を築かせてくれた。
 余計な気を使わなくていいライルは、刹那にとって気が休まる相手でもある。
 だがライルの言う様に『付き合う』、即ち『恋人』という立場になれるかと言うと、多少の疑問が残った。
 何しろ、ライルに対して世に言う『恋』という感情を認識した事が無かったからだ。
 だが、『恋』は分らないが、確実にライルに対して好意は抱いている。
 中学から私立の女子校に通っていた為に、年頃の男の子との接触が極端に少なかった刹那にとっては、『恋』と言う世界は未知なる世界だ。ライルに対する『好意』と、一般的に言われている『思慕』の境目は分らなかった。
「じゃあ、好きな人は?」
「特には居ない。俺にはライルやニールと一緒にいる時間が何よりも楽しかったから、恋愛に関しては興味が無かったから……」
 素直に答えた刹那に、ライルはふむと口元に手を当てて考える。
 刹那の言葉を総合すれば、刹那にとってライルは男ではあるが、そして好意の対象にはなってはいるが、その先の想像がつかないという事なのだろう。
 このままではいつまで経っても進展は望めそうにない。
 ふっと視線を刹那に戻して、一か八かの賭けに出ようと決めた。
「……んじゃさ、俺とセックスしてみない?」
「……せっ……!」
 あまりの提案に、刹那はこぼれ落ちそうな程に瞳を見開いた。
 それは恋人同士が愛を確かめる行為であって、簡単に出来る物ではない。刹那はそう思って来ていた。
 だがライルの説明に、その境界線が曖昧になる。
「お固い刹那は、付き合う前にセックスなんて考えられないかもしれないけど、何もセックスは愛情を確認し合う為にあるだけじゃない。……まあ、突き詰めて言えばソウイウ事になるのかもしれないけどな。俺の今までの経験から、セックスで冷めるって言うのは多いんだよ。そこにあるのがホントの愛情かどうか、確かめる為には手っ取り早い手段だって知った」
「そ、それは道徳的にどうかと思うが」
 いつもはまっすぐに見つめてくる赤褐色の瞳が、不安に揺れている。
 まだ年若い刹那には、少し刺激の強い話かもしれないが、ここまで来てしまったらライルに後戻りと言う選択肢は残されていなかった。
「世間一般の常識的には、そうかも知れない。それは俺も否定しないけど、結局人間だって動物だ。頭で考えるのと身体って言うのは、結構な確率で別物だって知ってる。だからしてみて、刹那の俺への気持ちが幼なじみの範囲を超えなければ、一度寝たからってその先の強要はしない。それでどう?」
 当たり前の様に『どう?』と聞かれても、刹那には未知なる世界の上に、性的な行為は一切経験が無い。そんな状態でライルに提案された、恋愛感情の確認の為の行為の誘いに、刹那は十六年の人生の中で一番の困惑に見舞われた。
 目の前のライルをちらりと上目遣いで見上げれば、いつもの様に愛飲の煙草を口に加えて、流れる様な作業で火をつけてくゆらせている。
 まったくいつもと変わらない態度に、今言われた事は夢なのではないかとの現実逃避的な考えまで刹那の頭の中を巡る。
 それでもライルが一口煙を吹き出した後に刹那に送って来た視線は、やはり艶めいていて、ライルの本気を読み取る事が出来た。
 そこでもう一度刹那は考える。
 ライルは兄の様な存在だが、確かに血の繋がりは無い。
 故にライルの言う様な関係になった所で問題は無い。
 それにライル程刹那を理解してくれる男と、刹那は会った事がない。唯一の例外と言えば、やはりライルの双子の兄のニールであろう。
 刹那が年頃なのにも関わらずに恋愛に興味を抱かなかったのは、おそらくこの兄の様な双子が、守ってくれていたからだろうと想像がつく。
 他の同じ年の友達がする恋愛模様は、楽しそうではあるけれども、それでもどこか苦しそうで、刹那は進んでそれを求めようと言う気にはならなかった。
 友達が恋人にしてもらう、異性と一緒に出かける事や、自分の見かけへの客観的な判断は、全てライルとニールが世話をしてくれていた。その状況に満足してしまって、他の異性に目が向かなかったと言うのが本音だ。
 と言う事は、と、刹那は考える。
 つまりは自分も、ライルの事が好きだったのかと。
 ライルとニールに感情的な差を感じた事はなかったが、確かに目の前にいるライルに、今はときめきの様な物を感じる。
 初めて言われた言葉に心が躍っているのかとも考えたが、それにしては冷静に受け止めている自分を刹那は信じる事にした。
 考えを落ち着かせてもう一度ライルを見れば、兄の様だった人物は、やはり刹那の性格を分っていて答えをせかす事無く、いつもの煙草の香りを身に纏ってじっと見守ってくれている。
 先程のライルの言葉ではないが、刹那も自分の相手は、目の前のこの男性しかいない様な気になった。
 今までも大切にされて来た。
 恋愛関係になったら今とどう変わるのかは刹那には想像がつかなかったが、それでもライルの提案を拒否する理由が思いつかない。
 刹那が想像する恋愛関係は、落ち着いて考えてみれば、あまり今までのライルとの関係と変わらなかった。
 それに性的行為が付属するだけ。
 試しにドラマなどで見かけるキスシーンを自分とライルに置き換えて考えてみたが、特に拒否反応もなかった。
 故に、きっとこれが自然な形なのだろうと、まだ成長途中であった刹那は考えてしまった。
 纏まった考えに刹那は安堵して、再びキッチンに向かって包丁を取り上げた。
 その行動に、ライルは首を傾げる。
「……俺の言葉、スルーされてる?」
 まるで何事も無かったかの様に作業の続きをされてしまい、ライルは焦る。
 何も言葉をもらえていないライルにとって、今の刹那の行動は、自分を男と見ていないと言われているか、冗談だと思われているかのどちらかにしか感じられない。
 灰皿から離れて刹那に歩み寄ると、刹那は眉間に皺を寄せた。
「煙草を持ったままうろうろするな。灰が飛ぶ」
「いやいや! 突っ込みどころはソコじゃないだろ! 今は俺との関係をどうするのかって聞いてんだろ!? 俺的には一世一代の告白シーンよ!?」
 刹那の性格からして無いとは思っていたが、関係の変化を示して嫌悪される事も多少は覚悟していたのだ。その覚悟をマルっと無視されては適わない。
 詰め寄るライルに、やっと刹那は自己完結だけさせて、自分の考えをライルに伝えていなかった事を思い出した。
 何となくいつも、刹那の考えを解ってくれて先回りで行動してもらっていた事と重ねてしまっていた。
 それでも今回の話はそれでは済まなかったと、流石の刹那でも解る。
 眉を下げて情けない顔を晒すライルの口に、今切ったばかりのライルとニールが好きなチェダーチーズを放り込んで、自分の考えをライルに伝えようと口を開いた。
 だが目を見て言うには何とも気恥ずかしく、一旦開きかけた口を閉ざして、刹那は再びキッチンに向かって切り過ぎなくらいのチーズを切りながら、こくりと首を縦に振った。
 その仕草にライルは、スルーされているのか付き合う事を承諾しているのかどちらに賛同されているのか判断出来ず、口の中にあるチーズを咀嚼しながら刹那の顔を覗き込む。
 俯いて影になってはいたが、その顔は見事に真っ赤に染まっていて、刹那が思いっきり照れているのが解る。
 素直に答えを導き出せば、承諾の頷きだったと解釈出来るが、やはりコウイウ事は口にしてもらわなければ後々面倒になると経験しているライルは、再び刹那から包丁を取り上げた。
「こら、ちゃんと言葉で返事しろ。コウイウのはそれが礼儀だろ」
 答えは解っていたから、ライルは刹那の背中から腕を回して抱きしめて、刹那に理解している事を伝える。
 刹那は首まで真っ赤にしながら、それでもライルの指に挟まれている煙草に「煙い」と文句をいいながらも、きちんと指導に従った。
「……ライルと付き合う。俺もライルの事が好きだから」
 刹那に文句を言われて、まだ3口しか吸っていない煙草を灰皿に押し付けて、もう一度刹那を抱きしめ直す。
「ホントに好き? お兄ちゃんみたいだから、とかじゃないぜ?」
「解っている。俺が今まで恋愛をしたいと思えなかったのは、近くにいるのがいい男過ぎたからだ。だから問題ない」
「問題ないって……」
 その言葉は刹那が返答に困った時のいつもの枕詞だったが、それでもコウイウ場面で使うのはどうだと、ライルは笑ってしまう。
 それでもそれ以上の言葉を刹那から引き出すのは無理だと理解してしまう、解り合い過ぎている関係にホッと胸を撫で下ろした。
「んじゃ、問題ないって事で」
 刹那の言葉尻を取り上げて、背後から刹那の顎に指をかけ、ゆっくりと上を向かせる。
 刹那はライルが何をしたいのか解らず、為すがままに振り仰げば、頭一つ以上の身長差のあるライルが、刹那の顔に屈み込んで来ていた。
 日頃では無かった近い距離から見るライルの顔は、見慣れている刹那にも綺麗に映った。一見茶色に見える髪の毛に金髪が混じっている事は知っていたが、間近で見ると睫毛にも金髪が混じっているなと冷静に見ていると、閉じていたライルの瞼が上がる。
「バカ。こういう時は目、瞑れ」
 言われて刹那は、やっとライルがしようとしている事に気が付いて、慌てて瞳を閉じた。すると程なくして唇に暖かい感触が触れる。
 刹那のファーストキスは、煙草の香りと直前に刹那がライルの口に突っ込んだチーズの味が混ざった、何とも滑稽なものになった。
 今まで友達同士で話していたファーストキスの話とは随分違うと、その滑稽さに思わず刹那は笑いたくなる。
 だから、普通なら胸が痛くなる様な、そんな切なさが伴う行為だと言う事に、気が付く事が出来なかった。





next


どろどろの取り合いとかはないです。こんな感じで、せっさんが成人して、冒頭の台詞に至るまでを書いてます。
兄さんの職業は、忙しいといったらこれくらいしか知らない私の無知ゆえです…。すみませんっ。