「こちらの準備も整った。……ああ、了解だ。明後日合流は、スメラギからも伝え聞いている。気をつけてくれ」
刹那は道を歩きながら、今回は別々に生身の武力介入を行っているロックオンと連絡を取っていた。
今は潜伏場所を整えて、夕飯の材料を買っての帰り道。
これから先、一ヶ月は母艦に帰投出来ない事が決まっていて、先に武力介入という名の暗殺の為に地上に降りている、ロックオン・ストラトス事、ライル・ディランディと共に住む家を整えたのだ。
その家を基点として、これから一ヶ月行動する事になる。
刹那は女で、ロックオンは男性だが、同居に異論はなかった。
外では夫婦のように振舞って置けという指示もあり、更に刹那は彼を信じていた。
彼の恋人を、過去に必要に駆られて殺した経緯もあったが、それらも全て、彼は受け入れ、納得し、刹那と友人関係を築く努力をしてくれている。
更に、見かけとは裏腹に、彼は紳士だった。
出会った初めの頃こそ、彼も複雑な思いが色々あり、仲間内からは「軽い」だの「遊んでいる」だのと噂されていたが、それが見かけだけだと理解するのには、時間はかからなかったのだ。
故に、男女で生活を共にする事も、刹那には不安は無かった。
プラス、刹那は彼に体を求められても、答えてもいいとさえ思っていた。
今いるソレスタル・ビーイングに所属するまでにも戦場を経験してきた刹那には、男が何を持って心の安定を図るのかを、身に沁みて知っているからだ。
友人として努力してくれている彼になら、その安定を与えてもいい。
それが刹那の友人としての考えだった。
だが今のロックオンは、一度たりとて刹那に求めたことは無い。
彼の兄とは正反対だった。
そう、刹那は彼の兄とも面識があった。
元々「ロックオン・ストラトス」は、彼の兄、「ニール・ディランディ」のコードネームだったのだ。
双子であった彼らには、一番妥当な、安全な名前だった。
その兄が死亡しているからこそ、尚更だ。
そして刹那は過去、兄のほうの「ロックオン・ストラトス」と恋愛関係を結んでいた。
兄のほうは弟とは正反対で、刹那が女だと知れると、すぐに体を求めてきたのだ。
彼もまた、戦場を渡り歩いていたのだと後から知り、戦場慰安婦の存在を、当たり前と捉えていたのだと理解した。
初めに友人になり、その後、なんとなく流れて肉体関係を結び、更に過去のロックオンは、刹那の存在を求めた。
それに刹那は答えた、という事で。
戦死した時には、もう刹那には彼は必要不可欠な存在になっていたが、それでも死んでしまったものは仕方がない。
そういう流れは止められないのだと、戦場に慣れている刹那は涙を流しながらも、その事実を受け入れた。
そんな出来事から6年近くが経ち、更に同じ顔の別人と友人関係を結べた刹那は、最近仕事に邁進していた。
それが生きる全てだった。
だからこそ、ロックオンとの通話を切った後、目にした光景に心底驚き、固まってしまったのだ。
道端の、あからさまにゴミ捨て場という風情の場所で、たった今通話をしていた相手が倒れていたからだ。
彼は今、ニューヨークにいるはずなのだ。
そして今刹那がいるのは、ダブリンである。
アイルランドとアメリカを瞬時に移動できるはずも無く、その上ゴミ捨て場に倒れている男は、普段のロックオンの印象とは正反対だったのだ。
そう、まるで彼の兄のようだった。
そして顔も。
同じ容姿だと、いくら汚れていてもすぐにわかる。
刹那はその顔との付き合いが、それだけ深いのだ。
あまりの事に驚いて立ち止まり、暫く見つめてしまった。
だがその間、男が目を覚ます気配は無かった。
時間にして5分ほどその場に立ち尽くし、刹那は現状を理解する。
何にしても、人が倒れているのだ。
放っておく事もできないと、気を取り直した。
「……おい、生きているか?」
ゴミ捨て場に歩み寄り、その男を揺さぶってみれば、小さくだが呻く声が漏れる。
その声に、その人物が生きている事を確認して、とにかく手当てをしなければと、刹那は大男を担ぎ上げて、家に連れ帰った。
新しい家に辿り着き、改めて男を見てみれば、腹部は黒い模様の洋服だと思っていたのは間違えで、その色は血によるものだった。
刹那は眉を顰めて男の服を脱がし、その部分をあらためる。
直接傷口を見れば、それは銃倉だった。
場所を確認して、更に体を裏返せば、その銃倉の真裏にも傷があり、銃弾は貫通しているのだと理解できる。
更に傷の周辺を知識の限りで触診すれば、おそらく内蔵には被害の無い場所であるだろうと、体の横の部分に出来ている傷を見る。
精々、骨に異常がある程度だろうと、医療が専門ではない刹那にも解った。
それでも万が一を考えて、男の所持品をあらためれば、身分証明が出来るものは何一つ持っておらず、更に顔の所為で、簡単にこの国の医療機関に持ち込んでいいのかを悩んでしまう。
もう少し様子を見ようと、刹那は手持ちの医療道具で傷を消毒して、男の身なりを整えてやった。
丁度、ロックオンの身の回りの品が運び込まれたばかりの家の中には、男物の洋服があり、後で彼に弁償しようと思いながら、その荷物を男に与えた。
夜になり、自分ひとりの食事と、もし目が覚めた場合を考えて、傷を負っている男に合う食事を用意する。
食事が出来上がっても、男は目を覚まさなかった。
様子見で、男を寝かせているソファに歩み寄れば、呼吸が荒い。
傷が銃倉だと言う事で、熱が出ているのだろうと、体温を計れば、案の定、38・7分という高熱だった。
刹那は淡々と、目を覚まさない男に口移しで解熱剤を与え、更に消炎剤を与えた。
彼が何者であっても、とにかく意識を取り戻してからだ。
世の中には、そっくりな顔の人物が3人いると言う。
彼らが双子だという事で、一瞬「まさか」のその考えが刹那を占めたが、彼の最後の状況を思い返せば、生きていると言うことはないだろう。
当時のクルーが、全員同じ結論に至っていた。
更に今は、整形技術が進化していて、何かの拍子にこの顔に行き当たったと言う可能性も捨てられない。
誰かもわからないが、人命には変わりがない。
刹那は男の看護に精を出した。
その時刹那は洗濯物に取り掛かっている最中で、男が身じろぎする気配で振り返った。
「……目が覚めたか」
干す予定の洗濯物をとりあえず置いて、男に歩み寄れば、高熱のあとの定まらない視線で、天井を見て、ゆっくりと刹那に視線を向ける。
一瞬だけ、期待した。
自分の名前が出るのではないかと。
だがそんな希望は当然かなわなかった。
男はかすれた声で、口を開く。
「……あんた、誰だ。それにココは……」
その声も、まさに彼だったが、男がニールであるのならば、刹那に対する問いはないだろう。
少しの落胆を抱えながら、刹那は一部始終を説明した。
「あんたは昨日の夕方、このアパートのゴミ捨て場に倒れていたんだ。夕飯の買い物帰りに見つけた。……念のため、身分証などを改めさせてもらったが、何も持っていないんだな。病院に行ったほうがいいが……その傷は行ける理由でのものか?」
ものが銃倉だと言う事で、犯罪者である可能性も問えば、男は苦く笑う。
「よく、わかってるな。あんた、普通の女じゃないな」
銃倉など、確かに一般ではあまり見ない。
24世紀の現在、世界中に銃刀法が蔓延していて、余程の身分証明が無い限り、堅気の人間はそんなモノにお目にかかれないのだ。
故に、彼が刹那をそう判断するのも頷ける。
「当たり前だ。堅気だったら、先ず間違いなく、お前をゴミ捨て場に放置している。こんな不審者、誰が家に入れるか」
「そりゃそうだ。サンキュ、不良女」
おどけた口調も、更にニールを思い出させる。
初めて彼と出会った時も、こんな口調だった。
幼い刹那を見て、砕けた口調でフォローしてくれた事を思い出す。
それでも感傷ばかりに浸っていられない。
刹那は意を決して備えていた問いを男に投げた。
「それで、名前はなんだ」
目が覚めてから、自分を明かさない男に、予測済みの彼の行動でも問う。
刹那が視線鋭く男を見れば、男はソファに起き上がって、わき腹の傷に少し顔をゆがめた。
「……適当でも良いのか?」
「良くないな」
「なんで」
「直に出て行くなら、それでもいい。だがその傷では、そうもいかないだろう」
「本当の名前を言って、何か変わるのか?」
状況には大差ないと訴える男に、刹那は視線をそらせた。
変わるかもしれない。
だが変わらないかもしれない。
不確かな状況に黙れば、男は笑った。
「悪い。助けてくれた恩人に、言う台詞じゃなかった」
困った顔をしてしまった刹那に、男は溜息混じりに名乗った。
その名前に、刹那は目を見開く。
「俺はニール。ニール・ディランディっていうんだ。見ての通り、堅気じゃない」
「ニー……ッ」
名前を言いかけて、顔とあわせての情報に、ただ男……ニールを見つめることしか刹那には出来ない。
何故だ。
彼は死んだはずだ。
夕べから頭の中をぼんやりと廻っていた言葉が、鮮明に脳裏に浮かぶ。
驚いてニールを見つめた刹那に、ニールは少し驚いたように、大きく瞬きをした。
「……なに、あんた警察か? ならこの顔でわからなきゃダメだろ。5年前に指名手配されてるぜ、俺」
「5年……前?」
ニールの続いた言葉に、刹那は首を傾げる。
彼がCBに来るまで、暗殺業をしていた事は知っている。
組織の秘匿義務を使い、従順に組織に従う振りをしつつ、徹底的に世間から隠れていた事も。
その理由が、今目の前のニールが告げたものであることも。
だが年数が違うのだ。
5年前は、彼はCBに所属していて、指名手配を受けたのが、その更に3年前だった事を刹那は知っていた。
故に、計算が合わない。
首をかしげて、他の事を確認する。
「年は?」
彼がニールなら、今のロックオンと同じはずだ。
果たして答えはあっていた。
「32歳だ。結構若く見えるだろ、俺」
少し誇らしげに、髪の毛を掻き揚げる仕草も、あの頃の彼のままだ。
合わない辻褄に、首を傾げてしまう。
可能性から考えれば、別人だ。
それでもあまりにも、彼は刹那の知っている「ニール・ディランディ」に似ている。
考え込んでしまった刹那を、ニールは伺い見た。
「……警察じゃないのか? ならファミリーか?」
ニールの問いに、彼が受けた傷が判明する。
マフィアとの抗争に首を突っ込んでいるらしいと。
以前の彼なら考えられない行動に、刹那は一旦思考を落ち着けて、改めて男と向き合った。
「警察でもファミリーでもない。……ああ、まあファミリーといえば、そうか」
刹那の答えに、ニールは咄嗟に指先を動かした。
その仕草を、刹那は冷静に見つめる。
「馬鹿か。お前のマグナムは預かっている。俺はお前を「夕べ」拾ったと言っただろう」
「……ちッ」
所持品の中に、当然のようにあった銃は、今は刹那の部屋に置いてある、ロックオンの鍵付きの金庫の中だ。
その金庫の中には、当然刹那の銃もある。
硝煙反応や火薬反応が誤魔化せる、CB特製の金属で出来ているその箱が、一番安全な場所だった。
「だが安心しろ。別に俺はマフィアじゃない。……そんな職業をしている割に、観察眼がないな、お前は。俺が男に見えるのか?」
ニールを指差して、洋服を改めさせれば、彼は直に納得した。
あからさまに男物の着衣に気がついたのだ。
更に自分が着ていたものと違う事も。
「なんだ。そっちか」
「普通はそっちだろう。こんな普通のアパートに住んでいる女に、他に何が想像できる」
「普通……ねぇ」
含みを持たせた彼の言葉に、そこは鋭かったのかと笑う。
部屋は特殊な吸音素材を張り巡らせてあり、外部との音を遮断する設備を施していた。
部屋の中でする、ロックオンとの物騒な話が、外部に漏れないように。
音の反響でソレに気がついた男に、更に首が傾く。
やはり彼は、どう見ても刹那の知っているニールなのだ。
多少昔より抜けているが、それでも持っている雰囲気が彼だと主張している。
「……で、今更だけど、お前さんは? ミセス?」
家の中に男物を備えている刹那に、既婚者の女性と呼ぶ彼の雰囲気も、まさにそのままだった。
本当は、偽名工作されたほかの名前があるのだが、刹那もまた自分の名前を告げた。
「……刹那・F・セイエイだ」
刹那にとっては賭けだった。
顔は子供の頃と変わらないと言われるが、体型が違う。
ニールと共にいた、恋愛関係にあった頃は、彼が毎夜嘆くほど無かった胸も、時間と共に、彼が去ったあと成長した。
他の部分も勿論成長していて、あの頃より身長も10センチ以上高い。
解らなかったのかもしれない。
そう思いたかった。
だがやはり、彼の口からは、刹那の名前に特別な反応を引き出すことは出来なかった。
「へぇ、不思議な名前。東洋系か?」
「……まあ、そんな所だ」
混乱している思考が、このニールの言葉ですっと冷めた。
彼は知らないのだ、刹那を。
と言うことは、やはり別人なのだ。
世の中には奇妙な事があると、刹那は再び洗濯物に手をかける。
雨の多いこの地域独特の、サンルームタイプのバルコニーに、濡れた洋服をかける作業を再開させた。
その作業の傍ら、必要事項を彼に告げる。
「悪いがお前の洋服は処分させてもらった。血と硝煙反応で、使い物にならなかったからな。何か食べられるのなら、用意が出来ているが、どうする」
「マジ? すっげぇ腹減ってるんだ。ああでも、ソレ終わったらでいいから」
「当たり前だ。図々しい男だな」
自分の食事は後回しで言いと、態々恩着せがましく言う男に、更に昔の彼が重なる。
刹那が女だと知れた途端、当たり前のように身体を求め、年若い女を気遣う素振りも無かったロックオン・ストラトス。
身体の関係と恋愛は別だと言い切っていて、それでも自分が欲しいと思った途端、他の男を牽制し始め、更に刹那の存在を自分のモノにして、当然の顔をしていた。
刹那が戦場で育った女でなければ、絶対に彼とは恋愛関係にはならなかっただろうと、今ではそう思える。
だが刹那は知っていた。
図々しく振舞うその影に、誰よりも傷ついた心を持っていた男だったと。
更に人から傷つけられる事を、極端に恐れていた事を。
そんな弱い部分に、刹那は落ちたのだ。
母性が強いのだと、周りは言っていた。
同僚の女性達からも、良く我慢できると笑われたものだ。
それでも刹那には、彼の弱さがたまらない魅力だった。
まるで赤子のように、刹那の存在を求めてくる。
そして何度愛情を与えても、飢えている心を隠しもせずに刹那に請うのだ。
刹那だけが、真に彼の中で女になっていると確信できる行動に、刹那は満足していた。
後略 next
今更兄貴生存設定です
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