0%麗人

2009/12/30up

 

「わはははははっ! すっげー似合う! 俺もしかしたらホモだったのかもしんねぇ!」
「……随分と最初と反応が違うな」
 潜入する学園の制服に身を包んだ刹那を前に、ロックオンは笑い転げていた。


 事の起こりはこの日の2日前。
 そろそろ就寝時間に差し掛かると言う頃、付き合い始めたばかりのロックオンと刹那がソウイウ雰囲気になって来た頃に鳴り響いた緊急コールから始まった。
 まだ世界に対して武力介入を行う前の、初めての緊急コールだった。
 衣服を正して慌ててブリーフィングルームに赴けば、戦術予報士のスメラギ・李・ノリエガが厳しい顔でマイスター達を待ち構えていた。
「緊急情報よ。AEUの武力組織が研究者の確保に乗り出したの。それを拒否した研究者に対して、強硬手段に訴えるという情報が入って来たわ。決行日は判明している限りでは2ヶ月以内。即擁護活動に入って欲しいの」
 最初の説明では、集められたマイスター達は何故自分たちが必要なのかは解らなかった。
 だが続く説明に納得を見せる。
「その研究者はソレスタルビーイングに参画予定なの。その技術を狙っての事らしいわ。だけどその組織は影でテロ組織と繋がりがあって、そちらへの技術支援も目的の一つとして動いている。今までのやり方も手段を選ばない物なの。それこそその組織そのものがテロ組織と何ら変わりがない程にね。家族の誘拐から始まって、ハッキングでの技術強奪、金融機関確保、あげれば切りがない。だからそんじょそこらのエージェントじゃ手に負えないのよ」
 マイスターは本来MSを使っての実行部隊だが、当然それには人よりも優れた肉体能力を保持しなければならない。
 各々の特性を活かした機体は与えられるが、大本の能力が基本になる。
 瞬時に肉体がしている反応を機体に反映させなければならないと言う事は、当然肉体が機体の反応以上の能力を保持していなければいけないと言う事なのだ。
 スメラギの説明からすれば、確かにこの先その研究者は世間的に目だつ訳にもいかない。
 少数精鋭でどうにかしようとすれば、個々の能力が重要になるのだろうとは理解した。
「場所はロンドン。アレルヤとラッセは別々に外周の警備にあたって。ティエリアはヴェーダを使って研究者の生活全てに関わるシステムの安全保持。刹那は研究者の家族の保護。息子が一人いるわ。ロックオンは相手の動きを探りつつ、現場の指示をして。現在確定しているミッションプランは端末に送信済みよ。確認して」
 それぞれが己の端末を開いている間に、スメラギは中央モニターに配置図を表示させる。
「ここが研究者の私邸。運良く相手も派手には動けない市街地にあるわ。この私邸が見渡せる2ブロック離れたマンションに主要拠点を置きます。ここにはロックオンが入って頂戴。立地と環境的に貴方じゃないと目立つわ。アレルヤとラッセは逆側に1ブロック離れた所に拠点を置きます。有色人種の多い場所だから目立たない筈よ」
 スメラギの説明を聞きつつロックオンがミッションプランに目を通していると、一つ気になる箇所が出て来た。
「あの、いいですか」
「何かしら、ロックオン」
「この…刹那の潜伏先って、」
 ロックオンの言葉にそれぞれが端末に視線を落として固まった。
 そこには。
『King's College of Our Lady of Eton beside Windsor』
 明らかに学校の名前であり、それ以前にそこは有名な歴史あるパブリックスクールの名前だった。
 ただ問題だったのは…。
「全寮制男子校に、刹那なんですか?」
 という問題である。
 体術がどうのと言う以前に、刹那では根本的な問題がある。
「外見上問題は無いわ。それにつてはちゃんと工作済みよ。それに庇護対象者の年齢を考えると、刹那にしか出来ないの」
「ソウイウ問題じゃないでしょう! 何かあったらどうするんですか!」
「確かに貴方達の潜伏先とは遠いし、略刹那の単独行動になる事は予測出来るから、危ない事だとは認識しているわ。でも仕方ないのよ。この中で誰が13歳に化けられるの?」
「だけど男の集団の中に…! 刹那は女ですよ! 間違いがあったらどうするんですか!」
 そう、外見がどうであろうと、どれだけ優れた体術があろうと、刹那は立派な女の子だったのだ。
 だが慌てているのはロックオンだけだった。
 他の面々は(当の刹那も含めて)当たり前の様な顔をしている。
 公私混同はダメだと解っていても、刹那と恋人関係にあるロックオンには出来れば回避したい所だった。
 そして恋故に、盲目になってしまっているのである。
 ロックオンは『間違いが』と主張しているが、一般人の誰がマイスターの刹那に対して暴挙が働けると言うのか。
 現在所在している基地内の成人男性ですら、刹那の相手ではない。
 故にロックオンの発言はこの場では無視される形になった。
「刹那、任務中は疑似人格H-801を使用して頂戴。良家のご子息ばかりの学校だから、いつもの様にヤマトナデシコ精神も忘れずにね」
「了解した。長期任務に備えて直ぐに医療チームにピルの調剤を請求したい」
「わかったわ。それは私から要求を出しておくから、出発前に医務室に寄って頂戴」
「ピルって……! なんで避妊薬を……!」
 二人の会話に割り込んで慌てふためいたロックオンに、女性二人は冷たい視線を向ける。
「……ピルはなにも避妊の為だけの薬じゃないわ。男子校で生理が来たら困るじゃないの。排卵を止めるためよ」
「お前も認識しているだろう。俺は丁度月経が終わったばかりだ。運がよかった」
 平然と返されたが、それでもロックオンは黙らなかった。
「だけどお前っ、このミッションプランだと男と同室で生活するんだぞ! なんでそんなに平然としてるんだよ!」
 このロックオンの言葉に、それまでは冷たい視線を向けていたのは女性陣二人だけだったが、部屋の中の全員がロックオンに対して冷たい視線を向けることになった。
 何故なら。
「……普段から俺は男のお前と同室だが? 何の変わりがある? それにお前は言われなければ俺が女だとは一年間気が付かなかった。コイツだっておそらく同じだろう。何も問題は無い」
「だけど俺はお前が女だって解る前から多分好きだったんだ! コイツだってそうならないとは限らないだろう!」
 あまりにも私情を前面に出したロックオンの発言を、部屋の中の面々は本格的に無視し始めた。
 ラッセだけが、ロックオンを哀れんだ視線で見つめるだけだった。
「他に質問はあるかしら」
「だから……あ! 俺が刹那と代わる! 俺が入学する! イートンなら多少は知識が…」
「それではそれぞれの偽名工作済みの身分証を渡すわ。ロックオンは毎日2100に私に定期報告をお願い。他の人達はロックオンに伝えて頂戴。学校の編入工作が終わるまで、刹那はロックオンと一緒に待機。出発は6時間後。健闘を祈るわ」
 ロックオンの言葉を完全に無視して、スメラギは場の解散を促した。
 他の面々はため息をつきつつ(ティエリアは変わらなかったが)、スメラギの手から身分証を受け取り、順に部屋から退室していった。
 23歳の中学生は、かなり…というか完全に無理である。
 目立たない行動を求められる以前の問題で、制服を着て学生生活をするなど既に変態の域だ。
 確実に通報されるだろう。
 刹那は15歳だが、女の子という事もあって身体の線が細く、2歳くらいは簡単にサバ読める。
 それになんと言ってもパッと見では女性と認識されない、鍛えられた肉体と、いくら本人が努力しても胸板にしか見えない胸。
 男装にはなんら支障はなかった。
 刹那本人もそれを理解していて、任務にあたる事をなんら不思議にも思わなかったのである。

 ブリーフィングルームから出た廊下で、それでもしつこくロックオンは刹那を説得する。
「なあ、やっぱり無理だ。どうしたってお前は女なんだから」
「一年気が付かなかった人物の台詞とも思えないな」
「大体下着はどうするんだよ。お前、ブラジャー着けられねぇぞ?」
「先月購入する際に、お前は俺にはブラジャーはいらないと言っていた。乳首は絆創膏でも張っておけと自分で言っただろう」
「だけどっ、股間はどうするんだよっ。ぺったんこなのには変わりないだろっ」
「ガードでも忍ばせておく。陰茎のカモフラージュくらいなら何とかなるだろう」
「それにピルなんて自分で飲めるのかよ。多分錠剤だぜ?」
「最近は何とかコツを掴んだ。問題ない」
 刹那がつい最近まで一人で薬が飲めなかった事まで持ち出しても、やはりミッションと言う事で刹那の意思は覆らない。
 苛つきが頂点に達したロックオンは、歩きながら会話をしていた所為で二人部屋の前まで到着してしまったのも構わず、声を荒げた。
「お前は俺と付き合ってんだろ! なんで他の男と一緒の生活が出来んだよ!」
 本心を吐露したロックオンに、刹那は思いっきりため息をつく。
 そして冷たい視線でロックオンを責めた。
「……ロックオン、これはミッションだ。俺達の活動だ。戦術予報士が俺が適任だと思ったのなら、従って当然だろう」
 刹那の正論に、ロックオンは言葉を詰まらせる。
 それでも感情が付いていかないロックオンは、眉間に皺を寄せた。
 そんな恋人に刹那が出来るのは一つだけだった。
「……俺は誰と一緒にいようと、俺にとっての男はお前だけだ。何も心配するな」
 するりと頬を撫でて、刹那は先に部屋に入った。
 8歳も年下の恋人に宥められて、ロックオンはこれ以上何も言う事は出来なかった。



 翌日、潜伏先のロンドンに到着した面々は、それぞれの拠点に散っていった。
 本来刹那は肌の色からアレルヤやラッセと同じ潜伏場所に行くべきだったのだろうが、ロックオンのあまりの狼狽ぶりにロックオンと同じ場所に一旦腰を落ち着けることになった。
 最初からスメラギには言われていた事だったが、それは彼女の戦術と人の心の動きを読む事に長けていた事の賜物だったのだろう。
 拠点に落ち着いて3日で、刹那の制服が届いた。
 サイズを見る為にと袖を通した時、冒頭のロックオンの爆笑が起こったのだった。
 その刹那の姿はどこから見ても、立派に少年だったからだ。
「いや、マジ美少年。元々が可愛いからだとは思うけどな。お兄さん、胸中複雑だよ」
「嬉しくない褒め言葉だ」
 姿見鏡の前でそんな会話をしていると、ロックオンの手が悪戯を始める。
 二人っきりの空間で、本格的なミッション開始まで多少の時間があるとなれば、恋人同士の二人のする事など決まっている。
 だが刹那は眉を顰めた。
「男子の制服姿で欲情するな。お前は変態か」
「中身が刹那なら関係ないね。もし脱がして俺と同じ物がぶら下がってても、絶対に勃つ」
 するすると制服を脱がしながら、ロックオンは更に耳元で囁く。
「それにピル飲んでるんだろう? 今なら中出しし放題ってことだよな。最低2週間はお預けされるんだから、補給させておいてくれよ」
 週末は外出は出来ると情報にはあったが、それでも警護対象から刹那が離れる事が出来る訳も無い。
 予測では長くて2ヶ月、短くても2週間はかかるとの事なのだ。
 その間二人は離れている訳で、お互い禁欲は免れない。
 身体はロックオンの好きにさせつつも、刹那は眉間に皺を寄せる。
「俺はいつでも中に出して欲しいと言っている。何故こんな時だけなんだ。子供が出来ないだろう」
「バカ。それは何度も言ってるだろう? ちゃんとお前が婚姻年齢に達して、大人になってからだって。子供が子供産んでどうすんだよ」
「今作っても、産まれる時は婚姻年齢に達している。問題な……あっ」
「俺はお前やこれから作る家族に後悔はしたくないんだよ。解ってくれよ……」
 懇願する様に言い縋られて唇を塞がれては、もう刹那には何も言う事は出来ない。
 見え隠れするロックオンの心の黒い部分に気が付かない振りをして、只黙って身体を預ける事しか出来なかった。