説明書をお読み下さい

10/01/10up

 


 最近、ライルは必至になって刹那に張り付いていた。
 食事やトレーニングルームは勿論、果ては自分の機体の整備まで放り出して、刹那にべったりだった。
 まさしく『張り付いている』という言葉が相応しい。
 だがそれは誰が見ても不自然であり、また自然だった。
 理由は。
「せつなー、整備いつ終わるんだよ。っていうか、俺の整備してくれよー」
 一応、格納庫のキャットウォークから先は立ち入り禁止になっているニールが、自分が行動出来る範囲内で刹那にまとわりついているからだ。
 自身の機体もあるライルは当然どこでもフリーであるので、刹那をニールの手から確保する為だった。
 うっかり目を離した隙に不貞をされては溜まらない。
 刹那は現在ライルと将来を誓っている間柄で、いくら死に別れた恋人が復活したとしても、そしてその相手が実の兄だったとしても、ライルにとっては許されることではなかった。
 そう言った面で、飄々とした見かけとは裏腹に、社会生活を普通に営んで来れたライルは固い人物だった。

 刹那の為にヴェーダから配備された『ニール・ディランディ』が到着して2ヶ月。
 ライルにとってはまさに毎日が戦場にいる気分だった。
 自分の彼女が食うか食われるかの瀬戸際である。
 通常の相手であれば、刹那が裏切るとはライルとて思っていない。
 だから相手が『ニール』である事が問題なのだ。

 二人の過去の関係は勿論知っている。
 どれだけ刹那が兄を思っていたかなんて、その想いを超える為に必至に努力したライル自身が一番身にしみているのだ。
 だからこそ、信じきれない。
 刹那から『ニール』が配備された日に確実に言葉をもらえなかったのも手伝っているが、その後に刹那に『浮気はしない』と言われていても、やはり気になる。
 しかも復活した兄の『ニール』が、ずっとチャンスを伺っているのが手に取る様に解るのだ。
 チャンスとは、当然刹那との情事のタイミングである。
 最初の説明に寄ると『ニール』は刹那の為の存在であり、また刹那以外の女を愛する事は無いと言う、ライルにとっては何とも迷惑な存在だ。

 だが、それこそ刹那のシャワーにまでつきまとっているからこそ、ライルは解っている。
 ニールがまだ未使用だと言う事を。
 ラブドールとして存在している『ニール』は、最初にセックスをした相手をインプリンティングして、生涯のマスターにすると言う事を聞いている。
 身体の耐久年数が、判明している限りでは500年と言う事も聞いた。
 だからこそ、ライルは邪魔だと思いながらもニールを排除しなかった。
 目的は当然、ニールに刹那以外の女を視界に入れさせる事だ。
「ほら兄さん、あそこに美人」
 三人でいる間、何かに付けてライルはニールにこのような言葉を送り、刹那への執着を取り除こうと努力している。
 だが当然それは、尽く失敗に終わっていた。
「何言ってんだライル。刹那の方が全然美人だろ。それにお前、あの人の子供の頃想像出来るか? ぶっちゃけ凄かったかもしれないんだぞ? それに比べて刹那は、子供の頃から可愛くてな〜、目なんかくりっくりで、お肌もモチモチつやつや。抱きしめるとミルクの匂いで……ああもう、思い出しただけで溜まらん! ……っておら、ライル、聞いてんのか」
 ………と、惚気返しをされる事が毎回だった。
 何が悲しくて、自分の彼女の惚気を、自分以外の男から聞かなければならないのか。
 だがそれでもライルは諦めなかった。

 百歩譲って、自分の死後は仕方が無い。
 それこそヴェーダの配慮だ。
 身体の機能を保持する為だと言われれば、死んだ後の事はどうしようもない。
 あまり考えたくはなかった事だが、現実問題として存在する限り、諦めるより他に無いのだ。
 だが今は…! と、頑張ってライルは刹那に張り付く日々だった。


 だがそれも、同じ基地内に居られる時に限る。
 なんと言ってもライルはニールと違い、普通にマイスターだ。
 当然、ずっと刹那に張り付いているだけの生活が送れる訳も無く。
「今回は行ってもらうわよ、ロックオン」
 無情にも戦術予報士は、ライルに仕事を振って来たのだった。
「……ティエリアの遠隔操作でいいじゃなねぇか」
「よくないから言ってるの。民族紛争はモビルスーツ戦だけじゃないのはよく解ってるでしょ? 現地諜報もしてもらいたいから言ってるのよ」
「……ならアレルヤに」
「今いない人に押し付けないで。それに今回は遠距離からの攻撃で、CBの介入と言う事を曖昧にしたいのよ。だから貴方じゃないとダメなの」
 スメラギの言っている事は解る。
 そしてそれがライルの仕事だとも理解している。
 だが……。
「……じゃあ、兄さん復活したんだから、兄さんに行かせろよ。先輩の働きを俺はじっくり見せてもらうから」
「アホ。ニールはマイスターじゃないでしょ。それに双子って言ったって網膜パターンは違うでしょ。貴方のくだらない理由で一々書き換えなんかしないわよ。アレ大変なんだから」
 何を言っても揺らがないスメラギに、ライルは瞳に涙を浮かべたが、受け取った戦術プランや諜報活動内容を見れば、やはりライルでなければ出来ない事で。
 それでもスメラギの言葉にライルはカチンと来た。
「くだらなくないだろ! 刹那の貞操の危機なんだぞ!」
「そんな危機を感じてるのは貴方だけよ。気持ちは解らなくもないけど、仕事は仕事。しっかり働いてちょうだい。貴方と刹那の未来の為にもね」
 言われてライルは唇を噛み締める。
 確かに生きている限り、仕事はしなければいけない。
 そして戦術プランを成功させれば、それは『仕事』という枠組みの話だけではなく、己の希望にも繋がるのだ。
 一粒で二度美味しい仕事を、ライルは当然辞めるつもりは無い。
 そして愛する刹那との生活にも、必ず必要になるものである。
 しかもココで断固拒否をして、それが刹那にバレたときが怖いとも思うので、ライルは瞳に涙をいっぱいにためてケルディムで基地を後にしたのだった。




 そして、ライルの危惧していた夜。
「せつなー、シャワー終わったか?」
「……ニール、部屋のロックを勝手に解くな」
「いやあ、イノベイドって便利だよな。昔の身体にはもう戻れないね」
 ヴェーダと直接リンク出来るイノベイドまたはイノベイターには、電子のロックは意味が無い。
 どんなに暗証番号を変えたとしても、それはヴェーダに蓄積されるデータでしか無く、それの閲覧が自由になっているイノベイター達には意味が無い事なのだ。
 そしてその機能をニールは無駄に利用していると言う事だ。
 刹那自身が何度暗証番号を変えても、またライルが勝手に変えても、ニールは何事も無かったかの様に、当たり前の様に刹那の部屋のドアを開ける。
 昔の様に戦争を憎んで、その為に動いていたのならば、おそらくこの能力の使い方はまったく違う物になるのであろう。
 刹那はため息をつきながら、それでもニールを拒む事は無かった。
「戻りたくともムリだ。今頃はお前の身体は完全冷凍されているか、もしくはどこかの惑星の重力に捕まって木っ端みじんだろう」
「うわー、グロイ想像させんなよ。相変わらず夢もへったくそれもない想像しかしねぇな」
 ニールは肩をすくめながら刹那のベッドに座り込む。
 そして部屋に付いている端末に向かっている刹那を眺めた。
「……それ、クワンタのデータか?」
「ああ。今は二機の調整をしているから忙しい。…まあ、御陰で今日は無事に一機は出て行けたがな」
 ライルが刹那から離れない為に、刹那はライルの機体の整備もしていた。
 常に行動を共にしていなければ不安になるライルを、刹那も刹那なりに思いやっていたのだ。
「ライルもしつこいよなぁ。別に一回くらい気にすんなって思うけどな」
「それは、気になるだろう。お前だって昔は気にしていただろう」
「気にはしてたけど、でも仕事と恋愛は割り切ってたぜ。お前が諜報の名目で男とホテル入ってたのだって知ってたけど、ある程度は仕方ないと思って、俺は何にも言わなかっただろ」
「言わなかったが、態度に出ていた。ライルは素直なんだ。兄弟のお前にはよく解っているだろう」
「ははっ、違いない。昔からアイツは我慢が効かないからな」
 ニールが基地に到着してからの初めての時間を、二人はライルの話に興じる。
 複雑なお互いの心を閉じ込める様に。
 ……だが、そんな意図があったのは刹那だけだった。
 刹那が端末の電源を落として振り返ると、ニールは既に刹那のベッドの中に入っていた。
「………何故布団に入る」
 刹那の了承も無く寛いでいるニールに、刹那は眉間に皺を寄せた。
「え、一緒に寝ようと思って。鬼の居ぬ間にってな」
 けろりと返された返答に、刹那の眉間の皺は濃くなる。
 それは即ち、今日……と言う事で。
 刹那は再び深くため息をついて、ベッドのニールから視線を逸らせた。
「……悪いが、一緒には寝られない」
「なんでだ? 今日は折角ライルがいないのに」
 毎晩ライルとニールは刹那の部屋で言い争いをしていて、その事が原因で二人揃って刹那に部屋を叩き出されていた。
 故に、ニールとは再会して以来ベッドを共にした事は無い。
 ライルとは隙間を縫って多少愛情の確認をし合ってはいるが、ニールとはキス一つしていなかった。
 それがいきなり、ライルが居ないからと言ってソウイウ事をするなど、刹那には出来なかった。

 確かに今でも、刹那はニールに恋愛感情的な物は抱いている。
 それでもやはり、社会通念的に許されない事だ。

 刹那が自分の身体を抱きしめて困惑している姿に、ニールは苦笑する。
 昔から刹那は律儀だ。
 それはニールとて解っている。
 任務で男とホテルに入っていた時も、最後までしなかったのは解っていた。
 今も『任務』と言ってしまえば、刹那にとってはそうなるのだろう。
 恋愛感情があっても、もう刹那にはニール以外の相手が居る。
 感情が揺れ動いても仕方が無い事だ。

 ニールはふっと笑いながら、掛け布団を捲って刹那を呼び寄せる。
「……一緒に寝るだけだ。お前、最近よく眠れてないだろ。昔から人の体温があった方が眠れるだろ?」
 過去を示唆されて、刹那は俯く。
「……もう、子供じゃない」
「コウイウのには子供も大人も関係ないだろ。俺は絶対にそれ以上しないからさ。ホントに寝るだけだ。…まあ、ちょっと勃っちまうかもしれないけど、気にすんな」
「気になる」
「勃っても使わないし、男の生理現象として流してくれて構わない。強姦なんてしないから、久しぶりに親睦深めてくれよ。俺だってやっぱり寂しい」
 ラブドールとして復活したニールを、今まで出来るだけ遠ざけていた事を言われて、刹那は視線を揺らがせる。
 刹那とて、ニールは悲しませたくない。
 けれど、事情が事情なのだ。
「嫌なら絶対にしないし、湯たんぽだとでも思ってくれよ。それに、抱きしめるだけくらいはさせて欲しいし……」
 あくまでも安全だと主張するニールに、刹那は本音を漏らした。
「嫌じゃないから、困るんだ」
 もしあの時、ニールが生き残っていたら、おそらくライルと関係を持つ事など無かっただろう。
 そして今尚燻っているニールへの感情を考えれば、万が一ソウイウ雰囲気になれば刹那に断る事は出来ない。
 刹那自身、それを痛感しているからこそ、ニールを避けていた。

 刹那の本音に、ニールは破顔する。
 心底嬉しかった。
 刹那がニールを思ってくれている事も、ライルを大切にしてくれている事も。
 それでも準備が必要だった。
 いつか、二人になってしまったときの為の。

 ニールは笑いながら、刹那の腕を引っ張ってベッドに引きずり込んだ。
「な………!」
「今日はしない。絶対しない。でも愛情だけは、お互いに伝え合おうぜ」
「だがっ!」
「それにやっぱり、ライルの居ない時にインプリンティングするのはフェアじゃないだろ。コウイウのはライルの目がある時にするもんだ。きちんと三人で納得して、それで進めなきゃいけないだろ。でも一緒に寝る位いいだろ? 俺だって今も刹那を愛しているんだから」
 既に寝る前の姿になっていた刹那は、困惑しながらもニールの腕の中に収まることになった。
 そして目の前に視線を向ければ、2ヶ月前に刹那が段ボールに詰めていたニールのシャツがあった。
 刹那としては、コレからのライルとの生活の為に処分しようとしていたのだが、折角使える物があるのだからと、それをニールは引き取っていた。
 まるで昔に戻ったかの様な感覚に、自然と刹那の頬が緩む。
 やはりどう考えを巡らせても、嬉しい物は嬉しかった。

 暫くはニールの股間の張った物が気になっていたが、刹那が気が付いた時にはニールは既に寝息を立てていた。
 本当にする事が無かったのは、安心と共に物足りなさも感じる。
 それでもこの形が、今の自分達に相応しい物なのだと刹那は思った。
 ティエリアの言っていた『害になる存材ではない』という言葉を痛感しつつ、久しぶりの香りに包まれて、刹那も意識を手放した。




 2週間かかると言われていたミッションを、ライルは根性で1週間で終わらせて、文字通り飛んで帰って来た。
 格納庫にケルディムを収容した後、自動操縦中に仕上げた報告書をスメラギに送信して、早速刹那の所に行こうと、コクピットを出た所でパイロットスーツを脱ぎ始める。
「おかえり。早かったな」
 ライルが視線を上に向ければ、格納庫のキャットウォークには、焦れていた刹那の姿。
 穏やかに微笑む彼女に、想いの丈をぶつける為に駆け寄って抱きしめれば、刹那もそれに答えた。
 だが、刹那の髪から仄かに香る匂いに眉をひそめる。
 抱きしめていた腕を緩めて顔を覗き込めば、その行動の理由を察知した刹那はゆったりと答えをくれた。
「大丈夫だ。ただ一緒に眠っていただけだ。それ以上の事はしていない」
「一緒にって……どういう事だよ」
「言葉通りだ。性的な物は一切無い。ニールもライルが居ない時に事を進めるのはフェアじゃないと言って、しなかった。前にお前としていた事の、セックス抜きの状態で眠らせてもらっていただけだ」
 好きな女を目の前に…いや、腕の中に抱いて、それだけで済ませられる男が居るのかと、ライルは刹那の瞳を見つめる。
 元々嘘や冗談は滅多に言わない刹那の瞳は、やはり澄んでいた。
 ホッと胸を撫で下ろして、軽く唇を合わせる。
 何度か啄む様にバードキスを繰り返していると、格納庫のドアから盛大なため息が流れて来た。
「おいおい、それがちゃんと我慢してた俺に対する態度かよ。何か俺にも言う事無いのか?」
 ライルが思う存分刹那を補充していると、ニールはそんな嫌みにもならない言葉をライルに投げかける。
 だが次の言葉は、嫌みを通り越していた。
「んじゃ、ライルも無事に帰って来た事だし、今日こそ俺のインプリンティングさせてもらうぜ。今夜を楽しみにしてるよ、刹那」
 ばちんと音が聞こえそうな綺麗なウィンクを残して、ニールはその場を辞退して行った。
 その背中に、ライルは想いっきり叫ぶ。
「させるか馬鹿やろう! 今日は俺が刹那を占領するんだよ! 部屋入ってくんじゃねぇぞ!」
 堂々と性交渉を大音量で宣言されてしまい、恥ずかしさのあまりに刹那はライルの鳩尾に拳を叩き込み、踞るライルを捨てて格納庫を出て行った。

 『ラブドール』という言葉から、ライルはニールがもっとガツガツと刹那を求める物だと思っていただけに、安心と共に拍子抜けした。
 そしてその後に感じたのは、やはりニールが刹那を愛しているのだと言う事。
 何事も人の感情を優先する所も変わっていないニールに、ライルは複雑になる。
 コレでは自分が狭量な男の様な気がするではないかと。

 刹那の浮気は無くて安心はしたが、それと同時に今までの様に言い争っているだけでは済まなくなってしまった様な刹那とニールの二人の親密具合の進展に、やはり刹那の側を離れるのではなかったと痛感してライルは大きなため息をついた。






ラブドールニールMK2は、ご主人様の意向にはちゃんと従います。強姦にはならない様に、きちんと設定されています。
でも卵巣の動きが変わったり、女性ホルモンのバランスが崩れたら、話は別です!