ニールいきます!

09/12/22up

 


 培養液が小さな泡を肺胞しつつ音を立てる。
 同じ様な医療ポッドの様な物が並んでいる部屋の中で、それだけは異質だった。
 ゴポゴポと音を立ててガラスケースの中の液体が無くなり、蓋が開く。
 それと同時にフォログラムの青年がその脇に立った。
「6年もかかってしまったが、ついに完成だ…。目覚めろ! マーク2!」
 広い部屋の壁が震える程の音量で、フォログラムの青年は目の前の物に促した。
 その促しに従って、ケースの中に横たわっていた物体は起き上がる。
 そう、ケースの中には一人の青年が横たわっていたのだ。
 ベッド状になっている医療器具の上に座り、ゆっくりと目を開けながら、その青年は口を開いた。
「……汎用人形ラブドール・ニールMK2、起動完了……」
 自分の初期プログラムを口にした後、青年…ニールはニヤリと口元を緩めた。




 数日後、ソレスタルビーイングが有する地上の基地の一つの廊下を、刹那・F・セイエイは歩いていた。
 先日まで酷使した00ガンダムの整備の帰りだった。
 油で汚れた整備用のつなぎを上半身だけ脱いで腰にくくり、アンダーのTシャツも汗で色が変わっている。
 タオルでは汗は拭えても、発汗後の不快感までは拭えず、シャワー室に向かっている最中だった。
 そんな不快なひと時に背後から響いた破廉恥な言葉に、刹那はぶちっと脳内の血管を切った。
「せーつなー! 久々にえっちしようぜー!!」
 段々と近付きながら大声でそんな事を言われては、相手が誰であろうと関係がない。
 慣れた恋人の声に似ていた所為もあり、また彼の俊敏性も身体が覚えていた為、刹那は容赦なく上段回し蹴りを背後に向かって繰り出した。
 だがそれは、やはり髪の毛をかすっただけに終わる。
「っぶねぇなぁ。でもちゃんと反応してくれるなんて、昔より可愛くなったじゃねぇか」
 上がった足を反動で下ろしながら、破廉恥な言葉をかけてくれた人物を目に入れた刹那は、その赤褐色の瞳を大きく見開く羽目になった。
 そこにいたのは限りなく自分の恋人に近い容姿をしているが、どこか違う人物で。
 更に言えば、懐かしい顔だったのだ。
「お……まえ、だれだ?」
 刹那の記憶にある限り、その人物は6年も前に死んだ筈だった。
 恋人であった自分を残して。
 彼の死は刹那にとって辛い記憶で、その辛さを乗り越えるのに何年もかかったのだ。
 そして今は、その彼の弟と恋人関係にある。
 そしてつい先日、その弟と婚約までしたのだ。
 彼と彼の弟は双子であり、だが似ている容姿だけに刹那はその弟を避けていたのだが、熱烈なアタックに負けて惹かれてしまった。
 苦難苦境を乗り越えての今の平穏な心が、目の前に現れた人物によってかき乱される。

 なぜここにいる。
 何故今になって現れる。
 生きていたなら何故……。

 色々な言葉が瞬時に頭の中を過ったが、最初に向いていた刹那の進行方向…つまりは現在の刹那の背後から拳銃の劇鉄を起こす音が響いて、刹那の頭は現実に引き戻された。
 そうだ。
 この姿の人物は、目の前で死んだのだ。
 きちんとその生命が終わる瞬間を、肉眼とセンサーで確認したのだ。
 故に、背後から響いた警戒音にも納得が出来、更に自分でも常に携帯しているサバイバルナイフに指を滑らせる。
 背後にいるのが刹那の恋人ライルであると刹那は見ずとも理解していたし、目の前のライルと似通った色の制服を身につけている人物がライルではないと当然理解出来た。
 誰だ、と思って当然だった。

 二人の警戒っぷりに、刹那に破廉恥な言葉をかけた人物は慌てる。
「ちょっ! お前ら酷くねぇ!? 刹那も普通に臨戦態勢とるなよ! それにライルもお兄ちゃんの顔に向かって普通に銃向けるな!」
「……俺の事をその名前で呼ぶって、情報源はどこだ」
「だからー、この姿でわかんだろ! 俺だって! ニールだって! …ちょっと前とは身体は違うけどさ」
 ぶつぶつと文句を言っても警戒を解かない二人に、正体不明の『ニール』を名乗る人物は、取りあえず両手を上げて敵意の無い事を示す。
「説明してやっから、取りあえず刹那の部屋に連れてってくれよ。その間俺は絶対に手は下ろさないから」
「その前に、この基地に入る為のIDを見せてもらおう。照合させてもらう」
 刹那は端末を取り出して、『ニール』の制服のポケットを探った。
 すると上着の内ポケットからそれらしきカードが見つかる。
 それを自分の携帯端末に差し込むと、きちんとした手続きの元に作成された記録が画面に表示された。
 第一から第六のゲートまでをそのカードで通過している記録も残っている。
 厳重な警備を通って来れたと言う事は、おそらくカード自体は本物であると判断して、刹那はライルに銃を下ろさない様に指示しつつ、『ニール』の要望通り己の部屋へと歩を進めた。




「はー、相変わらず何も無い部屋だなぁ。もうちょっと女の子らしくなると思ってたのに」
 刹那の部屋に入った後、『ニール』はホールドアップの姿勢のままベッド脇まで勝手に歩く。
 それに対してライルはかちゃりと銃を上下に揺らして、その行動を良しとしなかった。
 だが『ニール』はそんな音にもおかまい無しに、きょろきょろと部屋の中を探索し続ける。
 そして部屋の片隅に置かれていた、蓋の開いた段ボールに目をつけた。
「あれ……これ、」
 そこには刹那が保管していた『ロックオン』の遺品が纏められていた。
 初めに乗ったとレミーにあった物は艦と一緒に無くなってしまったのだが、それは『ロックオン』が刹那の潜伏先に置いておいた物だった。
 替えのシャツや下着、それに数冊の紙媒体の本。
 他にも当時は受け入れてもらえなかった刹那へのプレゼントの女の子らしい服などが、何かを目的とする様に一つの箱に収まっていたのだ。
「よくこんなに長く取っておいたなぁ、物に執着しないお前が。東京のあの部屋はもう無いんだろ?」
 『ニール』の苦笑に、刹那の眉がピクリと上がる。
 メンバーには当然刹那の生活習慣や性格は理解されていたが、目の前の『ニール』が感慨深そうに言う理由は何なのかと思った。
 それにその段ボールに収めている物は、当時の『ロックオン』と刹那にしか解らない物なのだ。
 そして当時の潜伏先も、この場にいる人間には刹那以外解る筈が無かったのだ。
 刹那がどの疑問から質問しようかと思い倦ねて口を開閉させていると、『ニール』がふうっとため息をつく。
「あのさ、いい加減に手、下ろしたいんだけど。まだ気になるんなら護身用のライルとお揃いの銃は腰にぶら下がってるし、後は足首な。それ以外はもってないから、勝手に取ってボディチェックしてくれないかな。痺れて来た」
 言われて初めて、ライルと刹那は『ニール』が手を挙げ始めて既に30分近くが立っている事に気が付く。
 ライルも同じ様に構えていたのだが、やはり衝撃と緊張で時間感覚が無くなっていた所為で、『ニール』の言葉に自分の指先も痺れて来ている事に気が付いた。
 刹那とライルは目配せをして、刹那が『ニール』の側に寄ろうと身体を動かす。
 だがそれを、言った当人の『ニール』が止めた。
「あー、出来ればライルにしてくんね? 刹那はナイフ構えてていいから」
「……何故だ」
 当然の刹那の質問に、『ニール』はテレっと頬を染める。
「だって、勃っちゃうから」
「「…………は?」」
 言葉の意味を計りかねて、ライルと刹那は揃って首を傾げる。
 最初から緊張感は無かったが、それに拍車をかける様な『ニール』の台詞に、刹那は首を傾げた次の瞬間に視線を鋭くした。
「……ふざけてるのか」
 怒りを含ませた刹那の声に、『ニール』は首を横に振る。
「その辺も全部説明すっからさ、早くして欲しいわけよ。……ほら、ライル」
 同じ顔を呼びつけて自ら武器を所持している場所を晒す『ニール』に、ライルは一旦構えを解いて、言葉に従った。


 示された場所とそれ以外の物が無いかライルがボディチェックを終わらせて、『ニール』は両手を振りながら刹那のベッドに座り込んだ。
 その様子を刹那とライルの二人は相変わらず厳しい顔で見つめる。
「お前ら、そんな怖い顔ばっかりしてると幸せこねぇぞ」
 肩をすくめて戯けてみせた後、『ニール』は「さて、」と口を開いた。
「ティエリアから当時の状況は聞いたんだけど、刹那、お前は俺が死んだのは確認してるんだよな?」
「………ああ」
 辛い記憶を呼び起こされて、刹那の眉間に皺がよる。
 そんな刹那の顔に、『ニール』は複雑そうな笑みを浮かべた。
「そう、俺は死んでる。それは間違いない。と言う事で、この身体は新品だ」
「「新品?」」
 意味が分からず、また刹那とライルは首を傾げる。
 それにも構わず『ニール』は説明を続けた。
「お前らも当然解ってると思うが、一度鼓動を止めて脳神経の伝達が経たれた身体は再生は出来ない。…まあ、身体自体も回収されてないみたいだけどな。だからこの身体は、CBの技術の結晶って訳。言ってしまえばティエリアが産まれた理論と同じだ」
「……つまりは、イノベイドと言う事か?」
 刹那が問いかければ、『ニール』は「Yes」と短く頷く。
「ただ普通の奴らと違うのは、この身体には予め記憶と規格が用意されてたって事だ。まあ、他にもあるけどそれは追々で。…刹那は俺の記憶が残ってる理由は解ってるよな?」
「それは、『記憶』ではなく『記録』だろう」
「え? どういう事?」
 話の見えないライルが、刹那に問いかける。
 刹那は『ニール』から視線を離さず、ライルに答えた。
「俺達マイスターは、機密保持の為にナノマシンを投与されているだろう。あれは海馬に作用して、俺達の記憶をデジタル化してヴェーダに蓄積するものなんだ。お前はマイスターになった当初はヴェーダが手元に無かったから、先週になった、と言う事だ」
「……ああ、あのカプセル……」
 ライルは『マイスター必至事項』としてつい最近投与されたカプセルを思い出す。
 情報の流出源の特定と、その周辺を探る為に必要だと説明を受けた。
 重要機密事項に関わる者は全て投与される物だと言う事で、ライルはそれを飲み込んでいる。
「あれ、記憶だけじゃなくて、それに伴ってその時考えていた事とか性格とか経験とかが、全部データ化されちまうんだ。…って、俺もこの間知ったんだけどさ。つまりは投与された人間のコピーを作り出すのは簡単って事。俺なんて投与から死ぬまで6年もあるから、そらもう全部綺麗にコピーされてた。それこそ生きてた時には覚えてもいなかった産まれる瞬間の事までだ。や、人の脳みそって凄いよな」
 感慨深くうんうん頷いている『ニール』を前に、刹那とライルは思わず頭を抑えてしまう。
 そんなプライベートな事までデータ化されているとは気味が悪いと思ってしまうのは仕方の無い事だ。
 頭を抑えた二人に向かって『ニール』は笑って言葉をたす。
「大丈夫だって、誰にも見られないんだから。外から引っかかるのは太陽炉についてとか機密事項に関わる記憶データだけだ。ティエリアでさえそれ以上は見られないってよ。ただファイルとして存在するだけで、それを基盤に作り上げたヒューマノイドにしか認識出来ないプログラムらしいぜ。……って事で、俺っていう存在は理解してもらえたか?」
「じゃあ、あんたはホントに兄さんって事か?」
「あくまでも性格と思考パターン、記憶だけだけどな。お前と一緒におふくろの腹の中にいた俺じゃないが、個体認識としては間違いじゃないと思うぜ。DNA塩基配列も同じだしな」
 厳しい顔をした同じ顔に向かって、『ニール』はにっこりと笑う。
 そして今度はライルに向かって話し始める。
「でも訂正だ」
「………は?」
「兄貴は俺じゃなくて、お前に変更」
「…………なんで?」
 今さっき肯定された事を否定される様な事を言われて、ライルはきょとんと『ニール』を見返す。
「だって俺、24で死んでるから、24までの記憶と経験しかねぇもん。今はお前の方が年上だろ」
「あー……なる程」
 データとして転送されるのは『海馬』からであって、それ自体が死んでしまえばデータの転送も止まるのは容易に想像がついた。
 それ故に、ライルは目の前の年下の『兄』を、尚の事本物として認識出来た。
 だが『ニール』から発せられた言葉に、ライルは背筋をぞっとさせた。
「じゃ、兄さん、改めてよろしく」
「うわっ! ダメだ! 気持ちわりい!」
 同じ顔から『兄』と呼ばれる事に慣れないライルは、本気で拒絶反応を起こす自分を体全体で表した。
 両腕を摩りつつぴょんぴょん跳ねるライルを、刹那は少し緊張の解けた瞳で見つめる。
 そしてライルを置いて、再び疑問を口にした。
「……だが、そう言う事なら今までのマイスターは全員復帰が可能と言う事だろう。どうしてお前だけなんだ」
 刹那の質問に、『ニール』は待ってましたとばかりに口元を引き上げる。
「勿論、お前のため」
「………俺の?」
 刹那はこれ以上無いくらいに首を傾げた。
 誰か個人の為に復帰出来るなら、今頃再起させていないマイスターなど存在しない筈なのだから。
「お前、イノベイターになったんだろ?」
「あ、ああ。そうだが…それがどうした」
「イノベイターの基本概念は解っているけど、結局は身体の造りは普通の人間と変わらない訳だ。つまりは男なら射精させてなきゃ夢精しちまうし、女だって排卵が止まる訳じゃねぇ。だけど男より女の方が問題がある」
 身体の造りの話からいきなり生殖機能の話をされて、刹那は再び眉間に皺を寄せた。
 だが『ニール』が言っている事は間違いではない。
 イノベイターに進化したと言っても変わらず生理は毎月来るし、今までと何も変わらなかったからだ。
 だが何故『男』より『女』に問題があるのかは解らなかった。
 疑問を訴える刹那の視線に、『ニール』は心からの笑みで説明を続けた。
「知ってるか? 女は一定期間セックスしないと排卵が止まっちまうって」
「………そうなのか?」
「そうなんだよ。普通の人間なら年齢で閉経が来るが、お前はそうじゃない。きちんとセックスしてないと、産みたい時に子供が産めなくなっちまう訳だ。もし200年後に子供が欲しくなったら、閉経してたら困るだろ?」
 途方も無い時間の説明をされたが、覚悟している事とは言え『ニール』の言葉には頷いてしまう。
 いずれライルは先に逝くのだ。
 刹那とてそれは覚悟の上のライルとの関係だったが、『ロックオン』が死んだ後、ライルと関係を持とうと思った様に、この先にそう言う相手が出ないとも限らない。
 だがそれと目の前の存在が結びつかず、刹那はただ首を傾げた。
 イノベイドの身体をもっていると言う事は、刹那と原理は同じ様なものである。
 と言う事は、刹那がこの先どれだけの人を送ろうとも一緒にいる為の存在なのだろうかと考えたが、それでは生殖機能の説明の理由が付かず、刹那は説明の続きを待った。
 それはすぐに得られた。
 ………が。
「と言う事で、俺はお前の為に造られた、言ってしまえば『大人のオモチャ』って事」

「「…………………………………は?」」

 刹那とライルの二人は、思いっきり間をあけて問い返す。
 何か聞き捨てならない事を聞いた気がしたからだ。
 呆然とする二人を置いて、『ニール』の説明は続く。
「お前と俺は付き合ってただろ? セックスの技能だけなら別の人間でも良かったのかもしれねぇけど、お前がちゃんと普通に楽しめる様に、関係のあった俺になったって訳。この身体、マジ凄いぜ? 精子が造られる機能も最低限に抑えられてて、中出しし放題。俺とお前がセックスして子供が出来る確率は0.000000001%だ。種無しなのは男としてかなりショックだから、一応あるって事になってるんだ」
「「……………」」
「ちなみにサイボーグ機能も付いてる。前は見えなかったお前のいい場所も、サーモグラフィで脳内に断面図が描けるから、ピンポイントで抑える事が出来るぜ」
「「…………………………」」
「あと挿入すれば、ペニスで身体のスキャンをしてやれるから、病気なんかの予防にも役立つぜ。分泌液を感知して、その辺の病院の血液検査くらいの事はしてやれる」
「「………………………………………」」
「そんな訳で、ライルは部屋出てくれ。刹那! 久々の特別プレイだ!」
 満面の笑みでベッドの上で両手を広げて刹那を待つ『ニール』に、刹那とライルの二人は凍り付いた。
 これはもう、今はライルと刹那が恋人だとか、過去の恋人が出て来て泥沼とか、そんな話ではない。
 科学の粋を集めて造られたのがこれかと思うと、人類全体がはかなく感じている二人だった。
 凍り付いた二人に『ニール』はため息をつく。
「まったく、刹那は相変わらず照れ屋さんだなぁ。ライルも利かん坊なんだから」
 その言葉にはまったく二人は反応出来ない。
 確かにライルはかなり我が道を行くタイプである事は認めるし、刹那も無表情で愛情を素直に表現出来ないのは認める。
 だが絶対にこれはその域の話ではない。
 視線を動かす事も出来ない二人に焦れた『ニール』は、刹那の腕を取って自分の腕の中に引き寄せた。
 その段階で、漸くライルの凍結が解除される。
「……………なっ!」
「早くしちまおうぜ。俺の事、ちゃんと刹那専用のラブドールに仕上げてくれよ」
 腕の中でその言葉を聞いた刹那は、再び首を傾げた。
「………専用とはどういう事だ?」
 刹那の言葉に、『ニール』は「ん?」と優しく微笑む。
「んー、簡単に言っちまうと、俺は最初に挿入した膣の形を覚えて、その人専用の機能が充実されるんだ。ちなみに一度覚えちまったら、それはインプリンティングになって、ソイツ以外には反応しなくなる。つまりは浮気しない訳だ。ちなみに今でも前の刹那との記憶があるから、刹那以外は俺だって嫌なんだよ。だから、な?」
 そう言って『ニール』は刹那を本格的にベッドに押し付けた。
 ギシリとスプリングが鳴って、呆然としたままの刹那に『ニール』がのしかかると、その頭に再び『ゴッ』と冷たい鉄の感触が押し付けられる。
 穴が開いている感触から、それが見なくとも銃口だとは理解出来た。
 そしてその先を辿れば、視線を絶対零度まで下げたライルがいた。
「……………刹那から離れろ。このエロバカ兄さん人形」
「に、人形はねえだろ! 一応血が通ってんだよ!」
「ソウイウ問題じゃねえんだよ! 今は刹那は俺と付き合ってんだ! 兄さんは出る幕ないんだよ!」
 ライルの言葉に、『ニール』はピタリと行動を止めた。
 そろりと視線を刹那に移して、恐る恐る口を開く。
「……………マジで?」
 刹那は『ニール』の問いかけに、小さくだが頷いた。
 当の刹那ははっきり言って今の状態を理解出来ていなかった。
 昔の恋人が自分の為に復活して、それで今の恋人が怒っていて、兄貴が弟で弟が兄貴で……等と、現状の把握だけで手一杯だったのだ。
 ライルと『ニール』の顔を交互に見ながら刹那が呆然としている間、刹那の上で『ニール』は暫し黙り込む。
 行動の止まった『ニール』を確認してライルは銃を下ろした。
 ……………が。
「まあ、いいや。付き合いとかはまた後で考えるとして、取りあえず俺を刹那専用にするのが先だ」
「えええぇえ!?」
 普通ならもっと悩むべき場所の筈が、『ニール』はどうでもいいとばかりに放り出して、再び嬉々として刹那の胸に顔を埋めた。
「うーん、でかくなったなぁ。やっぱりあの頃俺が一生懸命揉んでたからか? 触り心地もいい〜……」
「だから触ってんじゃねえよ! この馬鹿兄!」
 ライルは思いっきりベッドの上から『ニール』をひっぺがして床に引き摺り下ろす。
「んにすんだよライル! とっとと部屋出やがれ! 刹那が恥ずかしいだろ!」
「ソウイウ問題じゃねぇって言ってんだろ! なんで俺が自分の彼女が他の男にヤられるのを黙認しなきゃいけねぇんだよ!」
「だから刹那の為だって言ってるだろ! 上がっちまったらどうすんだよ! 生身のお前が50年後でも勃たせられるって言うのか!?」
「そんな心配は俺が勃たなくなってからしろ! とにかく今は刹那には俺がいるんだから、セックスは心配されなくても平気なんだよ!」
 ライルの言葉に、『ニール』はニヤリといやらしく笑う。
「へーんだ。お前はそんな事言ってるけど、刹那、今発情してるぜ?」
「「なっ………!」」
 この言葉には、ライルだけではなくベッドの上の刹那までも驚く。
 そんな二人に『ニール』は得意満面な顔で言葉を続けた。
「運動後って事を考えたとしても、今の刹那の体温は低いぜ。それにサーモグラフィで感知すると、卵巣辺りの温度が高いんだよなぁ。…これって意味解るだろ?」
 刹那は『ニール』の言葉を受けて、思いっきり自分の身体をシーツで覆い隠した。
 そんな事を感知されるなど、恥ずかしい以外の何ものでもない。
 それでも『ニール』の言葉は続く。
「まあ、この辺は生身のライルじゃ荷が重い所だ。だから俺に任せろって言ってんの」
「ま……任せられるか! それに人の彼女の排卵状態なんか勝手に見るんじゃねぇよ! このどスケベ!」
「どスケベなのは当たり前だろ! 俺はその為の存在なんだから! …それに別にいいだろ。元々兄弟なんだし」
「血縁以上の絆は、俺は欲しくねぇ!」
「お前が刹那と付き合ってんなら、もう遅いの。刹那の処女奪ったのは俺なんだから。とっくに血縁以上の兄弟だろ」
「だからって、これ以上親睦なんか深めたくねぇよ!」
 二人がベッド脇でぎゃいぎゃいと下品な事を騒いでいる間に何とか自分を取り戻した刹那は、瞳を金色に輝かせた。
 そして一括。
「ティ……ティエリアーっ!」
 刹那の叫び声が部屋の壁を振るわせて、その振動が治まる頃、刹那の部屋にフォログラムの人形が浮かぶ。
 それは見慣れた姿だった。
『どうした、刹那。ニールの調子がよくないか?』
 当たり前の様にされた質問に、刹那は表情ではまるっきりの平静だったが、内心は嵐の様に波だった心を言葉に乗せる。
「いや、調子が良すぎるんだっ。なんだこの機能はっ! それに元のロックオンとは少し違う様に感じるっ!」
『そうか。調子が悪くないなら良かった。なかなか良い機能だろう?』
「機能が問題じゃないっ。存在の理由が俺には理解出来ない!」
『……ニール、説明をしなかったんですか?』
 呆れた様なティエリアの言葉に、ライルと向き合っていた『ニール』は即座に反論した。
「したに決まってんだろ。じゃなきゃ俺、どんな変態だっつーの」
 肩をすくめた『ニール』にティエリアは安心した様にため息をついて、刹那に向き直る。
『…刹那。全機能を保持するのは勤めだ。受け入れてくれ』
「いやっ、だがっ!」
『大丈夫だ。大本はロックオン・ストラトスのままだ。ただ多少マインドコントロールが入っているだけで、問題は無い筈だ』
「「……マインドコントロール?」」
 ティエリアの言葉に、再び刹那とライルは首を傾げた。
『そうだ。ロックオンが持っていたテロへの執念を、君への執念に置き換えた。これは彼も受け入れて施されている。問題ない』
 刹那とライルが『ニール』を見れば、本人も笑顔で頷いている。
 だが人権の問題は、なにも『ニール』だけの問題ではない。
 それを向けられる刹那にも大きく影響を及ぼすのだ。
 それに過去のロックオンのテロへの執念を考えると、それがそのまま刹那に向いた事に、刹那は背筋を何かが走る感覚を覚えた。
 彼の命を奪ったもの…それが即ち『テロへの執念』と言う事で。
 命をかける程の執念を向けられるのは、それは既に只の恋人同士ではない。
 その上、今は刹那はロックオン以外の恋人がいるのだ。
 いや、もう恋人ではない。
 言うなれば家族を作る約束をした相手がいるのだ。
 だが『ニール』が先程説明した通り、確かに身体の全機能を永続的に保持しようとすれば、女には必要になる存在なのだろうが……。
 混乱のあまりに刹那は再び口を閉じる。
 刹那の沈黙に、ティエリアはふっと表情を緩めた。
『大丈夫だ。君の害になる様な存在ではない。それにこれはイオリア計画の一部だ。女がイノベイターに進化した時の為のな。安心して使ってくれ』
「つ、使う……」
 ライルはあまりのティエリアの言葉に、開いた口が塞がらない。
 そんなライルにティエリアは冷たく言い放った。
『僕だって身体を作れば、刹那に使われる事に異論は無い。イノベイドはその為の存在だ』
「お、お前ら全員大人のオモチャなのかよ!」
『下品な発想しかしない男だな、君は。それだけが目的ではないだろう。精神的にも肉体的にも必要だと言っているんだ。自分の時間と刹那の時間を同じに考えるな』
「だけど俺ら、婚約までしてんだぞ! なんでプレイドールなんて刹那に寄越すんだよ! 俺に対する嫌がらせかよ!」
『別に刹那と君の生活に対して口を挟むつもりは無い。その辺は三人で話し合ってくれ。…刹那、他には問題は無いか?』
 すっぱりとライルを切り捨てて、ティエリアは優しく刹那に微笑みかける。
 ティエリアのそんな微笑みは滅多に見られる物ではなく、『ニール』はひゅう、と口笛を吹く。
 だが当の刹那から見れば、その微笑みは反論を許さない絶対的な意思の表れでしかなかった。
 言ってしまえばコレはヴェーダの決定なのだ。
 ガンダムが4機あるのと同じ様に、実機の一つとしての配備と言う事で……。
 口元を引き攣らせた刹那に、ティエリアはもう一度微笑んでふっと消えた。



 静かになったライルと刹那に、『ニール』は思い出した様に「あ」と呟く。
「そうそう、俺のコードネームな。さっきのIDにも書いてあったけど、『ニール・ディランディ』だからよろしく。コレからはちゃんと『ニール』で呼んでくれ」
 その名前に、ライルはぴくりと肩を震わせる。
「……それ、コードネームじゃねぇよ。本名だよ」
「だって俺はもうマイスターじゃねぇもん。それに『ロックオン・ストラトス』はお前なんだろ?」
 マイスターの言葉に、今度は刹那がぴくりと肩を震わせた。
「ロックオ……」
「『ニール』」
 元の呼び名で言いかけた刹那にぴっと人差し指を向けて、訂正を促す。
 刹那はその促しにモゴモゴと口ごもった後、従った。
「……ニールはもう、ガンダムに乗らないのか?」
「んー、どうだろ。その辺は上の意思かな。5機目が製造されるならわかんねぇけど、今の所は乗る機体も無いしな。セックス以外にも色々特化はされてるから、何でも出来るとは思うけどな。肉体の数値も変わってないし」
 ニールはひらひらと手を振って、その肉体を示す。
 その様子を刹那はじっと見守った。
 変わらない翡翠の瞳に、白磁の肌。
 造作はやはり並べてみてもライルとの血の繋がりを感じたが、それでも瞳の温度が二人は違った。
 今まで並んで見ていなくとも、刹那はライルとニールを間違えた事は無かったが、それでも改めて二人を見比べて、その意味を知る。
 同一視などした事が無かったが、やはり刹那は二人を別の人物として愛していたのだと。
 そして問題を感じた。
 なんと言ってもニールとは心が冷めて別れた訳ではないと言う事実。
 再び会えた事に素直に喜んでいる心を、どうしていいのか解らなかった。
 それでも今約束を交わしているライルを裏切る訳にもいかないのだ。
 そんな刹那の心を読む様に、ニールは笑う。
「それに今は、ガンダムより刹那に乗りたいからな」
「え………」
 昔と同じ様に艶やかに笑いかけられて、刹那の頬は一見は解らずとも染まる。
 そして普通の仲間なら気が付かないその反応は、目の前の兄弟には当然解ってしまう物だった。
「刹那! なに頬を染めてんだよ! 今は俺と付き合ってんだろ! ていうか、この間式場の予約までしたのに!」
 ライルの憤慨に、刹那は表情を引き締める。
「あ……わる…」
 婚約者に謝ろうとした刹那の言葉は、だが途中で遮られた。
「え? なに? お前らそんなとこまで進んでんのか? それなら尚更俺も協力しないとな!」
「「……は?」」
 元恋人のニールは、刹那の新たな恋を怒る事無く、何故か更にノリノリになって話を始める。
 二人はその感情の発露がどこにあるのか解らずに、またまた首を傾げる嵌めになった。
「結婚っつったら子作りだろ? 任せとけって。男でも女でも、欲しい方の手助けしてやるって! 俗説から科学的に証明されてる事まで、全部インプットされてっからさ!」
 確かにソノ目的が多分にあるとは言え、このニールのどの言葉でも全てソッチ方向に持っていく思考に、二人は頭を抱えた。
 それにマインドコントロールがされているとは言っても、このポジティブ思考…というか、『刹那が全て』の思考回路に、いまいち付いていけないのだった。

「だからー、取りあえず俺のインプリンティングを……」
「だからすんなっつってんだろバカニール! 刹那もきっちり拒否しろよ!」
「だがヴェーダの意思が……」

 三人の苦悩は、始まったばかりだった……。






ホントにすみません…。
ニールが崩壊し過ぎてて、もう謝罪しか出来ませんが、書いている本人は大変に楽しゅうございますっ。
一応シリーズ第一作なので、説明的部分です。
この調子でずっとドタバタさせるつもりですので、宜しくお願いします。
ラブドールネタですが、えろは出るんでしょうか…(←誰に聞いている?