BL⇔GL〜平行線上のマリアさまが見ている〜
このお話は、『ここはグリーン・ウッド』(那州雪絵著、「花とゆめ」1986〜1991連載)の中にあるお話(「天国へのハシゴ段」)に、男子校に通う主人公が、完全に性別が逆転しているパラレルワールドへ行ってしまうというものがあります。
文責:龍宮斎 HP/木漏れ日のセレナーデ
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人工島の敷地内にあるベル・リバティ学園、通称BL学園は、緑林に囲まれる美しい高等学校である。 日本全国から、《プラチナペーパー》によって入学を許可された優秀な男子高校生が集まるこのBL学園は、全寮制であり、通う生徒たちが住居としている寮は、校舎から20分ほど歩いた場所にある。 一年生の伊藤啓太は、この学園には珍しい転校生であり、先日催された《学園MVP》において、パートナーと共にMVPに輝いた生徒だ。 彼自身は、どのような才覚を認められてこの学園の入学許可を得たのか、知らなかった。また当然、周囲もそう考え、そのころ理事長と対立にあった副理事長及び理事会の面々が、啓太を退学に追い込もうとした。それを回避させたのが、理事長の思いつきであり啓太を救うための催しである《学園MVP》だった。 この催しは二人一組で参加することが条件で、優勝賞品は理事長の権限の及ぶ限りのことで《一つの願い事》を叶えてくれるというもの。 優勝した啓太は、その賞品で退学を取消し、また、その際のパートナーであった彼と、啓太は今恋人として付き合っている。 この物語は、以上のことが凡て終わり、ようやく落ち着いた頃のことである。 「あれ?確か、この辺りだったと・・・あ!あったこれだ!」 啓太は、古文の授業で課された、和歌解釈の宿題をしようと、図書館に来ていた。目的の本を見つけ、書棚から取り出そうとしている。身長が170センチである啓太は、それほど低いわけではないのだが、しかし、『歌ことば歌枕大辞典』は、聳えるような壁に備え付けられた書棚の一番上、それも奥の方へ仕舞い込まれていた。 啓太は、仕方がないと、梯子を利用することにした。 梯子を三、四段に上り、それでも、奥に入った辞典にはなかなか手が届かない。手を伸ばしても無理だと思った啓太は、もう一段上ろうと、足を上げた。 「・・・っと、あっ!?」 足を下ろした途端、滑り止めの付いていない靴の底が、段から大きく外れた。 梯子の四段目から落ちても大きな怪我はしないだろうが、身体を打ち付ければ痛いことに変わりない。啓太は、衝撃に耐えようと、きつく目を閉じた。 図書館の床に腰を打ちつけた啓太は、顔を顰めて、「痛い」と打ち付けた部分を擦る。 「どうかしましたか?」 声のした方を振り向くと、銀色に近い色の、緩やかに波打つ長い髪を、片側に寄せて結わえた女子生徒が、心配そうに菫色の瞳を細めて立っていた。 「いえ、大丈夫で・・・」 「あなた、男の子?」 「え?」 「どこから入り込んだんです?ここはグローリー・リリー学園の図書館ですよ、それを知っていて忍び込んだんですか?それよりも、あなた、伊藤さんをどこに・・・」 「え?」 「・・・もしかして、伊藤さん、ですか?」 相手は、何かに気づいたように、目を見開いて口元に手を当てる。 「お、俺は、伊藤啓太です・・・けど」 「伊藤、啓太?」 「え、はい」 「伊藤啓子という方をご存知?」 「いえ、知りませんけど・・・」 啓太が、小首をかしげてそう言うと、眉根を一瞬だけ顰めた菫の瞳の女性は、 「・・・・・・私と、一緒に、来ていただけますか?郁と生徒会長たちにも、お話をしましょう」 「え?!あ、あの、俺、本当に・・・!すみません、あの・・・」 何が何なのか分らず、涙目になりうろたえる啓太に、彼女は優しく微笑んで、こう言った。 「悪いようにはしません。すこし、事情を聞きたいのです。怖がらないで、私は、あなたの味方ですよ」 その微笑と言い様が、自分の知る人のものと不意に重なった。 「七条・・・さん?」 「はい」 美しく微笑むその女子生徒に連れられて、啓太は、図書館とは別棟にある会計部室に連れて行かれる。 道程で誰にも会わなかったのは、幸いだったと啓太はその後痛感した。 「郁」 七条臣は、会計室の扉を開けるなり、部屋の奥へそう声をかけた。すると、奥の机に、こちらに背を向けて座っている人物が、その薄紅にもみえる茶色の髪を揺らめかせて振り向いた。緩く波をつくり肩を過ぎるほどに伸ばされている髪と清々たる翡翠の瞳は、 「さ、西園寺さん!」 啓太の見知った人そのものであった。七条に導かれて、会計室の内へ歩いていく。その人物の目の前に立つと、 「・・・だれ?」 と、問いかけられる。 「あ、あの、西園寺さんじゃ・・・?」 「あなた、ここが、女子高だと知っている?滅多なことがない限り、他校の男子生徒が入ってこられる場所ではない。何をしに来たの」 「あ、あの・・・」 翡翠にねめつけられて、啓太はおよび腰になる。それに気づいた七条が、西園寺に向かい、 「そんなに睨まないであげてくださいな、郁」 と笑む。 「臣、あなたの知り合い?」 「ええ。そして、あなたの知り合いでもありますよ」 七条の不可解な言葉に、西園寺に良く似た女子生徒が眉を顰めた。 そう、女子生徒なのである。眉目秀麗、明眸皓歯な様は啓太の知る西園寺そのままなのだが、着ている制服が、女子生徒のもの、つまりスカートなのである。 真白なレースの付いた大きめの襟が、首の中ほどまでを隠し、肩の部分が大げさにならぬ程度に膨らんでいるすっきりとしたデザインの黒いワンピースだ。襟の中央には、おそらく学年別に色分けされているのであろうリボンタイが、綺麗に結ばれている。西園寺と七条のそれは赤だ。 「知り合いですって?私の?」 「ええ、そうです」 「私にこの子くらいの年齢の男性の知り合いなど・・・」 いるわけがないと、そういい掛けて、西園寺は何かに気付いた。双眸を見開き、 「啓子・・・」 と、呟いた。 「ええ、そうです。似ているでしょう?」 「どう言うこと?あの子には、双子の兄弟はいないはず。・・・彼は」 「はい。おそらく、別世界の人ではないかと・・・」 「まさか!そんなことが・・・」 あるはずがないと言った途端に、 「郁ちゃん!」 会計室の扉が突如として開かれ、外から一人の女子生徒が走りこんでくる。少し低めの声が、西園寺の名を呼ぶ。呼ばれた側は、盛大に眉を顰めた。 「丹羽生徒会長、わたくしのことを、名前で呼ぶのはおやめ下さいと申し上げたはずです」 「そんなことを気にしている場合ではないの!ここに、他校の男がいる・・・・」 濃い茶色髪を無造作に束ねただけの、丹羽と呼ばれた長身の女子生徒は、啓太に気付くと、何かを言いかけていた口を噤んだ。 「あ、お・・・」 「ええ、丹羽生徒会長、その他校の男子生徒が、彼、伊藤啓太君です」 落ち着き払った声で、七条が告げると、 「・・・え、伊藤って・・・お前、啓子の兄弟か何かなの?」 目を白黒させて問う丹羽哲子(にわてつこ)に、啓太は首を傾げて七条を見上げる。 「いいえ、伊藤さんに、兄弟はいないはずですわ」 「じゃあ!」 「これは、私の推測のですけど、おそらく、パラレルワールドから来た《むこうの世界》の伊藤さんではないかと・・・」 「どういうことかしら、臣?」 「ですから、《こちら》と平行してあるそれでいて異なった世界・・・《むこうの世界》の伊藤さんで、おそらくこの伊藤さんの住む世界は、性別が逆転しているのではないかと・・・」 「なるほど・・・この子が、私たちの知っている『伊藤啓子(いとうけいこ)』の《むこうの世界》の人物で、性別が女ではなく男で、名前が『伊藤啓太』・・・」 七条の言ったことを、丹羽が噛み締めるように繰り返す。それに七条が「そのとおりです」と答えると、開かれていた扉から、濃い青色の髪を丁寧にまとめ上げて白い首筋を露にした美貌の生徒が内へ入ってくる。やはり、啓太にとって見慣れた怜悧な瞳を、細いフレームの眼鏡越しに光らせながら、啓太を一瞥し、そうして啓太の傍に立つ七条に向かって、 「校則を破ってまで男を学園内に招き入れるなど、生徒の上に立つ人間がやることではないでしょう、ねえ、七条さん。そうは思わなくて?」 と、冷たく言い放った。それに、七条も、声を硬くして答える。 「まあ、中嶋お姉さま。そのように怒りますと、眉間に皺が寄って取れなくなりましてよ?それに、彼は、わたくしが招き入れたわけではございません」 「あら、七条さん。わたくしの心配をしてくださるの、お優しいこと。さすがは女王様の騎士ですわね」 「ええ、わたくし、中嶋お姉さまのその美貌に傷でも付いたら、この学園に居辛くなるのではないかと心配で・・・それに、わたくし、お姉さまのその美しいお顔を見るのが、日々の楽しみですの」 「そう、ありがとう、七条さん。あなたも綺麗よ、だから、充分にお気を付けあそばして、誰かが怨んで顔に傷をつけるかもしれなくてよ?」 「いいえ、中嶋お姉さまではありませんし、わたくしなら平気ですわ」 互いにその美貌を損なわぬままに微笑み合い、丁寧な言い様と声で、軽やかに戦争をしていく姿は、多少は異なるが、しかし、啓太の知る人物たちのものとほぼ同じであった。 その零下の雰囲気をうち消すように、扉が叩かれた。 「どうぞ」 西園寺の声に、「失礼」と言いながら、緑にも見える濃い黒髪を後頭部の高い位置で括り上げた黒い瞳の女子生徒が、入ってくる。そして、百合のような佇まいで、部屋を見渡し、啓太に気付くと、 「噂は本当なのですか。あなた、どちらの学校の生徒かしら?お名前は?」 そう畳み掛けるように問いかけてくる。 「あ、あの。俺、伊藤啓太といいます。俺、BL学園の図書館で本を取ろうとしたら落ちちゃって、そしたら、この学校の図書館にいたんです」 啓太は、そう捲くし立てるように言って、日本人形のような女子生徒を見上げる。そう、彼女たちは、啓太よりもそれぞれ数センチ程度、長身なのである。 「伊藤?」 「・・・啓子の兄弟か何か?」 「いえ、あの・・・」 「いいえ、篠宮お姉さま。彼は、パラレルワールドから来た、《むこうの世界》の伊藤さんです」 「何ですって?」 七条の言葉に、篠宮紘美(しのみやひろみ)と中嶋英子(なかじまひでこ)が異口同音に問い返した。七条が先ほどの説明を繰り返すと、納得したようなそうでないような顔付きで、篠宮と中嶋は、啓太を見据えた。 その間に西園寺が連絡をして、会計室には、遠藤に良く似た女子生徒が駆けつけ、篠宮を探してきた岩井そっくりの女子生徒と、会計部に用事のあったために扉を開けてしまった滝に似た生徒が集まっていた。 「・・・啓子は、男の子になっても、とても可愛いのね!」 はしゃいだ声で、遠藤和代(えんどうかずよ)が啓太の手を握る。可憐な容姿の彼女は、おそらく啓太の知る限りの《むこうの世界》の遠藤和希と同じなのなら、理事長のはずで十六歳は疾うに越えている年齢のはずだが、化粧を殆んどしていないためか、ずいぶんと若々しく見える。 「あ、あの・・・・・・・」 遠藤に似ているとは言え、女性に変わりない人物に手を握られ、啓太は顔に朱を散らしてうつむいてしまう。 「本当・・・。もし、時間があるのなら、私の絵のモデルになってくれないかしら」 「ほんまやねえ。よーく似とるわ」 岩井卓絵(いわいたかえ)は、気だるそうな垂れ目に光を満たして、そう言い、滝俊子(たきとしこ)はボーイッシュな赤い短髪に、よく動く瞳を輝かして言った。 《むこうの世界》はどうだこうだと飛び交う質問に、啓太が答えていると、扉が再び突如として開き、金色のゴージャスな巻き毛を揺らして、一人の女子生徒がテニスウエアのまま飛び込んできた。 「ねえ!啓子がいないの!今日は私の練習試合を見に来てくれるって言っていたのに、来ないのよ!七条、西園寺、啓子が何処にいるか知らない?!」 「・・・な、成瀬、さん?」 啓太がぽそりと呟くと、黄金の巻き毛を煌かせて、彼女は啓太をそのエメラルドの瞳で見つめた。 「あら、可愛らしい子。君はどこの子?・・・なんだか、私の啓子に良く似ているわ」 「さすが、伊藤さんを《妹》にと思っている成瀬さんですね。そうですよ、彼は・・・」 三度どころか四度目の説明を始めた七条の話を聞いて、成瀬由紀(なるせゆき)は、月も花も恥らうような微笑みを浮かべて、その豊満な身体を押し付けるように啓太を抱きしめた。 「う、うわ!」 「そうなのね!これは、運命、いえ、宿命よ!啓太、私と結婚をしましょう!」 「どうして、結婚まで話が飛ぶんです!?成瀬お姉さま!」 「ねえ、成瀬さん。もし、お前と啓太の出会いが運命だとしたのなら、ここにいる私たち全員にとって、運命でしょう」 「こら!啓太が苦しそうだからお止めなさい!成瀬さん、その手をお放しなさい!」 「啓太、大丈夫?」 「伊藤さん、平気ですか?こちらへ座ってください」 ようやく落ち着いた面々は、七条の入れた紅茶を飲みながら、話し合い始めた。 「とりあえず、啓子をこちらへ戻さなくてはなりませんね」 「そうだな、むこうも、戸惑っていることだろうし」 「戸惑うだけならまだいいんやけど、むこうって、男の巣窟何やろ?啓子、危ないんちゃう?」 滝のその一言に、はたと啓太を含めた全員が、行動を止めた。 「いーーーーーーーやーーーーーーー!!私の啓子がぁ!私の清らかで可愛らしい薔薇の蕾がーーー!!」 「け、穢れた男どもに手をつけられたらっっ!!!い、いや!それでも、私は啓子を愛せるわ!優しく慰めてあげるわよ!啓子ー!」 ほぼ同時に叫びだした成瀬と遠藤を口切に、西園寺は真っ青な顔をし、篠宮は瞠目、岩井は失神して、丹羽はおろおろと立ったり座ったりを繰り返し、七条に至っては錯乱の果てか、なにやら得体の知れないものを引っ張り出しぶつぶつと何かを呟いている。 「静かになさい!」 一人冷静にその場の静粛を図った中嶋は、 「あなたたちが取り乱しても、どうにもならないわ!とにかく、啓太がこちら側へ来たその場所に向かいましょう」 と続けて、啓太を見て表情を和らげた。 「そこで、もう一度同じ事をすれば、《むこうの世界》に戻れるかもしれないから。・・・確か、図書館だったわね?」 「は、はい」
<了>
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夢の女子校SSを有り難うございました!各人の3サイズが気になる所です! |