第1話 出会い編(和希×啓太)       きゅう


 伊藤啓太は、見習い魔女である。世間的には、魔女っ子と言われたりもする職業に就いている訳だが、れっきとした男子だ。人間でいえば、高校生くらいの年齢だろう。
 ただ、その外見に、男子高校生らしい汗臭さや粗野さはまるでなく、黒い半ズボンの魔女科制服を着た啓太は、どこから見ても、可憐な魔女っ子だった。折れそうに華奢な手足と、ひよこの産毛に似た赤茶の髪だけでも大層愛らしいのに、それに、黒目がちなつぶらな瞳と、苺色をした血色の良い頬まで加わるのだから、男子ながらも、啓太は、無敵の誘惑者だった。
 だが、いくら誘惑が魔女っ子の本分とはいえ、啓太には、関係ないことだ。なぜなら、啓太は、男なのだから。男性を誘惑して堕落させるなんて、考えたこともない。
「早く、魔法使いになりたいよ」
 目的地に向かうため、トコトコと森の道を歩いていた啓太は、溜息混じりに呟く。そして、露出の多い、女じみた制服の裾を嫌そうに摘んだ。魔女科制服は、ビキニのように上下にセパレートされているデザインだ。襟付きの上衣は、胸の真ん中のファスナーで開閉する作りになっている。黒のエナメルにピンクの縁取りがされている生地は、制服とは思えないほど、凝った作りだ。 しかし、啓太が気に入らないのは、上衣の丈だ。丈は、ちょうど胸を隠す部分までしかなく、臍が丸出しなのだ。そして、下衣は、やや裾広がりの半ズボン。啓太は、この、女臭い制服が嫌でしょうがなかった。否、嫌なのは制服だけではない。男子である自分が、魔女っ子であること自体、腹が立ってしょうがないのだ。そんな男は、この広い魔界を探したって、他に誰もいない。
「ほんとに、あったまくるよな。俺も、カッコいい男子用の制服着たいよ。そのためにも、いっぱい修行して、魔力を入れ替えなくちゃ」
 マント付の漆黒の男子学生服を思い出し、啓太は、決意の拳を握る。
 そう、男子である啓太が、魔女っ子にクラス分けされているのは、ちゃんと理由があるのだ。
 本来、魔界に生まれた男子は、マジカル・アビリティ・エキス、通称MAEと呼ばれる魔力を持って生まれる。それが、魔法使いになる要素とされるのに対し、女子は、マジカル・マインド・エキス、通称MMEを持って生まれ、それは魔女になるための素質とされる。
 ところが、啓太は男子であるにも関わらず、何故か、溢れんばかりのMMEを持って誕生した。前例のない事態に、魔界は上を下への大騒ぎとなった。だが、どれだけ頭を悩ませたところで、MMEを持つ者は、魔女にしかなれない。結局、その珍しい赤ん坊は、魔女っ子として育てられることになり、現在に至るのだ。
「確か、この辺りに、MAEを増幅する泉があるって、猫のお爺ちゃんが言ってたんだけど……」
 物心ついた時から、一人だけ女子に混じらされていた啓太は、人一倍、魔法使いへの憧れが強い。いつか、MMEとMAEを完璧に入れ替え、立派な白髭の魔法使いになるために、日夜、魔術の勉強に励んでいるのだ。励めば励むほど、MME値ばかりが上がっていくのは悩みの種だったが。
 そんなこんなで、勤勉な啓太は、今日も、近所に住みついているブタ猫に教えてもらった魔法の泉を探しに来ていたのだ。
「おっかしいな」
 だが、どれだけ探しても、泉は見つからない。啓太は、俄かに不安になって、きょろきょろと辺りを見回す。さっきから、同じ場所を行ったり来たりしているような気がしたのだ。振り向けば、深い深い木々が、意地悪く道を阻んでいる。
(変だな……)
 いつもだったら、おしゃべりな森の木達が、道案内をしてくれるはずなのに。
 すっかり、知らんぷりを決め込んでいる木々に、妙な胸騒ぎを覚えながらも、啓太は、ままよと、奥へ奥へ森を進んで行った。


本誌に続く

 

第2話 負けないもん編(和希×啓太)   サマンサ遠藤



 

OFF LINE TOP