青い三角定規


2003.6.13UP



 

「だからぁ!なんでそうなるんだよ!」
「だって、堂々とべたべたしたいじゃないか」
「俺はべつにしたくないよ!」
 興奮した啓太に、和希はにこやかに返答を続けている。
 そんな不毛な応酬は既に10分も続いていた。


 事の次第はこうである。

 日頃、外に『デート』と称して二人で出かける時、和希は外国で思春期を過ごした所為か『人目』と言うものをあまり気にする事無く、往来で手を繋ごうとしたり、腕を組もうとしたりする。その上道のど真ん中でキスまで仕掛けてくる事もままあったのだ。そんな態度に啓太の怒りが爆発した。
「なんで『俺たちはホモです』って宣伝しながら歩かなきゃなんないんだよっ!」
「そんなことカンケー無いじゃん。たまたま好きになったのが同性だったんだからしょうがないと思うけど」
「だからって俺は気にしないでいられるほど図太くないよ!」
「でも、俺たち『恋人同士』だろ?手を繋いだり腕を組んで歩いたりって、普通じゃない?」
「男と女の組み合わせに限りだよっ!男同士じゃ寒いだけなんだって!」
 あくまでも自分の考えを通そうとする和希に、啓太は苛つきながら捲し立てる。だがさすがに『男女』という言葉を口に出した時、和希の言葉が止まった。
 しばらく考え込むように腕を組んで黙り込む。
 そんな和希の様子に啓太は「言い過ぎたかな」と、自分の発した言葉を反省した。
 ……だが、和希はそんなに柔くはない。その事実に啓太が気が付くまでに、そう時間はかからなかった。
 考え込んでいた和希が顔を上げ啓太に向かってした質問は、啓太にとって卒倒する様な内容の話へと続いて行くものであった。
「啓太が気にしているのは、見た目の問題なのか?」
「……え?見た目って……よくわからないけど……」
「だから『男同士』に見えている事が問題なんだろ?」
 ……見えるも何も、そのままである。和希と啓太はしっかり男性である。啓太の方は未だ成長過程ではあるが、身長も順調にのびていて、女性で同じくらいの身長の人はそうそういない。和希にいたっては成長期を終えているだけあって、その体はどこからどう見ても『男』そのものである。
 そんな訳の分からない和希の質問に、啓太はイヤ〜な雰囲気を感じ取ってはいたが、この不毛な議論になんとか勝利しなければ、外にもおちおち出かけられない。意を決してその質問に答えた。
「ま……まあ、突き詰めて言えばそう言う事だけど……実際男同士な訳だし……」
「じゃあ、啓太がスカート履いて出かけてくれれば問題解決だな♪」
「………………」
 目の前が暗くなっていく………。だが啓太がここで倒れてしまっては、後々、今までよりも更に大変な目に遭わされる事は明白だ。
 ----------がんばれ!俺!!
 啓太は心の中で自分を激励してなんとかその意識を保たせ、静かに和希に言い放った。
「--------------お前がはけよ」
 啓太の目は座っていた。まあ、当然と言えば当然である。なぜ自分の性別を偽ってまで外でべたべたしなければならないのか。それ以前に、自分の事を男として認識した上で関係を続けていると思っていた同性の恋人の口で、自分の性別を否定されたよな物である。啓太の言葉には、「自分が言われたら分かるだろう」との嫌みが含まれていた。

 だが、ここでも和希は啓太の思惑を凌駕してかる〜く爆弾発言をした。

「今の俺がスカート履いてもきれいになれないと思うけど……啓太の方がまだ似合うんじゃない?」
 -----------『今の俺』?
「日本じゃ俺くらいの身長でもそんなに低い方じゃないし、やっぱりゴツく見えるだろ」
 -----------『日本じゃ』?
「俺が向こうの学校で『クィーン』とった時はまだ十代だったからな」
 目の前に居る愛する人を遠くに感じながら啓太は勇気を更に奮い立たせて和希に問いかけた。その時の気分はまさに『イカロス』であった。(唱歌・『勇気一つをともにして』参照)
「………和希………『クィーン』って………なに?」
「あれ?そうか、話した事無かったっけ。俺、大学生の時の学祭の催しで大学の『クィーン』になった事あるんだ♪」
「………………」
 年齢を隠していても、自分の恥ずかしい過去は隠す事無く言える事は凄い事かもしれない………。
 啓太は自分の恋人の知られざる過去に触れて、嬉しさを感じるより先に自分の意識が浮遊する感覚に襲われた。その時、机の中をがさがさとあさっていた和希が、一枚の写真を啓太に渡した。
 そこに写っていたのは………言うまでもなく本物の学生であった頃の和希の艶姿であった。
「……………」
 無言で写真を見つめる啓太に、和希は追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「その頃の身長は、今の啓太と同じくらいだったぜ。ウエストは啓太の方が細いけどな♪」
「……………そうなんだ」
「啓太の方が顔もかわいいし、俺よりは絶対に似合うぞ♪」
「……………そんなことないよ」
 啓太は「何か違う」と思いながらも、その会話を止める術を知らなかった。……いや、止められないのは啓太だけではないであろうが………。
「と言うわけで………はい」
 何が『というわけ』なのかは分からないが、和希は啓太に一つの紙袋を渡した。
「………なんだ?これ」
「開けてみれば分かるよ♪」
 がさがさと、いかにも使い回しといった風情の紙袋を、啓太は何も考えずに開けた。
 ………開けてしまった。
 これが神話の中の『パンドラの箱』であれば最後には『希望』が出てくるのであるが、それはただの使い古した紙袋だった。
「………これを………俺にどうしろと?」
 中から出てきたのは………写真の中の和希が着ていた洋服だった。
 ………つまりは女物の服。
 しかも、服だけではなかった。中に入っていたのはサマーセーター、ロングスカート、ウィッグ、その上何故かブラジャー(パット付き)……。
 啓太は、自分がこれを着ると言う事よりも、和希がこれを着た事がある事の方にインパクトを受け………

 ………もうダメかも………

 -----------------ブラックアウト




 -------------泣き声が聞こえる。
 ああ、あれは幼い頃の俺だ。
 記憶も定かではないはずの年頃の、俺だ。
 なんで泣いてるんだろう、俺は。
 ………ああ、そうか。和兄が……さよならって……
「いやだっ!いっちゃいやっ!」
「啓太、ごめんね」
「一緒に居るの!僕と一緒にいてよっ!」
「今はダメなんだよ」
「どうしてっ!? 僕の事嫌いになったの!?」
「啓太の事は大好きだよ。でもね、俺は立派な大人になる為に学校に行くんだ」
「ガッコウ?」
「そうだよ。いつか立派な大人になった啓太ともまた会えるから」
 だめだよ、行ったらダメだ。和兄……そんな所に行ったら……
「カズ兄……リッパな………」
「うん。立派な………になって……帰ってくるから……」
 立派な………何になって………

 夢の中で、いつか本当に見たはずの光景が、微妙にずれていく。
 啓太はその違和感で意識が現実へと戻っていくのを感じた。

 目を開けると、そこは見なれた天井。
 「ああ、そうか」と啓太は呟いて視線を巡らせた。
 そこは愛しい恋人の、更に大切な幼なじみの部屋。
 ………なのに、啓太は不安を抱えていた。
(なんでこんなに落ち着かないんだろう……)
「啓太。目、覚めた?」
「………和希」
 ぼーっとしながら視界に入った愛しい人に合図ちを打つ。
「やっぱり昨日は無理させ過ぎちゃったか。ごめんね、啓太」
「………ううん。へぇき………俺……?」
 だんだん意識が覚醒してきて、今の自分の状況を確認しようと思考が動き出す。
「なんだか急にベットに倒れ込んだかと思ったら、そのまま寝ちゃったんだよ、啓太は」
(……寝ちゃった?………いや……そうじゃなくて……)
「気分悪いなら、出かけるのは又今度にしようか?」
「……ううん、平気………」
 心配そうに覗き込む和希に、啓太は起き上がって無事を告げた。その時、啓太の体にかかっていたシーツが滑り落ち、啓太は自分が着ている洋服に目がいった。
「あれ?和希……俺の事着替えさせてくれたの?」
「あ?ああ、うん。出かけないにしても、サイズが合うかどうか確かめたかったし」
 ………サイズ?
 今だにハッキリしない頭で、啓太は一生懸命考えた。
「やっぱり啓太のウエスト、細いよなー。それじゃでかくて回っちゃうかも」
 ………ウエスト?
 ベットから降りようとしてシーツから足を出した啓太は、自分の足が外気にさらされている所に目がいった。そして数秒の沈黙………

「うわあああああああああああああああ!!!!!」

 広い寮内に、啓太の絶叫は響きわたった。
「っ!! なんだよっ啓太!びっくりするじゃないか!」
 啓太の絶叫の原因……それは自分が卒倒した理由のものが、自らの姿態を包んでいたのであった。
 和希の部屋に付いている全身が写る鏡の前に駆け寄って、啓太は映し出される自分の姿に見間違いの無い事を何度も確認する。
 ………悪い夢だと思いたかったのだ。
「やっぱり啓太はそーゆう大人っぽいやつよりかわいい方が似合うよなぁ」
「………………」
「今度、手芸部の方で作ってきてあげるよ。俺とのデート用の服」
「………………」
「毎回着ろとは言わないから、3回に一回くらいは着て行って、思いっきりいちゃいちゃしような♪」
「………てやる」
「え?なに?何か言った?啓太」
 鏡に向かって肩を振るわせながら呟いている啓太の言葉はとても小さく、和希は聞き取る事が出来なかったので、何気なく聞き返した。
「もうっ!和希となんかわかれてやるー!!」
 叫びながら啓太は、和希の部屋を飛び出した。その啓太の後ろ姿に和希の叫び声がかかる。
「まてっ啓太!! その格好で寮をうろつくなー!!」
 なにか論点の違う和希の叫び声は啓太の耳には届かずに、二人の叫びは寮中の人間の知る所となった。

「………また何かやってるらしいぞ、あの二人」
「いい加減、伊藤もなれればいいのにな」
「いやー、でもよ。遠藤のあの感覚に付いていくのって、かなり大変だろう」
 勝手に言い合っている級友達の輪に、また別の級友が走り込んできた。
「おいおいっ!今さっき、伊藤がスカートはいて廊下を突っ走っていったぞ!」
「遠藤もよくやるなあ」
 話の輪の中に入っている学生達は、一様に『うんうん』と頷いている。
「伊藤の『わかれてやるー』って、今月入って何回目だ?」
「俺が聞いただけでも4回目かな」
「やっぱりいい加減、なれればいいのにな」
「いや、だからさー……」
 本人達のいない所で、議論は続く。それは決して啓太に味方するものだけではなかった。
 何故か。
 それは啓太が何を言っても、言った通りになった試しが無いからである。
 啓太が和希に打ち勝つには、和希を上回るか、それともなければあきらめるかしかないのである。
 海外で修行し(何の修行だ)さらに啓太よりも年を重ねている和希に、啓太が打ち勝つ見込みは小数点以下だということを、啓太は気が付いていない。
 更に、学園の中で公認されている最強のラブラブカップルは、同時に最強の変態カップルに認識されている事も啓太は知らない………。
 がんばれっ!啓太!
 明日は『明るい日』と書くのだ!

 

 

 

END




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