Typhoon


2007.7.15up



 


 風の音で目が覚めた。
 隣に寝ている和希を起こさない様に、そっと窓に歩み寄る。
 カーテンを開けたら、外は凄い雨と風だった。
 昨日のテレビの天気予報で、今日は台風が上陸すると言っていた事を思い出す。
「ん……」
 背後のベッドで小さく寝言を言って寝返りを打った和希が、シーツの中の何かを探すみたいに手を彷徨わせて、また眠りにつく。
 時計はまだ朝の5時半だ。
 窓から離れてベッドに歩み寄り、動いた所為でずれたシーツを和希の肩にかけてあげながら、滅多に見る事の無いあどけない寝顔を堪能する。
 こうやって寝ている姿は、年上だなんて信じられない程幼い。
 それに、昨日の夜と同じ人だなんて思えない。
 今日から一週間の出張に出かける和希は、昨日の夜、俺に一週間消えない痕を残す様に激しく俺の事を抱いた。
 何度もイカされて、何度も和希のモノを注がれて。
 今も体を見下ろせば、和希が刻んだ情事の痕が幾つも体についてる。
 コレを見て一週間俺が誰のものか忘れない様に、なんて馬鹿な事を言っていた。

 こんな痕なんて、つけて欲しくない。
 そんなに不安なら、俺の傍から離れないで欲しいよ。

 出かかる言葉を、一生懸命飲込んで。
 素直に和希に従う振りをして。

 でも、本当は俺が和希に痕をつけたかった。
 和希が誰のものか、一週間和希が忘れない様に。
 俺はずっと変わらず和希の作った世界にいるけど、和希は俺の知らない世界に行ってしまうのだから。


 体に巻き付けていたシーツが落ちて、肌に直接湿気を感じる。
 熱帯低気圧が運んでくる湿気はヌルリと熱くて、普段の雨とは違う。
 まるで昨日の和希みたい。
 いつもの和希の暖かさなんてなくて、熱くて。
 いつもは包み込んでくれる腕に翻弄されて。
 それでも体に浮いてる痕以外は、もう俺の中にはあの快感は無い。
 台風一過ってこんな感じだよね。


「………けいた?」
 和希がゆっくりと目を開けて、ベッド脇に佇んでいる俺を呼ぶ。
 寝起きの少し掠れた声は、俺が一番好きな和希の声。
「ゴメン。起こしちゃった?」
 シーツを巻くって俺の入るスペースを作ってくれた和希に従って、またベッドに潜った。
「いや……風の音で目が覚めた」
「うん。外、凄いよ」
「ああ、台風だっけ……飛行機、飛ぶかな」
 ベッドに戻った俺の体を抱き込みながら、和希の心はもう俺から離れちゃってるみたい。
 ちょっと悔しくて、まだ寝起きでぼーっとしてる和希にキスをして、俺の存在を教える。
 まだ傍にいるんだから、ちゃんと見ててよ。
 仕掛けたキスは直ぐに返されて、和希の体の下に押さえ込まれる。
 まるで俺をココに縛り付けるみたいに。


 ゆっくりと唇が離れて、和希が微笑む。
「浮気、するなよ?」
「和希こそ」
 ゆるりと俺の頬を撫でてから、和希の手がテレビのリモコンに伸びた。
 つけたチャンネルは天気予報。
 『台風による交通機関への影響は………』
 天気予報のアナウンサーが、和希の欲しがってる情報をしゃべる。
「うわぁ……羽田欠航か」
 眉を寄せながら携帯を手に取って、何処かへ電話をかけ始めた。

 全部、止まってしまえばいい。
 車も電車も飛行機も、全部。
 そうして和希をこの部屋に閉じ込めて。

 ベッドの上で電話をしている和希を置いて、シーツだけ体に巻き付けてまた窓に歩み寄る。
 相変わらず凄い風と雨。
 ずっとこのまま降り続ければいいなんて願ってしまう、イヤな俺。
 和希が困るのにさ………。
「……ずっと、このままだったらいいのにね」
 すぐ後ろから響いた声に振り返ると、和希が俺と同じ様に窓の外を眺めて、俺が心の中で願った事を口にした。
「そうしたら啓太とずっと一緒にいられるのに」
 シーツごと俺の事を抱きしめて、和希は半分だけ嘘をつく。
 本当にそうなったら困るくせに。
「………ばーか」
 だから俺も、口先だけの嘘をついた。


 今はまだ、俺の願い通りの雨と風が二人だけの部屋を包んでくれている。

 

 

 

END




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