風の音で目が覚めた。
隣に寝ている和希を起こさない様に、そっと窓に歩み寄る。
カーテンを開けたら、外は凄い雨と風だった。
昨日のテレビの天気予報で、今日は台風が上陸すると言っていた事を思い出す。
「ん……」
背後のベッドで小さく寝言を言って寝返りを打った和希が、シーツの中の何かを探すみたいに手を彷徨わせて、また眠りにつく。
時計はまだ朝の5時半だ。
窓から離れてベッドに歩み寄り、動いた所為でずれたシーツを和希の肩にかけてあげながら、滅多に見る事の無いあどけない寝顔を堪能する。
こうやって寝ている姿は、年上だなんて信じられない程幼い。
それに、昨日の夜と同じ人だなんて思えない。
今日から一週間の出張に出かける和希は、昨日の夜、俺に一週間消えない痕を残す様に激しく俺の事を抱いた。
何度もイカされて、何度も和希のモノを注がれて。
今も体を見下ろせば、和希が刻んだ情事の痕が幾つも体についてる。
コレを見て一週間俺が誰のものか忘れない様に、なんて馬鹿な事を言っていた。
こんな痕なんて、つけて欲しくない。
そんなに不安なら、俺の傍から離れないで欲しいよ。
出かかる言葉を、一生懸命飲込んで。
素直に和希に従う振りをして。
でも、本当は俺が和希に痕をつけたかった。
和希が誰のものか、一週間和希が忘れない様に。
俺はずっと変わらず和希の作った世界にいるけど、和希は俺の知らない世界に行ってしまうのだから。
体に巻き付けていたシーツが落ちて、肌に直接湿気を感じる。
熱帯低気圧が運んでくる湿気はヌルリと熱くて、普段の雨とは違う。
まるで昨日の和希みたい。
いつもの和希の暖かさなんてなくて、熱くて。
いつもは包み込んでくれる腕に翻弄されて。
それでも体に浮いてる痕以外は、もう俺の中にはあの快感は無い。
台風一過ってこんな感じだよね。
「………けいた?」
和希がゆっくりと目を開けて、ベッド脇に佇んでいる俺を呼ぶ。
寝起きの少し掠れた声は、俺が一番好きな和希の声。
「ゴメン。起こしちゃった?」
シーツを巻くって俺の入るスペースを作ってくれた和希に従って、またベッドに潜った。
「いや……風の音で目が覚めた」
「うん。外、凄いよ」
「ああ、台風だっけ……飛行機、飛ぶかな」
ベッドに戻った俺の体を抱き込みながら、和希の心はもう俺から離れちゃってるみたい。
ちょっと悔しくて、まだ寝起きでぼーっとしてる和希にキスをして、俺の存在を教える。
まだ傍にいるんだから、ちゃんと見ててよ。
仕掛けたキスは直ぐに返されて、和希の体の下に押さえ込まれる。
まるで俺をココに縛り付けるみたいに。
ゆっくりと唇が離れて、和希が微笑む。
「浮気、するなよ?」
「和希こそ」
ゆるりと俺の頬を撫でてから、和希の手がテレビのリモコンに伸びた。
つけたチャンネルは天気予報。
『台風による交通機関への影響は………』
天気予報のアナウンサーが、和希の欲しがってる情報をしゃべる。
「うわぁ……羽田欠航か」
眉を寄せながら携帯を手に取って、何処かへ電話をかけ始めた。
全部、止まってしまえばいい。
車も電車も飛行機も、全部。
そうして和希をこの部屋に閉じ込めて。
ベッドの上で電話をしている和希を置いて、シーツだけ体に巻き付けてまた窓に歩み寄る。
相変わらず凄い風と雨。
ずっとこのまま降り続ければいいなんて願ってしまう、イヤな俺。
和希が困るのにさ………。
「……ずっと、このままだったらいいのにね」
すぐ後ろから響いた声に振り返ると、和希が俺と同じ様に窓の外を眺めて、俺が心の中で願った事を口にした。
「そうしたら啓太とずっと一緒にいられるのに」
シーツごと俺の事を抱きしめて、和希は半分だけ嘘をつく。
本当にそうなったら困るくせに。
「………ばーか」
だから俺も、口先だけの嘘をついた。
今はまだ、俺の願い通りの雨と風が二人だけの部屋を包んでくれている。
END
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