「……っ」
一瞬、何が起こったか理解出来なかった様な啓太は、数秒の時を経て腕の中から逃げようともがき始める。
「離せよっ!もう俺にこんな事するな!」
逃げようとする啓太を必死に抱きしめる自分は、やはりどう考えてもみっともなくて。
そんな自分になっても、どうしても離せない。
「何も言わなかったじゃないか!俺たち別れたんだろ!? なんで今更こんな事するんだよ!」
「『言わなかった』んじゃない。『言えなかった』んだ」
口を開いた俺の目を、啓太ははっと見上げた。
「他の事に関しては思った事無かったけど、ホントに俺、啓太に関してだけは頭の回転遅くて……悪かった」
体の力を抜いてくれた啓太の腰に腕を回したまま、その肩口に動き回った所為で乱れた頭を押し付ける。
「今日はホントに悪かった。始めから言っておけば良かったんだろうけど、言ったら全部をキャンセルされそうで嫌だったんだ。俺、どうしても啓太といる時間を無くしたくなくて」
素直に、脚色も経緯を抜かす事もしない様に、慎重に言葉を探す。
これに失敗したら、今度こそ啓太は俺の手の届かない所に行ってしまう。
それだけは、絶対に嫌だから。
「俺はいつも『啓太の為』に頑張っているんじゃないんだよ。俺がどうしてもしたいから。啓太と一緒の時間を確保したいから頑張っているんだ。啓太がそれをずっと『自分の為』だと思い込んで気にかけているのも解っていた。でも、きっと言わなくてもいつか解ってくれるって、お前に甘えていたんだ」
じっと動く事もせず、静かに啓太は俺の言葉に耳を傾けてくれている。
ああ、本当に甘やかされているな、俺。
俺の所為で苦しい思いをした筈なのに、あんな事の後でも、こうやって啓太は聞いてくれるんだ。俺のエゴを……
「『別れる』って言われた時、結局俺の努力が足りなかったからお前の不満を解消してあげる事が出来なかったんだと思った。だって、俺は啓太に何も与える事が出来ないから。満足のいく様な恋人同士の時間も。人に自慢出来る様な『恋』すら、俺は啓太に与えてあげられない。友達同士の恋人の話題も、自分の事は話せない様な、そんな害ばかりを押し付けるから。その上、それがわかっていても啓太に甘える事しか知らない様な俺だから、捨てられても当然だと、頭では考えられたんだ」
「和希……」
体に添う様に下ろされていた啓太の腕が、そっと俺の肩に添えられた。
その暖かさに、また涙が溢れてくる。
「それでも……どうしても……俺は啓太と離れたら生きて行けない。啓太がどんなに俺の事が嫌いになっていても、俺は啓太がいないと生きて行けない。嫌われたままでもいい。頼むから側にいて………」
今日一日で、何度思い知らされたんだろう。俺はこんなにみっともない男なんだって。
遥かに年下の男の子にすがって、捨てないでくれと懇願する。
醜い、と、心底思う。
そんな自分が嫌いだ。
それでも、どうしても。
「……ごめん」
黙っていた啓太が、途切れた様に終わらせた俺の言葉にした返答。
その謝罪は、何の為?
やっぱり、駄目なのか?
もう、今更だと思っているのか?
「和希がそんな風に考えるなんて思わなかった。ただ、俺と別れれば楽になるんだと思ってた。ホントにごめん」
啓太に関しては、ホントに俺は馬鹿だとおもう。
言葉の真意が測れない。
都合良く解釈する事も、悪く解釈する事も、一人では出来ない。
話し始めた啓太を見る事も出来ずに、相変わらず啓太の肩に頭を押し付けたまま、啓太の体を抱く腕に力を込めた。
もう、何を言われても離せないから。
離さないから。
「俺が和希を嫌いになるなんて事、無いよ。別れ話切り出しても、俺は和希が好きだよ。ずっと和希の事思って、一人で生きようって、あれからここで考えてた」
啓太の冷たくなった手が、俺の負けないくらい冷えた頬に添えられて、ゆっくりとその肩口から上げさせられる。
「だって、無理だよ。和希、こんなに素敵なのに。どんな女の子よりも、どんな男よりも、一番かっこいいのに。もう和希以外に恋しろって、無謀だよ」
こんなに醜い俺に、啓太はそう言ってくれるのか?
世の中に数多いる素敵な女性や男性との出会いを、捨てるって。
涙の向こうで、啓太がはにかんだ笑みを浮かべている。
その瞳も、俺と同じ様に涙で潤んでいた。
「無理させたくなくて別れるって言ったのに、結局更に無理させちゃった」
それからは、お互いに馬鹿みたいに抱き合って泣いた。
誰もいない広場の真ん中で、子供みたいに。
世の中のカップルで、クリスマスにこんなに泣き合ったのは、きっと俺たちだけだと思う。
「ライトアップ、間に合わなくてごめんな」
人心地ついて、目の前にそびえるツリーを見上げる。
「いいよ。いつかは二人で見れるだろ?でも、覚えててくれたなんて思ってもみなかったよ」
「正直に言うと、最初は忘れてた。でも、他の場所の明かりが消えるの見て思い出して、急いできたんだけど……」
俺の告白に、啓太はくすくすと小さく笑う。
つい4時間前までは世界が終わった様に思えていたのに、今では周りの全てが生まれたばかりの輝きがある様に思えるから、現金だな。
「まあ、そんなもんだよな。それでもここに和希が来てくれて、凄く嬉しかった」
ちゅっと、触れるだけのキスが啓太から齎される。
「……宿り木の下の、キスだな」
「どんな姿であれ、ね」
二人、顔を見合わせて笑う。
「ここの星は消えちゃったけど、家にある小さな星はいつでも啓太で光るよ。もう一度見ないか?」
「……もうすぐ夜が明けるから、昼の光に紛れるけどね」
それでも、啓太と二人ならわかるから。
どんな光にもきっと負けないから。
「そうだ、和希」
「何?」
啓太はまるで、内緒話をする様に俺の首に腕を回して引き寄せて、耳元で囁いた。
「Merry Christmas」
「クリスチャンじゃないけど」と、恥ずかしそうに付け足して。
そんな啓太に、俺も同じ様に囁く。
「Merry Christmas 啓太」
聖なる御子が誕生した夜に、俺たちももう一度生まれ直す。
死と再生の教え。
願わくば、この先何度死の瞬間が訪れても、自分達の恋に再生を。
もう一度唇を合わせて、二人そろって歩き出した。
昨日の夜とは違う形の必然に変える為に……。
END
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