Sweet Home Act,2

2009.12.12UP







「………あれ、啓太、何処に行くの?」
 夜、俺が自分の部屋に戻ろうとした所で和希に言われたのがこの言葉。
「自分の部屋だよ。今日はママがいるから、俺は自分の部屋で寝る」
 いつもは和希と一緒に寝てるんだけど、流石に親の手前、一緒の寝室から朝出て来るのを見られるのは気まずい。
 ママは今日は疲れたみたいで、早々に自分の部屋に引きこもった。
 なんか仕事もあるらしいし。
 さっきお茶を持っていってあげたんだけど、まだ毛糸やら布やらにまみれていた。
「なんで? 関係ないだろ」
 関係ないって……。
 なんかもうため息しか出なかったけど、取りあえず自分の考えを伝える。
「流石にママには聞かせたくないし、朝和希の部屋から出て来るのも見られたくないの。俺にだってそのくらいの羞恥心はある」
「羞恥心って……なんでそれが恥ずかしいんだ? 俺達付き合ってるんだから、当たり前だろ。それに今日は『する』日じゃないか」
 まあ、そうなんだけど。
 一応火曜日と金曜日と日曜日は、セックスをする約束をしている。
 それが守られた事はあんまりないんだけど。
 回数が減るんじゃなくて、増える方向なんだけどさ。
 でも俺は自分の考えを曲げる事なく、和希に「じゃあお休みー」と言い置いて、自分の部屋に戻った。
 ……だけど、ドアを開けたらびっくりする光景が広がっていた。
 や、別に『光景』って程の事じゃないんだけど。
 何故か俺の部屋にママがいたのだ。
 そして俺の両親の仏壇に手を合わせてくれている。
 入って来た俺にママもびっくりして振り返る。
「……あら? どうしたの?」
 どうしたのって……俺の部屋なんだけど。
 それでも俺の両親の仏壇を気にかけてもらえたので、素直にお礼を口にした。
「いつも家でもね、寝る前には仏様に手を合わせるのが習慣なの。暫く啓ちゃんと朋ちゃんにも迷惑かけちゃうから、お父様とお母様にご挨拶させて頂いていたの」
 わー、なんか『お嬢様』チック。
 朋なんて、昼間はたまに掃除してくれるけど、毎日なんて手は合わせないのに。
 まあ仏壇が俺の部屋にあるからっていう理由もあるんだろうけど。
 俺が長男だから、当たり前の様に仏壇は俺の部屋だと二人で思ってた。
「啓ちゃんもお休みのご挨拶? なら私は後にさせて頂くわ」
「え……いえ、別に普通に寝ようと思ってただけですけど」
 俺の言葉に、ママは不思議そうな顔をした。
「……和くんと、寝室別なの?」
「……え?」
 別なのって……どういう事だ?
 逆に俺が不思議な顔をしたら、ママはきっちり俺に向かって座り直して口を開いた。
「あのね、その人それぞれかもしれないけど、夜の時間って大切だと思うの。特に和くんと啓ちゃんは子供が出来ないでしょ? そう言う二人には余計に必要だと思うわ。ちゃんとお互いが思い合っているのを感じないといけないと思うの」
「………はぁ」
「もし和くんの意向でこうなっているなら、ちゃんとママが言ってあげるわ」
「……えっと、」
 何を言うんだ?
 疑問符を浮かべていると、更にいい募られる。
「それとも、ちゃんと籍を入れるまでしない事にしてるの?」
「………や、あの」
 なんとなくココまで来て、何を言われているのかを理解し始めた。
 いえ…あの、恋人なのを受け入れてくれるだけでも凄いと思うけど、コレを俺に伝えられるママって凄いと思う……。
 勘違いされてるけど、もっと大変な勘違いをママはしている。
 そもそも俺と和希は男同士なんだから、籍がどうとかって……。
 そう言おうとしたら、更に背後から声が響いた。
「啓太はまだ高校生なんだから、籍の話は早いでしょう」
 振り向けば、俺の部屋のドアの所で、和希が呆れた様にママに話しかけていた。
 いや、高校生がどうとかって言う問題じゃ……。
 だけどそのツッコミを入れる前に、二人の会話は進んでいく。
「あら、そうかしら。ママとパパはママが17の時に結婚したわよ? パパだって20歳だったし、和くんは遅いのよ」
「だからって、啓太を俺の年に合わせる事はないでしょう? それにまだご両親が亡くなってから日も浅いのに、籍は無理ですよ。朋子ちゃんもいるし」
「そのお話は何度もしているじゃない。それを進めさせてくれない和くんが悪いのよ」
 ………えーと、何の話をしているんだ?
 俺の籍と両親が死んだのと朋子と……何の呪文?
 しかも変な呪文の中に俺達を入れないで欲しいんだけど……。
 どうしたらいいのかまるで解らなくて固まってしまった俺を、和希はママとの会話を切り上げて抱き寄せる。
「ほらな? 逆に俺達が別の寝室なのはおかしいんだよ。今まで通りでいいんだよ」
「ちょっ、今までって…!」
 普通に俺達の間にある事を親にカミングアウトされて、顔が熱くなって慌ててしまう。
 何もそんな事知らせなくてもいいじゃないか!
 だけど、焦っていたのは俺一人だった。
「ああ、よかったわ。ちゃんとあるのね。和くんってばソコまで甲斐性なしなのかと思っちゃった」
「お父さんよりは甲斐性がないのは認めますよ。でもその辺はご安心を」
 甲斐性なしって……こんなに仕事してる息子に言う事か?
 どうも俺の感覚は鈴菱家とはほど遠いらしい。
 ママは和希の腕の中にいた俺を普通に仏壇の前に促して、座らせる。
「さあ、お父様とお母様に二人の夜がいつも通り楽しいモノになる様にお見守り下さいってお願いして、寝室に行きなさいな」
「………はあ」
 なんだか解らないけど俺は仏壇に手を合わせて、二人の夜の事よりも今の理解不能な状況を教えて下さいと祈ってしまった。



 そうして3日が過ぎる頃、俺は職員室から呼び出しを受けた。
『3年B組の伊藤くん。お電話が入ってます。職員室に来て下さい』
 放送で流れる声も、もう投げやり気味。
 何故かと言うと、俺はココ3日、毎日職員室に呼び出しを食らっているからだ。
 今までは職員室に電話なんて大変って思ってたけど、その意識が根こそぎ奪われる程当たり前の事になりつつある。
 両親の事があった時にはびっくりしたけど、もうココまで来ればその記憶すら薄れそうになる……。
 俺はのたのた職員室に行って、外部からの電話を受ける事務員さんに笑われながら受話器を受け取った。
「はい……お父さん、今日はもうお休みですか?」
『ああ、そうなんだ。啓くんの携帯が繋がらないから、こちらにかけたんだ。希美子はどうしてる?』
 もうホント、ため息しか出ない。
「お父さん、だから昨日も言いましたけど、校則で携帯は校内では電源を入れてちゃいけないんです。…ママは今日の朝ご飯も全部食べられたし、工藤さんも俺が家を出る前に来てくれたので大丈夫です」
 お父さんは今ロンドンにいる。
 時差で考えれば多分寝る前なんだろうけど、俺は学生で学校なんだ。
 ちなみに何で和希を呼び出さないかと言うと、和希は容赦なく無視するから。
 1日目は和希が呼び出されたんだけど、何でも『仕事しろ』と一言だけ言って切っちゃったらしい。
 学校側も普通に保護者なら断るんだろうけど、学校を運営している母体企業の会長からだから、断りきれないと言う訳だ。
 職員室内では一部の人は和希の事情を知っているし、俺が和希と同じ住所な事も解っているから、不思議に思われる事もない。
『そうか…朝はちゃんと食べられたか。ああ、希美子は卵は半熟が好きなんだ。あと朝は必ずスターフルーツを食べないと調子が悪くなる傾向がある。化粧のノリが悪くなるんだ。まあそんなに化粧をしなくても美しいんだが、本人が気にするから考えてあげてくれると嬉しい』
「はい、解りました。…でも昨日も聞きました」
『そうだったか。ああそうだ、サイクル的にそろそろ真珠マッサージをしないと手荒れを起こしそうなんだ。すまないが私の代わりにするように、和希に伝えてくれないか?』
「はい、解りました。伝えます」
 真珠マッサージってなんだか解んないけど、取りあえず伝えればいいだろうと、思わず投げやりに返事をしてしまう。
 というか……どうしてココまで細かく見ていられるんだ。
 お父さんの言葉は更に続く。
『夜のぬいぐるみの弾力は変わっていないかい? もし変わっていたら直ぐに工藤に伝えてくれ。睡眠不足になったら大変だから』
「昨日確認しましたけど、大丈夫みたいですよ。1日2日じゃ変わらないですよ」
 ママはいつも大きなクマのぬいぐるみと一緒に寝ている。
 コレはお父さんが居ても居なくても変わらないらしい。
 もうね……ホントに可愛いんだって。
『明日は悪いが朋ちゃんに買い物に付き合ってあげてくれる様に頼んでくれないか? 本当ならコッチで買い物の予定だったんだが……』
「ええ、朋子もそのつもりでいます。大丈夫ですよ」
 ママは月のスケジュールで色々と行動を決めている。
 今月は丁度ロンドンだからと、お父さんと行くお店を決めていたらしいけど、残念ながらそれは果たせないと言う事で。
 ちなみに買い物に行くには、事前にそのお店に連絡をしなければいけないのだ。
 何故かと言えば、カードの取り扱いと、ママが欲しがる品物を事前に揃えてもらわなきゃいけないから。
 何事も楽しませないと、お父さんは気が済まないのだ。
 ちなみに態々お店に出向くのは、ママの市場リサーチも兼ねているからだ。
 一般売り場に並んでいる物を見て歩いて、今の流行と傾向を分析するんだって。
 でも自分の欲しい物は別口で買ってるらしいけど。
 その辺は朋子は詳しいけど、一緒に買い物には殆ど行かない俺には解らない。
 その後もお父さんの『希美子』談義は続く。
 そろそろ予鈴が鳴るな…と思っていたら、漸く本題。
『それで……私の事は許してくれていそうか?』
 うーん……俺に言われると答え辛いんだけどな……。
 それでも現状は誤摩化せないので、素直に即答。
「ダメみたいです」
 夕べも和希がママに説得を試みていたけど、お父さんの話になると途端に明後日の方向を向き始める。
 しかもしつこく続けると泣き始める。
 俺の答えにお父さんは電話の向こうでため息をついた。
『そうか……やはりダメか……。私がいけなかったんだ……』
 凄まじく反省しているお父さんには言えないけど、俺にはどうしてお父さんとママがココまで喧嘩を続けられるのかが解らない。
 だって、記念日を言い間違えただけだろ?
 だけど和希は納得しちゃってるみたいだし、もうこの辺は家族に任せるしかないよね。
 記念日って気にする人はするみたいだし(和希も気にするし)、そんな重要な記念日なら仕方がないと思い始めてもいる。
 可哀想だけどさ……。
「俺もママにお父さんの誠意は伝えますから、今日はゆっくり休んで早くお仕事を終えて帰って来て下さいね」
 と、このくらいの言葉しかかけられない。
 それでもお父さんはまたため息をついて、『よろしく頼む』と言って電話を切った。
 やれやれ……。
 俺がそっと受話器を置くと、不意に肩を叩かれた。
 振り返ると校長先生が立っていた。
「伊藤くん……君の携帯電話、暫くは校内でも電源入れてていいから……」
 思いっきりため息をつかれて言われて、俺も引き攣った笑顔しか出せない。
 まあ、そりゃそうだよね。
 毎日職員室の電話を乱用されたら、やってられないって。
 世界を股にかけるグループの総帥夫婦の夫婦喧嘩は、それこそ会社の規模と同じ位グローバルになりつつあった。

 

 

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