行かないでと。
一緒にいてと。
泣きながら縋ってきた小さな君を見て、僕は初めて悲しみを覚えた。
けれど、それは幸福の始まりで。
君を思うだけで。
君の事を考えるだけで。
どんな時でも幸せに浸れた。
だから。
君と離れていた時間は、僕にとっては決して不幸ではなく。
寧ろ、至上の楽園の様だった。
けれど。
君と再会した時、僕は楽園から追放された。
君が欲しくて。
君が誰かに向ける笑顔が悲しくて。
焦がれた君が傍にいるというのに、僕は幸せではなかった。
もっと。
もっともっと。
もっともっともっと君を僕の中に取り込みたくなって。
その欲は、際限がなくて。
そして、僕は君を手に入れた。
光の中で君は僕に向かって笑う。
その笑顔は、とても綺麗で。
泣けてくる程、とても綺麗で。
その美しさは僕に恐怖を与える。
失うという、恐怖を。
手にした筈なのに、それがなくなるのではないかと。
もしくは。
これは夢なのではないか。
綺麗な綺麗な、夢なのではないか。
目が覚めたら、やっぱり僕は一人で。
君の姿は、どこにもなくて。
君の存在全てが、孤独な僕が作り上げた虚像なのではないかと。
手にする事の出来ない光を、掴んでいる様な錯覚なのではないかと。
子供の頃、木漏れ日を掴もうと必死になった事があった。
光が当たった瞬間に、掌を握り込む。
だがそれは、当然の様に叶う事はなかった。
拳の上に、僕をあざける様に光は煌めく。
握った筈の光を確かめようと掌を覗いてみても、そこには相変わらず何もなかった。
同じなのではないかと。
木漏れ日を掴む事が出来ない様に、君を手に入れたと思ったのは錯覚なのではないかと。
掌に納めたつもりで、実は握った手の上に降り注いでいるだけなのではないかと。
不安に苛まれて、僕は嘗てない不幸を味わう。
それでも。
不幸だと、わかっていても。
君を手放す事が出来ない。
いつか言われるかもしれない別れの言葉に、いつでも怯えている。
だから、僕は夢を見る。
いつか、「さよなら」と言われる日を。
それは、とても悲しい事だけれども。
例えようのない、悲しい事だけれども。
それを伝えてもらえたら、僕はまた楽園に戻れる。
君を思って、一人過す楽園に。
失う恐怖のない、楽園に。
君を得て、こんなにも長い月日が経ったのに、僕は幸せになる事が出来ない。
長い、長い、幸福の不在。
それ自体が、幸福なのかもしれないけれど。
それでも僕は夢見ている。
君が去って行く瞬間を。
心静かに、君を思う時間を。
その瞬間を、恐れながら。
END
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