雨降れば


2004.10月 Web拍手にてUP



 

「あーあ、今日もまた雨かぁ」
 ネクタイを結びながら、啓太は窓の外を飾る銀の筋を数えた。
「・・・浸ってるところ申し訳ないけど、もうそんな悠長な事を言ってる時間じゃないと思うぞ?」
 ブレザーにブラシをかけてあげながら、和希は時計と啓太を交互に見る。
「なんか雨だとさぁ、動く気しないんだよな」
 時間を告げられても、なおものろのろと啓太は身支度を早める気配は無く、窓の外の雨の筋を恨めしげに見上げ続けていた。
「俺は雨って好きだけどな」
「・・・和希、それ変」
 自分の意見に反対され、気分を害した啓太は横目で和希を非難する。
「変かなぁ。だって雨だと、傘で人相とか隠れるから、何にも気にせずに歩けるじゃないか」
「それは・・・和希だけだよ」
 この学園にいるもので、人相を隠さなければならない理由をもっている人なんて、他にはいない。
 啓太はため息をつきながら、いつもの倍の時間をかけて身支度を完了させた。
「それにさ。月並みだけど、やっぱり一本の傘に二人で入るのは、カップルの基本だろ?そういう醍醐味を楽しみつつ歩けるなんて、やっぱり俺は雨、好きだな」
 和希の口から次から次へと流れ出てくる呆れた理由に啓太は少し肩をすくめつつ、和希が手にしている自分のブレザーに手を伸ばした。
「それにさ」
 ひょいとブレザーは啓太の手に届く寸前でかわされ、啓太の手に触れることなく、和希ごと直接肩にかけられた。
「かさの中でするキスって外と部屋の中間でしているみたいな感覚で、好きなんだな」
 背後から抱きしめる形で、和希は啓太の頬に軽くキスをする。
「・・・さっきからお約束な事ばっかり言ってるけど、それは俺が了承しないと出来ない事が大半じゃないか」
「あれ?啓太はそんな冷たいこと言うの?」
「湿気満載の雨の日に、外でなんてくっ付きたくないよ俺は。只でさえ鬱陶しいのに」
 和希は、恋人として聞き捨てなら無い言葉を耳にして、大人気なく抗議する。
「鬱陶しいは酷いじゃないか」
「しょうがないじゃん。そう感じちゃうんだから」
 結婚して10年以上の夫婦じゃあるまいし、『鬱陶しい』といわれて平然と出来るわけもなく。
 啓太の鬱々とした気分に触発されてか、またはその機会を窺っていたのか。和希の頬が、不敵な形をとった。
 そんな和希を気にもせず、不機嫌極まりない啓太はしれっと答えながら、肩にかけられたジャケットに手を通そうとする。
 だが、またもやそれはかわされる。
「・・・時間無いんじゃなかったっけ?」
 先程から再三予測できない動きに翻弄されて、啓太の機嫌は今まで無いくらいに悪化していた。
 が、それに負ける和希ではなく。
「そんなに鬱陶しいなら、啓太は雨が降ったらお休みだな」
「・・・そんなカメハメハ大王みたいな事はしない」
「いや、してもらうよ。一瞬でも啓太が俺の事を『鬱陶しい』なんて感じているとわかったら、黙っていられないからな。ああ、雨の降った日はちゃんと課題出してもらえるように手配してやるから、単位は心配しなくてもいいよ」
 教育者としてあるまじき事を口にしながら、和希は啓太をベットに押し戻した。
「ちょっと!」
 折角終わらせた身支度は、ホンの数秒で跡形も無く取り払われる。
「いいじゃないか。こんな服だって鬱陶しく感じるだろ?今日は一日裸でいるって事で」
 啓太の抗議の言葉もなんのその。和希は素早く自分の制服も全て脱ぎ捨てた。
「かっ和希は雨大好きなんだろ!?別に俺に付き合わなくてもいいよ!」
「それは、啓太が居るから大好きなんであって、俺一人だったら別に好きなわけじゃないし。それに、これはこれで雨が更に好きになりそうだよ」
 全ての準備は整い、和希は天井をバックに自分を見下ろしているはずなのに、何故か黒い霧のようなものが懸かって背後が確認できないのは気のせいであろうかと、啓太は引きつり笑いをこぼす。
 そしてそれは気のせいではなく。その日一日で、啓太は己の言葉を後悔する羽目になった。




「和希、俺、雨好きになったから、次からは文句言わないで学校行きます」
 夜、疲労困憊でベットに突っ伏しながら呟かれた言葉に、和希は何食わぬ顔でさらりと答える。
「えー、俺は嫌いになりそうだなー。だから今度は啓太が俺に付き合ってよ」
 一度ことが起こると根の深い和希は一日中啓太を蹂躙しようとも、『鬱陶しい』発言を忘れる事は無かった。
「・・・勘弁してください」
 啓太の雨嫌いは恐怖に置き換えられ、当分この苦悩から逃れられる事はなさそうだ・・・・。

 

 

 

END




TOP NOVEL TOP