2003年中嶋英明お誕生日

夢の中で

2003.11.19UP



「はっっっくしょんっ!」
 ベットの中から盛大なくしゃみが室内に木霊する。
「大丈夫か?」
 その音に引き寄せられる様に、机の前で書面に視線を落としていた中嶋がベットサイドに歩み寄り、その住人の顔を覗き込む。
「あ、ダイジョウブです。済みません、お騒がせイタシマシテ」
 4日前から風邪を引き込み、ベットの住人になっている啓太は、自分の発した音に恥じ入る様に頬を染めて掛け布団を引き上げる。
「熱は下がったみたいだな。あとはそのクシャミだけか」
「はい、もう平気だと思います。食欲もあるし」
「そうか」
 いつもの様に短い返答が、啓太の耳に優しく響く。
 その優しさが今日だけはなんだか申し訳なく、そして自分の不甲斐無さを助長させた。
「・・・ゴメンナサイ」
 自分の思ったまま、素直に啓太は謝罪の言葉を告げる。
「 ? 何に対して謝っている?」
 啓太の部屋のクローゼットから、本人の替えのパジャマを取り出しながら、中嶋は啓太の謝罪の言葉の意味を問い返す。
「だって・・・」
「『だって』・・・なんだ」
 ベットの上に無造作に、取り出したばかりの着替えを放り投げ、啓太に起き上がる様に背中に手を差し入れ促す。
「今日、中嶋さんのお誕生日なのに」
「ああ、それか」
 自分のパジャマのボタンに手をかけながら、ぽつりと啓太は吐露した。
「・・・結局、週末からこっち、寝込んじゃったからプレゼントも買いに行けなかったし。その上世話までさせちゃって・・・」
「しょうがないじゃないか。まあ、油断したのはお仕置きものだがな」
 啓太の脱いだパジャマを受け取り、新しい洗いたてのパジャマを代わりに渡しながら、そんな言葉を啓太に投げかける中嶋の表情は決して不機嫌な物ではなく、むしろ上機嫌といった風情である。
 だが、自責の念に捕われている啓太が顔を上げる事はなく、したがってその中嶋の表情は誰に知られる事もなかった。
 そのとき、校舎の方から終業を知らせる鐘が鳴り響く。
「あ、そろそろ王様が来るんじゃないですか?」
 その音に反応して、俯いていた啓太は不意に顔を上げた。
「ああ、そうだな。丹羽に何か用なのか?」
 中嶋の返答に啓太は首を傾げる。
「え?だって今日、中嶋さんのお誕生日でしょ?」
「ああ。さっきお前が言っただろ」
「だって、毎年二人でご飯食べに行っているって言ってたじゃないですか」
「・・・まあ、そうだが」
「今年も行くんでしょ?」
「・・・・・」
 啓太の言葉は、精一杯中嶋を気遣ったつもりの物だとは中嶋にも理解は出来たが、理解が出来ると言うのと感情は必ずしも一致する物ではない。
 途端に不機嫌そうに眉間に皺を寄せた中嶋を、啓太は怪訝そうに覗き見る。
「あの・・・俺の事は気にしないで下さいね?」
 とどめの様に告げられた啓太の言葉に、中嶋はため息をつきながら返答した。
「お前は逆の立場になった時、何も思わずに行けると言うのか?」
「うっ・・・でも」
 なんとか説得を試みようとしているのか。
 啓太はしどろもどろに言葉を探した。
「でも・・・只でさえ最近、中嶋さんの事、俺、独占してるから・・・たまには同じ年の友達との付き合いも大切なんじゃないかなって・・・俺の事で王様と疎遠になったらヤです」
「ほお。お前と遠藤は切れたのか」
「えっ?いえ、そんな事はないです。ケド和希は年上だし大人だから解ってくれてるミタイで」
「・・・俺と哲也も同じ様な物だと思わないか?まあ、『生き別れの兄弟』の絆程ではないかもしれないがな」
「・・・いや、それは・・・」
 中嶋の言葉の最後のあからさまな揶揄に、啓太は言葉を続ける事が出来なくなった。
 そんな啓太に、中嶋はフッと笑みをこぼしながら、半分以上毛布に埋もれている頭を撫で、短く会話の終結をつげる。
「いいから大人しくもう一度眠れ」
「・・・はい」
 暫くすると、室内には再び啓太の静かな寝息が漂いはじめた。
「・・・こんなおいしい誕生日など、そうそう迎えられるものではないな」
 誰に邪魔される事なく、その傍らに愛しい存在を感じられる幸せ。
 独占欲の人一倍強い中嶋にとっての、まさに最高のプレゼントが現状だと露程にも思わない啓太は、今は只夢の中───

 

 

 

END


TOP NOVEL TOP