2004年七夕

約束の空

2004.07.07UP



 今日も今日とて、和希は仕事に追われていた。 部下の手前、威厳ある対応を心がけつつも、心の中は威厳とはかけ離れていることは、言うまでも無い。
 今日でもう何日、まともに啓太と話をしていないのであろうか。
 書類の処理の仕方を部下と話していても、可愛い啓太の顔が頭の中をよぎる。だが、自分は大人。やるべき事を終えなければ、プライベートなどもっての他だということは、重々承知している。
 目の前に山と詰まれた書類の決を、目にも止まらぬスピードでこなしていく。
勿論、それは仕事に熱中しているわけではなく・・・啓太との約束があったのである。
 去年、雨だった七夕の日に、「来年は山の上に行って、星を見よう」と、誰もが砂を吐く様な約束を取り付けていた和希は、それこそ必死で目の前のやるべき事を終わらせようとしていた。
 現在の時刻は午後5時42分。
 近くの、それなりに標高のある山までは、車で高速道路を飛ばして2時間半。
 週の半ばである今日に、いくら外泊届けを出したからといっても、それなりの睡眠時間を確保しなければ、徹夜や仮眠になれている自分と違って、啓太の体はもたないであろう。
 夜空の見えるレストランで、二人、ムード満点の食事をして、山の上まで車を走らせ、星を眺めつつ、星を見ている余裕など無い事をし、近くのホテルにチェックインしようとすると、どうやっても現地を、後一時間以内に出発しなければならない。
 だが、目の前のやるべき事は、到底一時間やそこらで片付く量ではない。
 和希の焦りを無視するかのように、時間は刻一刻と過ぎていく。
 無駄な事を全て省いて、後もう少しで仕事が片付くところまで行ったとき、時刻は既に七時を回っていた。
 それでも和希はあきらめなかった。予定を一つ、キャンセルすればイイことだ。勿論キャンセルする部分は、星を見ながらするイケナイ事ではない。逆にこれさえこなせれば、後はどうだってイイというのが本音である。
 後は部下に任せて大丈夫となった瞬間、和希は仕事場である理事長室を飛び出した。
 着替えは既に済ませてある。後は啓太に駐車場まで来てもらうだけ。
 逸る気持ちを抑えつつ、ジーンズのポケットにしまってある携帯電話に手をかけた瞬間、その瞬間を待ちわびていたのは、和希だけではなかったかの様に、着信音が鳴り響いた。
 ディスプレイには「啓太」と記されている。
 弾む胸を押さえつつ、和希は素早く通話ボタンを押した。
「あ、和希?今大丈夫?」
 待ち望んでいたそのいとしい声に、仕事の疲れなどいっきに吹っ飛ぶ。
「ああ、今終わったよ。でさ・・・」
 頭の中で一年かけて練った計画を、最愛の恋人に伝えようとしたその瞬間・・・
「あのさ、今日七夕だろ?珍しく晴れてるから、王様たちが海岸で星見で一発騒ごうって誘ってくれてさ。和希も仕事終わったら合流しない?」
「・・・・・・・・・え」
 去年の約束・・・それは和希の中だけに存在していたと言うことを、このとき和希は知った。だが、ここでくじけて引き下がっていては、元気の有り余っているティーンネイジャーとは愛を交わせない。
「啓太、忘れてるだろ。去年、今年の七夕に二人で星を見に行こうって約束したじゃないか」
 うなだれている心を悟られない様に、なるべく明るく事を伝える。
「えー、そんな約束してたっけ?」
「してたんだよ。だからさ・・・」
 『今から駐車場まで走って来て』という言葉は、更に残酷な恋人の言葉で打ち消された。
「でも、もう王様達と海岸まで来ちゃってるよ。和希も仕事終わってるなら、すぐ来いって。二人で見るより、大勢で騒ぎながらの方が、絶対たのしいよ」
「・・・」
 これはもう、若さがどうのというより、感覚の違いでしかないのだが、10年も思い出を暖めておける、乙女心を持つ和希には、痛恨の一撃となった。
 だが、それでも一縷の望みをかけて食い下がる。
「・・・じゃあ、啓太が迎えに来てくれたら行く」
 二人で歩く時間さえ取れれば、むにゃむにゃは出来ずとも、キスの一つくらいは可能であろう。そこで今夜の約束を取り付けられれば、今回のことはなんとか妥協出来ると、和希は涙を呑んで返答した。
だが・・・
「えー、今篠宮さんが作ってくれた星見弁当食べてるんだよ〜。自分で来て・・・・はーい、ちょっと待ってくださいよ〜・・・じゃ、後でな!待ってるからv・・・あ、和希の分、ちゃんと確保しておいてやるからな!」
 ぷつ。
 無情にも、通話は途切れ、後に残されたのは呆然と立ち尽くす青年が一人。
 思い描いていた夜空はすぐそこにあるというのに、和希にはかすんでしまって良く見ることは出来なかった・・・。

 

 

 

END


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