あなたを愛して
 こんなに切ないものだなんて初めて知りました。



ロジック

2003.7.4up



 いつもの昼下がり。
 校庭からは生徒達の明るい声が響く。
 その中に明るい色の髪の少年を見つけた時、七条は例え様の無い感情に支配された。
 だがそれはこの時に始まったものではなく、以前から、彼に対する気持ちを自覚した時から抗えない衝動だった。
「・・・臣。目つきが悪いぞ」
 幼なじみであり無二の親友である西園寺は、そんな七条の様子を心配していた。
「啓太が誰と一緒にいても、お前の『恋人』である事には変わりないだろう?いちいち啓太の友人にまで目くじらをたててどうする」
「・・・それはそんなんですけどね。人の感情と言うものがこんなに厄介なものだなんて初めて知ったんですから・・・しょうがないじゃないですか」
 堪え難いその感情と身の内で必死に戦っている親友に、西園寺は一つ大きなため息をついて近付いた。
「・・・以前のお前も心配だったが、今のお前はもっと心配だ」
「そうですか?」
 二人で窓の外の様子を眺める。
 以前はこんな事は決して無かった。
 二人で室内にいても、時折交わされる会話はいつでも『仕事』の事で、他人の事を話題にする事も、ましてや窓の外の景色を楽しむなどといった感傷的な事もいっさい無かった。
 「頼もしい相棒」
 そんな尊称が二人のお互いに対する表現で。
「・・・いつでも不安なんですよ。僕はこんなに伊藤君の事を思っているのに、伊藤君はああやって他の友人とでも楽しめている」
「臣は私といて楽しくないのか?」
「いえ、そう言うわけではないんです。伊藤君とは別の意味で、郁のことも愛していますから。郁の容姿、頭脳、性格は僕にとって必要な事には変わりはないです」
 窓の外の啓太から目線をそらす事無く、必要な事を漏らさずに語る。
 その横顔は、西園寺のよく見知ったものとは微妙に異なっていた。
「それでは臣は、啓太のどこが好きなのだ?」
 西園寺のしごく当然とばかりの質問に、七条は一瞬沈黙した。
「・・・どこも好きではないのかもしれません」
「どう言う事だ?」
 どこからどう見ても、今の七条は啓太に恋をしている。
 だが、七条は啓太の事を言葉で否定した。
「そうですね。例えてあげるのであれば、まず、容姿的な好みは僕の観念と大きく隔たりがあります。頭脳に関しても同じレベルで語り合えるわけではありませんし、性格的にもあそこまで天真爛漫だと鬱陶しく感じますね」
 淡々と述べられる辛辣な言葉の数々に、西園寺は窓の外の啓太を七条とともに見つめながら問い返した。
「それならば何故臣は啓太と付き合っているのだ。そこまで解っているのであれば別れれば良いだろう。そしてそんな感情と戦わなくてもいいだろうに」
 人から見れば当たり前の反応。
 そんな事は七条にも解り過ぎるほど解っていた。
「・・・それが出来ないからこうやって苦しんでいるんですよ、郁。そんな条件だけで人の事を好きになれるのであれば、僕はとっくに郁に恋をしています。・・・ロジックじゃないんですよ」
 窓の外の啓太が、部屋の中の七条に気がつき大きく手を振る。
「七条さーん!今からそっちに行っても良いですかー!?」
 そんな啓太をまぶしそうに見返して、無言で七条は窓辺を離れた。
 そんな七条の代わりに西園寺は窓を開けて、啓太に向かって叫ぶ。
「啓太!早く来ないとお前の分が無くなるぞ!」
 西園寺の言葉に弾かれるように走り出す啓太を、西園寺は微笑みとともに見つめた。
 部屋の中には西園寺お気に入りの紅茶の香りが充満する。
 そして、もう一つ。
 走り回っていた少年の為の氷の音。
「可愛いじゃないか、啓太は。私は好みだぞ」
「趣味が悪いですよ。郁」
 いつの間にかそろえられた『三人目』の食器を目の前にしながら、二人の会話は続く。
「趣味の悪さはお前にいわれたくないぞ」
 ぱたぱたと廊下を走る音が止むとノックの音が3回響き、『三人目』が顔を覗かせた。
 七条の顔から苦悩の表情が消え失せる。
 変わりに現れた以前には無かった心からの笑顔。
 それぞれの前に置かれた食器に、七条は啓太の所に特別なものを付け足した。
「伊藤君のはアイスですので、これをどうぞ」
 渡したものは紙のコースター。
 それを見留めると、みるみる赤くなる啓太の頬。
 ─────今夜は僕だけと一緒にいてください。
 伝えられた素直な欲求に、素直な心を持たない七条は苦笑を漏らす。
 そんな様子を目の端で捕らえていた西園寺は、七条とは別の意味で苦笑を漏らした。
「・・・『ロジック』じゃ無いんじゃなかったのか?お前たちのその反応はかなり似たものがあると思うぞ?」
 その傍らの存在の有無。
 複雑な感情の単純な解決法。
「だから理解に苦しむんですよ、郁」
 二人は顔を見合わせながら笑いあった。
 その二人を見ながら訳の分からない啓太は一人、ただひたすらに二人の顔を見比べ続けた。

 

 

 

END


TOP NOVEL TOP