浮気防止政策


2004.12.31UP



 

「和希の年末年始の予定ってどうなってるんだ?」
 帰省の支度をしながら、多分無いとは思うけど冬休みの開いている日を探るために、人の部屋で勝手に荷物の物色をしている親友兼、幼馴染み兼、クラスメート兼、恋人に声をかけた。
「・・・全部言わなきゃ駄目なのか?」
 上目遣いで伺ってくる様は、とてもではないが年上とは思えない。
「言えないような事があるのか?」
「啓太が言うような『言えないような事』は無いけどな」
 後ろめたい事が無いのなら、なんでそんな事を言うのだろう?俺のこの疑問は普通だと思う。
 訝しげな視線を隠しもせずに送っていた俺に、和希は「じゃあちょっと待ってて」と言い残して部屋を出て行った。
「・・・なんなんだよ」
 他の同じ年のカップルみたいに、休みの間も毎日のように会いたいなんて、我がままは言わない。これでも一応、和希の立場とか都合とかを俺なりに頑張って理解しているつもりだ。なのに、こんな素朴な疑問までかわされるなんて・・・
「お待たせ・・・って、何驚いてるんだよ」
 そりゃ驚くよ。
「・・・もしかして、また俺が誤摩化しの為に部屋出て行ったとか思ってた訳?」
 ・・・ピンぽーんと、俺の粗末な頭の中でクイズの正解音が鳴り響くが、もちろんそんな事は口に出しては言えない。
「・・・言わなくてもわかるから」
 !なんで俺の考えがわかるんだ?
「・・・啓太、全部表情に出てるよ」
 和希はいつもの微妙な笑顔で俺に向かって淡々と会話を進めた。それがめちゃめちゃ悔しいっ。
「悔しがらなくても啓太の年なら普通だよ。その年からポーカーフェイスがうまい奴なんて、怖いし可愛くないよ」
「・・・それ、特定の人物に対して言ってるんじゃないよな」
 ちょっと思い当たる人物を頭の中に思い描いてしまった。
「さあ、それはどうかな。・・・って、そんな事はどうでもいいの。・・・はい、これ」
 差し出された和希の手には、コピー用紙が何枚かホッチキスで止まった冊子のようなものが乗せられていた。
「?何これ」
「これは啓太の分だからあげる」
 訳がわからないながらも、とりあえず差し出された書類らしきものを受け取り、その一枚目をめくってみた。
「えーと、ナニナニ?・・・27日?・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・もしかして、これ・・・」
「そう。もしかして、だ」
 渡された書類には、なんと年末年始の和希のスケジュールがぎっしりと、パソコンで作られたであろう形式に則って、何ページにもわたって書かれていた。
「これ、全部こなすのか?」
 数えてみると、ページ数は10ページもある。
「うん。こなさなきゃいけないみたいだな」
「さらりと言ってるけど・・・たった一週間だぞ?」
 こんなのこなせたら人じゃないっ。
「まあ、移動は人任せだし、大体が挨拶回りだからなんとかなるんだよ」
 相変わらずの笑顔で、紙面とにらめっこしている俺の頭をなでる。
「でも・・・」
「ん?」
 ”ん?”じゃなくてっ。これでは一日だって休みの間には和希と会えそうもない。
 でも、やっぱりこれは口に出しちゃ駄目だよな。こんなスケジュールに耐えるのは和希なんだし、恋人である俺が足を引っ張っちゃ駄目・・・
「なのは分かってるけど・・・」
「分からなくてもいいんだよ。会いたくなったらメール入れといてくれれば、すぐに会いに行くからさ」
 やばっ。声に出てたっ!
 今更口を押さえても遅いし、そんな事をしたらギャグにしかならないけど、してしまったものはしょうがないよなっ。
「・・・あんまり放っとくと、浮気するぞ?」
 今更カッコつけても何なので、ちょっと本心を言ってみる。
「それは困る。只でさえ会えないときの啓太が気になって仕様がないのに、浮気なんかされたら、俺、嫉妬で気が狂うよ」
 絶対嘘だ・・・とは思うけど、そう言ってもらえると、少しは気が楽になる。だって、寂しいのは俺だけじゃないって思えるから。
 愛されてるって、思えるから。
 未だに口元を押さえている俺の手を和希はそっと外して、手の代わりに和希の唇で俺の口を塞いでくれた。
「ん・・・」
 それはホンの軽いキスだったけど、俺の心を満たすのには丁度良くて、知らずに甘えた声が出る。
「・・・こんなんで感じた?」
 その声を勘違いして、和希は面白そうに俺の事を覗き込んできた。本当はそんなんじゃないけど、この先しばらく会えないし、このままなだれ込んでもいいかな〜なんて考が出るのは、やっぱり感じたって事なのかな。
「・・・和希、明日の朝送ってくれるか?」
 駄目なんて言われた事無いけど、ちょっと甘えたくなって言ってみた。
 返事はもちろんOKで、和希は俺の部屋着用に自分で編んだ、俺の着ているセーターの下に手を潜り込ませてきた。




 次の日の朝、夜中愛し合っていた所為で重い体を、和希の操る車の助手席に沈めながら実家への道を辿っていた。
 何気ない会話は、これで一週間はお預けなんだ。
 少し沈んでしまった気分を他所に、年末だと言うのにろくな渋滞にも遭わずに、すんなりとその行程を通過して、車は俺の家の近所まで来てしまう。
「寂しくなったら、いつでも電話してくれよ?」
「・・・うん」
 人通りの少ない道に車を止めて、名残惜しさを止めもせずに和希にキスをねだる。
 すると、和希はそのキスをすっとかわして、車の後部座席においてあった箱に手を伸ばした。
「他の意味で寂しくなって、俺の都合がつかなかったらこれで紛らわせて」
 膝の上におかれた少し大きめの箱に、当然の事ながら疑問を抱く。
「ナニこれ」
 素直な俺の感想に、和希はにやりと不適な笑みを浮かべ、頬にちゅっと音を立ててキスをくれた後、そのまま耳元で囁いた。
「寂しくなるまであけちゃ駄目だよ?」
 その返答に、ますます疑問が湧くが、時計を見ればもう時間はない。
「じゃあな。良いお年を」
 車を降りた俺に、和希は年末のお約束な台詞を残して走り去った。
 そして、見慣れた自宅の近所で、もらった箱を抱えて立ち尽くす。
「・・・寂しくなったら、分かるよな。でも、『別の意味』ってなんだろう?」
 見た目よりも重いその箱は和希の自分への思いだと、ちょっと乙女思考に浸りながら数ヶ月ぶりの実家へと足を向けた。
 だけど、その箱の中身が、乙女思考とはかけ離れたものだったと知るのは、そう先の話では無かった・・・・。

 

 

 

END




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