短い夜


2003.7.26UP



 

 タバコの匂いの染み付いたベットの中で、行為後の気怠い空気に身を任せていた啓太は、隣で紫煙をくゆらせている中嶋に向かって不意に言葉をかけた。
「ねえ、中嶋さん」
「・・・なんだ?」
 薄い唇から吹き出される煙が空気の流れにそって渦を巻く様を眺めながら、うっとりと己の欲求を口にする。
「・・・俺の事、『好きだ』って言って下さい」
「・・・なんだ?急に」
 怪訝そうに吐き出された中嶋の言葉に、それまでうつ伏せに体を横たえていた啓太は、重い体をシーツから引きはがすように起き上がり、ヘッドボードに体を預けている中嶋の裸の胸にすり寄った。
「だって中嶋さんってば、こうやって終わった後、すぐに俺から離れてタバコ吸いはじめちゃうし、最中でも普段でも、『好きだ』って言ってくれないじゃないですか。それに付き合いはじめた時だって、結局俺が『好きだ』って言っただけで中嶋さんは言ってくれてないし・・・」
 啓太は中嶋の整った指の間に挟まれている煙草を取り上げると、自分の口元にゆっくりと運んだ。
「・・・やめておけ」
 そんな中嶋の言葉を無視して、一口、大きく吸い込む。
 やがて吐き出した煙は、中嶋の唇から出た時と同じように空気の流れにそって天井近くで渦を巻いた。
「・・・自分だって吸ってるじゃないですか」
 啓太の手から再び煙草を取り返した中嶋に、避難の声を浴びせる。
「俺はいいんだ。似合うから。お前は似合わないからヤメロと言っている」
 中嶋の言葉に頬を膨らませる。
「そうやってすぐに中嶋さん、俺の事子供扱いする。年なんて二つしか違わないのに」
「そうやってすぐにすねたり、言葉をほしがるのは子供以外の何物でもないだろう」
 会話をしている間に短くなってしまった煙草を、サイドボードに乗せてある灰皿に押し付けながら、中嶋は苦笑を浮かべて啓太に告げた。
 そして中嶋の予想通り、啓太の頬は更に膨らむ。
 そんな子供っぽい仕草は、付き合いはじめてから中嶋が気に入った事の一つだった。
 これまでの相手とはまるで違う反応。
 まるで自分を隠そうとしない、作為的なものを感じさせない振る舞い。
 自分との共通点がここまで少ない相手と言うのは、存外面白いものだと中嶋は思っていた。
 そして、自分がこれほどに心を奪われている現状と言うのもまた、興味を削がれない理由の一つであった。
「いいですよ。どうせ俺は煙草も似合わないしお酒もそんなに飲めない子供ですよ。・・・・だから『好きだ』って言って下さいv」
「・・・なぜ急に言わせたがる」
 別に言う事自体は難しい事ではない。己の感情を素直に音の羅列に変換すればいいだけの事だ。だが、中嶋の思いはそんな物理的な事にすぐに置き換えられるものではなくなっている。
 そんな中嶋の困惑を知らない啓太は、満面の、無邪気な笑みで即答した。
「『子供』だからですv」
 心の中の葛藤とは裏腹に、中嶋は鋭利な微笑みを浮かべて、自分の胸にもたれかかっている啓太を再び組み敷いた。
「・・・そんな『子供』には、躾が必要なようだな」
 自分を見下ろす少しだけ年上の恋人の意地の悪い言葉に、啓太は余裕の微笑みを浮かべて切り返す。
「『子供』には、『愛情』が一番の『躾』だそうですよ?俺のおふくろが言ってました」
「・・・俺はそんな話は聞いた事がなかったな」
「それじゃあ、今聞いたんだから・・・『子供』を沢山、愛して下さい」
 誘う様な。バラ色に染まった頬と上目使いの大きな瞳に引き込まれる。
 幼さの中の、こんなふとした時に現れる妖艶さに、抗うすべを持つ男は世の中には居ないと中嶋は思っていた。
 唇が触れあう寸前、啓太は囁くように中嶋に告げる。
「好きですよ。中嶋さん」
 その声に、頭の芯がしびれる。
 深く、その声ごと貪るように唇を合わせ、陶酔する。
 唇を離そうとすると、離したく無い心の現れのように、透明な糸が二人の間をつなぎ止めた。
 その糸の光に惑わされたかのように、中嶋は啓太の耳元に囁いた。
「・・・愛してる」
 初めて囁かれた愛しい人からの告白に、啓太は初めて見せる様な極上の微笑みで返した。


 そして、今日も二人には長く、短い夜になる。

 

 

 

END




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