マッサージ


2003.8.24UP



 

「う〜ん、そこそこ」
「ここ?」
「そう・・・く〜」
  場所はいつもの学生会室。
 そこに響く場違いな声の持ち主は遠藤和希だ。
「・・・お前ら。手伝わないのならとっとと帰れ」
 学生会副会長中嶋英明は、今日も今日とて会長が逃げ出してしまった事に不機嫌極まりない。
「その書類が終わるのを待ってるんじゃないですか。俺達にあたらないで下さい」
 そんな中嶋に構う事無く言い放つ強気な遠藤とは対照的に、遠藤と常に行動を共にしている(監視されているとも言う)伊藤啓太は済まなそうな声を上げた。
「あ・・・中嶋さんにもやりましょうか?これ」
 そう。先ほどから書かれているのは学生会の仕事の様子では勿論無い。
 何故か突然始まった(二人きりの)『肩もみ』大会の様子だった。
「俺のマッサージ、結構人気あるんですよ。クラスの奴とかにも『やってー』とか頼まれるくらいv」
 それはきっと、別な目論見もあっても事であろうが、この学園にしては珍しいとぼけた頭では理解している様子は無かった。
「で、今は遠藤に『やってー』と言われたわけか」
「はい!ほら、色々忙しかったじゃないですか。この頃の和希」
 それはかなり自業自得だと、中嶋はため息を吐きながら目の前のにやけたこの学園の理事長、遠藤の顔を眺めた。
「中嶋さんも最近忙しいでしょ?やりますよ、俺」
「・・・俺は肩が凝る程体は老化していないから大丈夫だ」
「「・・・・・・・」」
 さらりと吐かれた中嶋の遠藤に対するきっつーい一言に啓太が固まった時(それはそれで失礼)、中嶋の不機嫌の理由、会長の丹羽が観念して戻って来た。
「お?何やってるんだ?」
「王様!(ほっ)」
 遠藤の肩に手を乗せている啓太に、丹羽が(啓太にとって)タイミングよく声をかけた。
「和希が肩こったって言うから、マッサージしてたんですよ」
「へ〜♪いいなー。俺にも・・・・」
「・・・丹羽」
 背後にある書類の山を無視しながら丹羽が会話を続けようとした時中嶋が動いた。
 その端正な額に青筋を立てながら。
「おーヒデ。お前もやってもらったのか?」
 そんな中嶋の様子に、丹羽は怯えもせずに会話に加われとばかりに話しかける。
「・・・先ほど丁重にお断り申し上げた。俺は見かけだけではなく、中身も若いからとね」
「はー、もったいねーなあ」
 この時点で、学生会室の体感気温はー50度。
 中嶋の不機嫌オーラにあてられた遠藤が、更に室内体感温度を下げさせていた。
 そしてこの温度を感じているのは勿論、啓太のみであった。
 だが、そこはそれ。
 何と言っても最強の運の持ち主。
 彼がこうと思った事柄は大概成就される。
 視線を泳がせ、なんとか打開策を見い出そうとした時、遠藤の携帯電話の着信メロディーが室内に響きわたった。
「はい・・・ああ、解った。・・・もう一人いるが・・・・そうか・・・今行く」
 この電話の後、すみやかに啓太は凍える様な感覚から解放された。
 そして残されたのはいつもの二人。
「あー、残念だったなー。俺も啓太に肩揉んで欲しかったなー」
 書類の前に座らされてもやる気の起きない丹羽は、目の前のものから逃避するように天井を眺めながら呟いた。
「・・・お前の動きでどうして肩が凝るんだ?」
 学生会の仕事を含め、丹羽が書面を見つめて体を動かさずに居る時間はあまり見受けられない。
「いや、そーいうことじゃ無くて、一遍お願いしたいなと」
「・・・・ほお」
 曖昧な合図値と共に中嶋は、丹羽の背後に移動した。
「・・・あ?どうした?」
「いや、お前が満足していなかったなんて思ってもみなかったんでな」
「・・・あ?」
 先ほどまでは確かにマッサージの話であった。・・・丹羽の中では。
(満足?)
 中嶋の言葉の意図する所が、丹羽には理解出来ていない。
「それとも何か?お前も遠藤みたいに奴に惚れたか?」
「ああ?」
 マッサージの話から、頭の中が動いていない丹羽は、更に疑問符を投げ付けた。
「なんでそういう話になるんだ?俺が啓太になんだって?」
「・・・『一遍お願いしたい』んだろ?」
 自分の言葉の一部分を繰り返されて、ようやく丹羽は中嶋の言葉の意図を悟る。
 ま、彼もまだ若いのである。
「・・・それは意味がちがくねーか?」
「・・・こう言われたら考える事は一つだと思うが」
「マッサージの話だろ」
「『そーいうことじゃ無くて』なんだろ?」
 あーいえばこう言うの見本の様な会話が続く。
 何故か。
 それは冒頭にも出て来たように・・・中嶋は機嫌が悪いのだ。
 そして丹羽はそれに気が付いていない。
 そして自ら墓穴を掘るのも勿論、中嶋の計算の内なのだ。
「・・・なんだよ、ヒデ。お前珍しくタマッテんのか?」
 そして丹羽は、自らの墓穴に気が付く事も無く、珍しくからかってやれるとニヤ付きながら中嶋に呟いた。
 それに対して策略の成功を感じた中嶋はニヤリと口の端を上げて笑う。
「・・・ああ、タマッテいるとも。どっかの誰かさんが山積している書類の山を俺一人に押し付けて、ふらふら出回る事1週間。その間俺はまじめにマスかく暇もない程書類の整理に追われていたからな」
「うっ・・・・」
「ああ、それが解っていて誘ってくれたわけか。お前はいい奴だな、哲」
「・・・・あ?」
 会話の流れは中嶋の思う通りに進んで行き、丹羽は逃げ場所を無くして行く。
「今日で俺のやるべき所は大体終わったんだ。それを見越して帰って来てくれて、その上俺の処理まで心配してくれるなんて、感激だぞ」
「・・・いや、ちょっと待て・・・」
 中嶋の手は、背後から丹羽のシャツへと移動しはじめた。
「俺はお前と3年も一緒にいて、こんなに感激した事は無い」
「いや、だから・・・」
 慌てる丹羽を余所に次々とボタンを外して行く中嶋の手が、丹羽のシャツの中に滑り込んだ。
「うわっ!ちょっヒデ!!ストップ!!」
「何がだ?」
「マッサージの話からどうしてこう事になるんだ!?俺はただ、一遍マッサージしてもらいたいって言ってただけダロ!?」
 流していた話題の本筋を突き付けられて、中嶋の手が一旦止まる。
 だが勿論、そんな事で信念を曲げる中嶋ではない。
 彼はやると言ったらやる。
「ほお。お前はそんなにマッサージを受けてみたかったのか」
「お・おう。やった事が無ければどんなもんか興味アルダロ、普通」
 止まった中嶋の手に安堵した丹羽は、引きつりながらも会話を続けようとした。
 そして丹羽はとことん(こう言う事に関しては)考えが甘い。
「・・・そうか。そんなに興味があるなら俺がしてやろう。服を脱げ」
「・・・・へ?何で服脱ぐんだ?」
「マッサージして欲しいんだろ?服が邪魔だ」
「・・・そう言うものなのか?」
「『そう言うもの』だ。早くしろ」
 普通はマッサージを受けた事が無くてもここで脱ぐ馬鹿はいない。
 だが、丹羽はそう言う所は思いっきり『馬鹿』だった。
 そして中嶋がそう言う『馬鹿』な所に惚れている事を彼は知らない。
(ホントに脱いだ・・・)
 得意のアルカイックスマイルで、上半身裸になった丹羽を中嶋は眺めた。
「それじゃ、そこのソファーに横になれ」
「おう!」
 丹羽は意気揚々とうつ伏せにソファーに横になった。
「・・・違う。仰向けだ」
「へえ、そうなのか」
 素直に体を引っくり返す。
「じゃあ、始めるぞ」
「ういっす!よっしく!」
 中嶋は、丹羽の体に指を滑らせはじめた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・なあ、ヒデ」
「なんだ?」
 しばらく大人しくマッサージ(らしき物)を受けていた丹羽は、ここに来てようやく何かが違う事に気が付きはじめる。
「マッサージって・・・筋肉解すんだよなあ・・・」
「・・・・・・・そう言うのもあるな」
 淡々と答えた中嶋の指は、明らかに筋肉が付いている位置とは違う箇所に向かって動いていた。
「なんか・・・違くねえか?」
「・・・なにがだ?」
「指の・・・位置」
「そうか?そんな事無いだろう」
「いくら俺でもこれくらいは解るぞ。ゼッテー違う」
「・・・・お前の感じる場所、ここだろ?何が違う」
 この冷静な中嶋の一言は、丹羽を冷静と言う言葉からは一番遠くに追いやった。
「 ! なんで感じる場所をサワんなきゃなんねーんだよ!!」
「・・・マッサージだろ?」
「なんのマッサージだ!?こんなん聞いた事ねえぞ!」
「何を言っている。俺がしてやると言ったら『性感マッサージ』以外、何がある」
「・・・・・あ?」
「・・・興味有るだろう?無いわけないよな、哲」
「あ・・・いや・・・そ・・・・」 
 
 
 
 ・・・・・・・合掌。(ちーん)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ものを頼むのに、人は選ぼうと身を持って知った丹羽だった。

 

 

 

END




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