2003年丹羽哲也お誕生日SS

Are you happy?

2003.8.14UP



「お・う・さ・ま〜!!」
 弾む様な声とともに丹羽の背中に飛びついて来たのは、確認するまでもなくBL学園のアイドル、伊藤啓太だ。
 そして、丹羽の想い人だ。
 何処から全速力で走って来たのか、啓太の息は軽く弾んでいて、丹羽の首筋をくすぐる。
「おわっ!けっ啓太っくすぐってー!!」
「あははは〜、すみませ〜ん」
 別段悪びれる様子も無く、20センチ近い身長差を近付ける為に丹羽の背中に負ぶさっていた啓太が勢いを付けて飛び下りる。
「なんだよ、今日はやけに元気じゃねーか。どうした?」
「さっき、良い事に気が付いちゃったんですよっ!」
 いかにも『聞きたい?』といった感じのキラキラお目めに、少々あてられた丹羽だった。
「・・・んで?良い事ってナンダ?」
 なんとか平静を保ちつつ、返答する。
「今月って、王様のお誕生日なんですよね!?」
「おう、よく知ってたな」
「で・ですね?お盆に帰省する前にプレゼントなんて渡したい訳ですよっ!」
「・・・・うん」
「だから何が良いですか?」
「・・・・・」
 丹羽の中では啓太の話の流れが掴めなかった。
 啓太の言っている『良い事』と『自分の誕生日』が結びつかなかったのである。
「う〜ん、釣り針かなあ・・・で、『良い事』ってナンダ?」
 再度、話の冒頭を問い直す。
 やっとの思いで平静を保つ事に成功させた事柄を、このまま有耶無耶にはしたくは無い。
「え・だから『王様の誕生日』じゃナイデスカ」
「俺の誕生日・・・が良い事なのか?」
「はいっ!」
 丹羽の心の中で警鐘が鳴る。
(いっいかんっ!このままでは変な期待をしてしまうっ!)
 自分の誕生日を『良い事』と言い切る目の前の想い人に、思春期まっただ中の多感な心が過剰反応しているのを丹羽が自覚した時、その心を察しない啓太が丹羽に言った言葉は、丹羽の過剰反応に追い打ちをかけた。
「愛する王様の誕生日ですもんっ!俺、盛大にお祝いしますねッ!他に何かリクエスト有りますか?」
「っ!・・・啓太、俺の事愛してるのか!?」
「 ? 知りませんでした?」
「あ・・・・いや・・・」
 この会話が意思の疎通の伴っていない物だと理解出来ていた者は、夏休み中の静まり返った教室棟の廊下には居なかった。
 丹羽の動揺を余所に、啓太の話は続く。
「もう何でも言って下さいよ!愛しい王様の為だったらエロビデオまとめて10本調達とかでもやっちゃいますからっ!あ〜、でも『イイ女紹介しろ』とかは無理ですけどね。紹介出来る知り合い居ないから!」
 静まり返った廊下に響く話の内容は、一般男子生徒にとっては至極普通の物だったのだが、動揺している丹羽には最初の部分以外耳に届いていなかった。
「・・・なんでもしてくれるのか?」
「まっかして下さい!『中嶋さんから1日匿い券』でも発行オッケーです!」
 にこにこと見上げてくる、学園中の男子生徒を陥落させた笑顔に、丹羽の心の中のどこかが『ぷつっ』という音をたてて押さえていた感情が止めども無く流れ出した。
 ・・・簡単に言えば理性が切れたのである。
「・・・王様?どうしたんですか?どこか体調でも悪いんですか?」
 先程から捲し立てる自分に対して、丹羽の言葉数が普段の半分にも満たない事に不安を覚えた啓太は、俯き加減の丹羽の顔を覗き込んだ。
 その拍子に近付いた顔と顔に、丹羽が驚いて飛び退く。
「・・・王様?」
「あ・・・いや・・・そんな急に近付くから・・・」
 普段と違う丹羽の反応と顔の赤さに、啓太の不審は高まっていった。
「本当にどうしたんですか?俺、なんかしましたか?」
 心配そうに自分を伺い見る上目遣いな大きな瞳に一度切れてしまった理性が耐えられる訳も無く、丹羽はいきなり啓太を抱きしめた。
「うわっ!おっ王様!?何ですか!?」
 丹羽の腕の中で現状を把握しきれない啓太は、なんとかその強い呪縛から逃れようと体をもぞつかせる。
 その行動を押さえようと、丹羽の腕には更なる力が加わっていく。
「王様っ・・・苦しいっ」
 丹羽の腕に力に息苦しさを感じた啓太が、なんとかその事実を伝えられた頃、丹羽も又、己の言葉を口にする事が出来た。
「お前・・・俺の事好きって、本気か?」
「・・・・は?」
 丹羽の言う『本気』の真意が啓太には計れない。
 普段のお互いの戯れ合いの中、丹羽が普通の友人以上の感情や行動に出た事は一度も無かったので、啓太の中では現在居る学園の中で一番の『普通の友人』の丹羽だった。
 これが、普段からセクハラ行為連発の中嶋や、行動原理自体を理解するのに難しい七条などに言われた言葉であれば、啓太もすぐに理解出来た事であるのであろうが、なにしろ相手は『普通の友人』と疑いも無く思っていた丹羽である。
 丹羽の腕の中で混乱する頭を整理するのに一生懸命な啓太の無言を丹羽はどう捕らえて良いのか判らずに、更に言葉を続けた。
「俺はお前の事、可愛いって思ってる。だからさっきの言葉もむちゃくちゃ嬉しかった」
(・・・俺なんか言ったっけ?)
 頭の上から降ってくる丹羽の言葉を反芻して、啓太は必死に考える。
「お前が俺の事好きだって言ってくれるなら・・・俺もお前にちゃんと言う」
 今までに無い丹羽と自分の間を流れる雰囲気に、啓太はやっと気がついた。
「あの・・・王様・・・俺が言ったのは・・・」
「俺は啓太が好きだ。お前と付き合いたい」
 啓太が伝えようとした言葉は、丹羽の告白に遮られた。
 そして暫しの無言。
 返答に困っている啓太は、取りあえず、現状のこの暑い状況の脱出から考えた。
「・・・とりあえず・・・離して下さい。暑いです」
 なんとも間の抜けた言葉だとは思ったが、残暑の厳しいこの季節、しかも外は快晴で時間は一番暑い昼下がり。
 休み中の教室棟に冷房が入っている訳も無く、男二人が抱き合っているのは脳みそが湧くかと思う位暑い状況だった。
 現に二人の密着している部分は汗でしとっている。
 だが、興奮している丹羽にはそんな事を感じている余裕は無かった。
「お前の返事、聞かせてくれないのか?」
 腕の力を抜きながら、丹羽は啓太の耳元に囁いた。
「・・・言いますけど・・・」
 啓太にとってはいきなり始まった告白タイムをどうして良いか考える事の方が先だった。
(誕生日の話からどうしてこんな流れに・・・)
 啓太は只、大好きな先輩の誕生日を祝おうと言っただけのつもりだった。
 端から聞いていれば確かにその内容は他意のない物に聞こえるはず。
 だが、思ってもいなかった丹羽の反応が現実に起こっているのだ。
 今までの経験上、自分に告白してくる男子生徒は啓太の性別を理解しているのかいないのか、かなりシチュエーションにこだわっている者が多く、夕暮れの屋上だの浜辺だの、休日に遊びに誘って夜の公園だの、世の中の夢見る乙女達が求めるモノを実行するものばかりであった。
 だが、今回の丹羽の告白は違った。
 場所はなんの変哲も無い教室棟の廊下。(傍にゴミ箱有り)
 外から聞こえてくるのは運動部の野太いかけ声。
 そして誰が来てもおかしく無い状況と、これでもかと言う程ロマンチックにはかけ離れたシチュエーションだ。
(王様らしいなあ・・・)
 状況分析から始まった啓太の思考は、この一言で落ち着いた。
 そう。啓太の丹羽に対する印象は、まさにこんなものだった。
 へたな小細工無しの直球勝負。
 その潔さが男らしくも見え、また、可愛いとも思える所だった。
 そして、そんな丹羽を憎からず思っている自分にも啓太は気が付いていた。
 だが相手もそう思っていたと考えていたかと言えば、答えは『No』だ。
 そういうどろどろした印象の事とは無縁の存在であると思っていたのである。
 だからこそ、この告白には度肝を抜かされたと言うのが正直な啓太の感想だ。
 啓太の混乱が落ち着くまでにかかった時間は、ほんの数分。
 だがその数分間の沈黙は、丹羽の誤解を思いっきり呼寄せた。
「・・・やっぱり俺じゃだめか?」
 丹羽の声に、俯いていた啓太は顔を上げる。
 そして自分の考えを口にしようとした。
 だが、啓太の言葉を丹羽がまたもや啓太の想像を遥かに超えた言葉で遮る。
「・・・そうだよな。お前には遠藤が居るもんな。俺なんか入る余地ねえって判ってたはずなのに・・・」
「・・・は?和希?」
「隠さなくたって見てりゃわかるよ。お前達、始終一緒にいるしよ。遠藤も啓太の事、大事にしてるのが痛い程伝わってくる。・・・俺なんかじゃ到底太刀打ち出来ねえよなあ・・・」
 一人で自己完結して遠い目をし始めた丹羽に、啓太は再び混乱した。
「いやっあの、王様・・・」
「あいつならデリカシーも有りそうだし、何つっても大人だしなあ。啓太も幸せなんだろ?」
「あ、あのですね?」
「なんかさっきの言葉、俺に対する告白かとも思っちまったけど・・・よく考えてみれば違うよな」
「い・いや・・・そりゃさっきのは違いますけど・・・」
「だよなあ。わりい。いきなりこんな事言い出して・・・忘れて今まで通りにしてくれ」
「あ・あのだから・・・」
 突然暴走したかと思えば突然自己完結して去って行こうとする丹羽に、啓太は再びその広い背中に飛びついた。
「おわっ!」
 予測出来なかった啓太の行動に丹羽は珍しくよろめいて、啓太を背中にくっつけたまま、廊下に座り込む形をとらされた。
「な・なんだよっ!悪かったって言ってるじゃねえかっ。俺も今まで通りするから別に気にしなくても・・・」
「俺の返事聞く前に、勝手に完結させないで下さい!」
 啓太の剣幕に、丹羽は一瞬行動を忘れた。
 その隙に啓太は丹羽の正面へと移動して、視線を合わせる。
「王様、俺の事好きって言いましたよね?」
「お・おう」
 啓太の確認する様な言葉に、動揺しつつも素直に頷く。
「それって『後輩として』じゃなくて、恋愛の『好き』なんですか?」
「だから、さっき言ったじゃねえか。『お前と付き合いたい』って」
 丹羽の言葉を確認しつくした啓太の顔に、今までに丹羽の見た事の無いような笑顔が広がった。
 そして啓太は、辺りを注意深く見回して誰もいない事を確認すると、丹羽の顔に己の顔を近付けて軽いキスを落とした。
「けっ啓太!?」
 突然の啓太の行動に顔を真っ赤にさせて動揺しまくっている丹羽に、啓太は追い打ちをかける様に抱きついて囁いた。
「嬉しいです。俺も王様の事、好きだったから」
 つい数分前、己の中で終演を迎えた筈の淡い恋が、啓太の言葉から再び広がりを見せる。
「だっ・だってお前、遠藤は?」
「・・・誰が和希と付き合ってるって言いました?変な事勝手に作り上げないで下さい」
 憮然とした啓太の表情を不思議な気持ちで眺めながら、丹羽も啓太に確認の言葉を投げかける。
「い・いや・・・アレはどう見てもお前ら普通の付き合いじゃないだろ」
「・・・和希が過保護なだけですよ。恋愛とかそう言うのは無いです」
 なおも混乱した表情を見せ続ける丹羽に、啓太は更に憮然として言った。
「そんなに信用出来ませんか?なんなら和希に聞いてもらってもイイですよっ!?」
「俺がどうかした?」
「「うわっ!」」
 突然響いた第三者の声に、二人は驚いて飛び上がった。
「・・・っていうか、こんな所で抱き合ってナニしてるんですか」
 あきれた顔で見下ろしているのは、たった今話題の中心にならんとしていた和希本人であった。
「啓太、王様襲っちゃダメじゃないか。いくら好きって言っても犯罪になるぞ?」
 丹羽の中で啓太の恋人と思い込んでいた和希の言葉に、当の丹羽は更に動揺する。
(し・知ってたのか!?っていうかいつものあの牽制は!?)
「違うよっ!あ・ちょうど良かった。和希からも言ってやってくれよっ!」
「 ? 何を?」
 丹羽の混乱を余所に、学園中に広まっている恋人説を持つ二人の会話は続く。
「王様ってば俺と和希が付き合ってるって思い込んで、俺の告白信じてくれないんだよ!」
「・・・啓太、告ったのか」
 驚きの表情と共に言われた言葉に、啓太は丹羽の首に抱きつきながら嬉しそうに答える。
「ううんv告られたvv」
「・・・でもさっきから見てたけど、どう見ても啓太の方が積極的だったじゃないか」
「 ! ・・・おい、遠藤」
 それまで黙って混乱していた丹羽が更なる衝撃でやっと口を開く事に成功し、和希に話し始めた。
「さっきからって・・・どこから見てたんだ?」
 丹羽のその言葉に、和希はニヤリと笑って淡々と答える。
「啓太が王様に跨がってキスしてる所からですよ。・・・まさか王様から啓太に言ったとは思いませんでした」
「い・いや、確かに俺からなんだけどよ・・・・」
「ああ、俺と啓太の事でしたっけ?付き合ってませんよ。啓太は可愛いですけどね」
「ね?付き合ってないでしょ!?信じてくれましたか?王様!」
 和希の言葉に勢いを付けた啓太が、丹羽に返答を迫る。
「・・・おう。信じた」
 和希の言葉に多少の引っかかりは感じたが、取りあえず啓太がフリーな事は納得を見せた。
「じゃ、問題解決ですね!?・・・と言う訳で・・・和希邪魔」
 啓太の酷い言葉が和希に向かって飛ぶ。
 だが、啓太のそんな様子にすら動じない和希は、些細な悪戯を思い付いて啓太と丹羽を少し離す。
「酷いな啓太。俺もホントは王様の事好きだったんだぞ?」
「 ! なっ!」
 不適な笑みを浮かべながら、和希は丹羽に顔を寄せて不意打ちのキスを丹羽に落とした。
「あ〜〜〜〜〜っ!!」
 啓太の絶叫が静まり返っている教室棟に響きわたる。
 そんな啓太の様子と固まっている丹羽の様子に、和希は声を上げて笑いながら丹羽の耳元に口を寄せ、小声で囁いた。
(啓太を泣かしたら・・・とりますよ?)
 和希は一瞬、真剣な表情を見せ、再びニヤリと笑って丹羽と視線を合わせた。
「俺のモノになにすんだよっ!もうっ和希どっか行けっ!俺らのラブラブの邪魔すんなっ!」
「はいはい。・・・あ、そうだ。最後に一つ」
 和希は啓太に抱きしめられている丹羽の手を取り、自らのポケットの中から探り出した物を手のひらに握らせた。
「俺からの誕生日プレゼントですよ。・・・それじゃ啓太、明日の約束が恋に邪魔されない事を祈ってるよ」
 ひらひらと手を振って去っていく和希の後ろ姿に、啓太が舌を出しているのを複雑な想いで見つめながら、丹羽は和希から受け取った物を見た。
「・・・・・!(こ・これわっ!!)」
 自分の手の中に有る物を確認して、一瞬にして全身を真っ赤にして丹羽は固まった。
 丹羽の手の中に有った物は・・・・
「あれ?これって・・・」
 そう。
 和希が丹羽の手に押し付けていったのは「コンドーム」と「ローション」だった。
「・・・王様、誕生日プレゼント。釣り針以外の物も受け取ってもらえます?」
 手の中の如何わしい物に戸惑っていると、想いを通じ合わせたばかりの可愛い恋人が上目遣いで尋ねて来た。
「・・・あ?何をくれるんだ?」
 なんとか手の中に有る物の衝撃から立ち直りかけた丹羽の首に腕を回して、啓太はそっと耳元で囁いた。



「・・・お・れv」


 丹羽の人生の中で、これほど連続して衝撃を受けた事は無かった。
 啓太の台詞自体も勿論衝撃的だったのだが、何が一番衝撃的かと言えば・・・啓太がそう言う台詞を吐ける人物だったという事だろう・・・。
 顔を真っ赤にして硬直し続ける丹羽の手を取り、啓太は勢い良く歩き出す。
「せっかく和希が良い物くれたんだから早速愛を確かめ合いましょう!俺の部屋がイイですか?それとも王様の部屋?」
「・・・お・おいっ!マジで良いのか!?」
 晴れて想いを通じ合わせる事が出来た啓太は、丹羽の想像を遥かに上回る積極的な人物に変貌を遂げていた。
 グイグイと丹羽の腕を引っ張りながら、笑顔できわどい事を言い続ける啓太に、嬉しいながらも動揺の隠せない丹羽だった。
「王様は俺とエッチしたく無いですか?」
「い・いや、それは愚問だろ・・・けどっ!」
「も〜うっ!今日は寝かせませんよ〜vv」

(そんな事さわやかに言うな〜〜〜っ)





 8月15日。
 丹羽は自分の誕生日に天使の顔をした小悪魔を手に入れた。
 自分が想像していた恋とは少々趣が違ったが、これはこれで幸せだと丹羽は頬を緩ませながら一つ年をとった。。。。

 

 

 

END


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