「啓太ーっ!手紙よーっ!」
日差しが夏から秋に向けて鋭さが和らいで来た頃、自宅に一通の手紙が舞い込んで来た。
「へー、誰から?」
「うーん、リターンアドレスは無いわね。…ラブレターじゃないの?」
年頃になった息子の動向が気になるのか。
啓太の母は興味津々と言った風情で届いたばかりの手紙を覗き込んだ。
「っんだよっ!人のモン覗くなよ」
「けち。イイじゃないの。お母さん、早く可愛いお嫁さんが欲しいわ〜」
ぶつぶつと呟きながら、息子の部屋から出て行く母親の背中を確認して、啓太は封を開けた。
改めてその封書の表書きを見ると、『FROM Japan』の文字が達筆な文字で書き込まれている。
「……?海外に知り合いなんて居なかったよなあ?」
啓太は今小学生5年生。
海外に引っ越して行った友達と言うのも記憶に無かった。
「…うーん、宛名は間違いなく俺だし…」
少々不審は残るものの取りあえずは開けて見ない事には話は始まらないと、気を取り直してその洋型の封筒の封を切った。
「…なんだ?コレ」
中に入っていたのは薄い便せん一枚。
しかも書かれていたのはたったの三行だった。
『Dear”親愛なるあなた様へ”
いつでも貴方の事を思っています。
近くにいる事は出来ないけれど、貴方の成長をなにより嬉しく感じます。
いつか、お会い出来る事を心待ちにしています。』
リターンアドレスも無ければ名前もないその手紙に、啓太は頭を悩ませた。
「この書き方からすると…知り合いみたいなんだけどなぁ」
只でさえ名前の明記がいっさい無い手紙。
その上、覚えの無いエアメールに混乱は増加の一歩をたどる。
「…なんだ、やっぱりラブレターじゃないのっv」
「うわああっ!」
急に背後から覗き込んで来た母親に、啓太は素っ頓狂な叫び声を上げながら急いで手紙を隠した。
「急に入ってくるなよっ!酷いよ母さん!」
「なによ、洗濯物持って来てあげたのに」
「手紙見るのと洗濯物、どっちがホントの目的だったんだよ」
手紙の上に体を倒しながら、ジト目で母親を睨む。
「うーん、…両方vそれにしても変な文章ね」
息子の機嫌も何のそのといった風情で、啓太の母は話し続ける。
「そうなんだよね。特にこの『成長がうれしい』ってところがどうも引っかかるんだよ…母さんなんか心当たりない?文面からいけば年上っぽいんだけど」
「そうねえ。ちょっと小学生が書いた字にも見えないし…」
啓太の母は、洗濯物を抱えたまま考え込んでいる。
「海外にいる知り合いって言えば、お父さんの会社の三和さんくらいしか啓太を知っている人なんていないし…」
「でもあのおじさんがこんな事するなんて考えられないよ」
「それもそうなのよね〜」
いつしか啓太も無断で手紙を覗かれた事を忘れて、母と共に悩み始めた。
「それにさっき、ラブレターだって母さん言ってたけど、『好きだ』とか『愛してます』とかの言葉が一つもかいてないラブレターなんて聞いたことないよ?俺は」
そんな啓太の一言に、母はくすりと笑った。
「あー、啓太はまだまだ子供ねえ。こんな素敵な文章がラブレター以外のなんだって言うのよ。特にココの『いつでも貴方の事を思っています』なんてとっても素敵!きっと頭のイイ女の子だわvお母さん、顔の可愛い子も好きだけど聡明な子って言うのにも惹かれるわ〜vv」
当の本人の啓太を置き去りにしてはしゃぎ続ける母親に啓太はため息を吐いた。
「もう、一緒に考えてくれないなら出てってよ。ココは年頃の男の子の部屋だよ」
憮然とした息子の態度に、母は抱えていた洗濯物をベットの上にどさっと置いた。
「まあまあ、それは失礼いたしましたわね。『年頃の息子さん』。…でもあいての想いも汲み取れない様じゃ、オトコとしての修行が足りないわよ」
「うるさいなあ、そっちの修行は父さんに聞くから母さんはほっといてよ」
すこしバツの悪そうな息子の表情をひとしきり楽しんだ啓太の母親は、くすくすと笑いながら息子の部屋から退場していった。
そして、一人残された啓太は再び紙面とにらめっこを始める。
「まあ、母さんの言う通りラブレターっぽい様なきもするんだけど…なんだか懐かしい様な気もするんだよなー」
だが遠い昔にあった無邪気な日々が、啓太の記憶に留まっている事は無く。
「……ま、慌てん坊さんと言うことで」
いくら考えても判らなかったその手紙は机の中に静かにしまわれた。
「けいたーっ!お友達から電話よーっ!」
「はーい!今行くよー」
机の中にしまわれた手紙は少しの間啓太の心の中の記憶を揺さぶったが、当然それ以上の効果をもたらすはずもなく。
忙しない日々の中で啓太の頭から次第に薄れていった……
END
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