あした となりには Act,12


2007.3.11UP




 その後、事情徴収に来た警察に一連の分る事を啓太は伝えた。
 当時、誰にも分らなかった事故直前の状況や、今日起こった殺人未遂事件。啓太が分るのは事故・事件の外的部分だけだったが、現場の状況と照らし合わせて警察は熱心に聞き込みをした。啓太は持ち前の運の良さなのか、一瞬の事だった筈の高速道路上の事故の直前に割り込んで来たバイクのナンバーまで覚えていたのだ。事情徴収に来た警察官は、その記憶力に感服した。だが、それが記憶力の賜物なのか、はたまた事故直後から記憶がなく、余計な情報が耳に届かなかった御陰で鮮明な記憶になった所為なのかは定かではない。
 2時間強に渡って事情を説明した後、啓太はやっと和希の病室を訪れた。
 白いベッドの上で寝ている和希は、未だ失血の影響か青白い顔をしていた。穏やかな寝息を立てている青白い顔に、啓太はそっと指を這わせる。
 いつでも、どんな状況でも啓太を一番に考えていた和希。そして、何のしがらみも無い所から啓太に思いを寄せた。
(過去なんて…本当にどうでもよかったんだ…)
 16歳の時、啓太もまた不安だったのだ。
 もしかしたら子供の頃の約束の延長線上に、恋愛関係が成り立っていたのではないかと。長い事計画を実行する為に思っていた事が、恋愛と錯覚されていたのではないかと、不安になる度にそんな考えに支配されていた。何の特殊能力も無い自分を人並み以上の能力と地位を持ち合わせた和希が、本気で相手にするものであろうかと、何処か疑ってかかっていた。それが、予期せぬ事件によって真意を知る事になった。
(ホントに…バカだな、和希は)
 どこから見ても男で、人から絶賛される様な美貌な訳でもない自分を、何故こんなにも大切にしてくれるんだろうと啓太は思う。恋愛関係ではなかった3年の間も、和希は啓太をとても大切にしていた。それは、啓太自身が一番理解している。まるで宝物の様に大切に育ててくれた。甘える啓太を笑いながら支えてくれた。何の見返りも要求せず見守っていてくれた和希に、改めて啓太は愛情を感じる。こんな人は、2人と居ない。こんなにも心を奪われる人は、後にも先にもこの人だけだと、胸が締め付けられる様な愛しさを感じていた。
「俺みたいなヤツ…どこが良いんだよ」
 頬を撫でながらぽつりと零した啓太の言葉に、思いもよらなかった返答があった。
「…全部だよ」
「えっ!」
 開く事の無いと思っていた瞳が、不意に開かれた。
「啓太の良い所なんて、選べない」
「和希…」
 頬に添えられていた細い指に、自らの指を絡めて和希は嬉しそうに答えた。
「啓太こそ、俺のどこが良いんだよ」
 細められた瞳には相変わらずの優しい光が宿っていて、啓太の涙を誘う。
「…いつでも、どんな時でも…約束守って、くれる所…かな」
「色んな事件に巻き込んでもか?」
「え…色んなって…」
 その言葉が匂わす事柄に、啓太は目を見開いた。
「さっき石塚から聞いたよ。啓太、思い出したんだってな」
「…うん。和希も、思い出したんだな」
「俺は今日じゃなくて、ちょっと前には思い出してたんだ」
 知らされた事実に、啓太は頬を膨らませる。
「…なんだよ。なんで教えてくれなかったんだよ」
「…必要、無かったろ?あの時の俺達には」
 確かに過去など必要が無いと思っていた。今のお互いが全てだと。
「でも、それとこれとは違うだろ。和希の体の事なんだから」
「体が何ともなかったから、言わなかったんだよ」
 視線を絡めて、微笑みあう。揺るがなかったお互いの思いを噛み締めながら。
「啓太も、いつでも俺を見捨てないでいてくれるな」
「見捨てるって、なんだよ」
「こんな恐い事件に巻き込んでも、俺の傍に居てくれる」
 絡ませるだけだった指を引き寄せて、和希は唇を這わせる。時折ちゅっと軽い音をさせて、行為を示した。
「離れないよ、何があっても。和希から、離れられない…」
 そっと指を解いて、それまで指先が占拠していた唇へと啓太は思いを込めて顔を寄せた。寝ている和希の上に覆いかぶさる様にして口づける。
「…んっ」
 触れ合ってすぐに侵入して来た和希の舌に、啓太は甘い声を漏らしながら舌を絡め返す。4日前にも合わせた筈の唇は、何故か久しぶりの様な感覚がした。
 どんな事があっても、一緒に居られる。
 お互いを忘れて尚、求めあった。
 心から愛し合っていると、自信を持って誰にでも言える。
 お互いが唯一無二の存在だと伝え合うように、2人は長い間口付けあった───。




「…和希、熱あるだろ」
 絡めた舌から感じた熱が普段よりもずっと高かった事を、啓太は吐息まじりに告げる。
「そりゃぁ、刺されたんだからあるよ。消炎剤が効かないと下がらない」
「なら…俺の服の下に手を入れるのはヤメろ」
 それまでの甘い声は既になく、凛とした声で和希の行動を制する啓太が居た。
 キスの間に、いつの間にか和希の手は啓太の服の下へと忍ばされていたのだ。
「キスして来たのは啓太じゃないか」
「俺がキスするのと、和希が俺の服の下に手を入れるのと、どんな関係があるんだ」
「お前…キスってのは前戯だろ」
「キスの全部が前戯だって言うのなら、俺は二度と普通の時にはキスしない」
 言葉の通り、啓太はさっさと和希の上から体をどけてしまう。容赦なく離れた体温に、和希は眉を顰めた。
「それはちょっと、愛情足りないんじゃないか?」
「愛情を伝えようとすると前戯になるんだろ?仕方ないじゃないか」
「今は別に前戯でも問題ないだろ?」
「問題あるに決まってんだろ!ココどこだと思ってんだ!」
「ベッドの上。愛を確かめる所」
「病院のベッドは愛を確かめる場所じゃない!体を治す所だ!」
 未練がましい視線を送る和希に、啓太はいつもの調子でぺしっと軽く頭を叩いた。
「いてっ!」
 声を上げた和希に、啓太は呆れた声を出す。
「大げさだなぁ。そんなに強く叩いてないだろ」
「あの…刺されてるんで…響きます」
 顔を顰めて唸る和希に、啓太は小さく笑った。
 倒れた時の穏やかな無表情より、顔を顰めてくれていた方がずっと安心出来ると。
 生きているのだと実感出来る、その嬉しさ。
「じゃあ、余計に問題あるな?そんなんじゃ出来ないもんな?」
「…はい」
 欲求と現実に、和希はふざけて殊勝な返事をした。そんな様子に啓太は再び小さく笑った。いつでも変わらない2人の遣り取りが、何よりも愛おしい。この居心地のよさを確保する為なら何だって出来ると啓太は思う。それこそ、命を懸ける価値があると思った。それはまた、和希も思う事だった。お互いの隣が、いつでもお互いの場所。だからきっと、あしたもあさっても、ずっと未来も、となりに居るのはお互いなのだと笑いあった。





 和希が退院したのは二週間後だった。
 炎症反応も治まり、傷もあらかた塞がった和希は、二週間の時間を取り戻す為に忙しい毎日を送る嵌めになった。
 だが、この事件を切っ掛けに、啓太は和希と同居をする事になったのだ。理由は、取りあえず犯人は捕まったが、複数犯なのか単独犯なのかがハッキリと判明していなかった為、保身の為である。啓太の実家は個建てで、和希のマンションよりも防犯対策が練られていないことが主な理由だった。啓太は電車通学を車通学に変え、なるべく単独の行動を控える様にしている。
 そんな危ない状況だったのだが、当の和希と啓太は2人の時間が確保される事を喜んだ。和希がどんなに仕事が忙しくても、一日の終わりには顔を合わせる事が出来るのだ。それは、久しぶりの事だった。
「寮に居た時はよかったよなー」
 食後のコーヒーを飲みながら、啓太は少しの間、和希と共に寮で暮らしていた時の事を思い出していた。
「なんで?今と状況は変わらないじゃないか」
「ばっか。あの時はメシがちゃんと用意されてたじゃないか。今は自分で作らないと食えないんだもん」
 2人きりの生活と言えど、啓太にとっては初めて一人暮らしをした様な物だった。高校の寄宿で、なんとか洗濯は覚えていたものの、細かい家の中の清掃や食事の支度などは全くの初体験だったのである。だが、別に啓太が一人でやっている訳では当然ない。食事は早く帰って来た方が作る事に決めていたし、それ以外の清掃などは、どちらかと言うと和希が主になってこなしていた。
「メシくらい、自分で作ったって良いじゃないか」
「俺はまだ本見ながらじゃないと作れないから面倒くさい。それに、腹が減ってから食べられる時間までが辛い」
 上げ膳据え膳とまではいかなくとも、寮では時間になれば食事は用意されていて、空腹を覚えればすぐに食べる事が出来た。そして、実家に帰った後も、家に帰れば当然の様に食事は用意されていて、啓太が用意の時間を考える事は無かったのだ。
「啓太、実家に帰りたいのか?」
 啓太は19歳。まだ親元に居てもいい年ではある。
「…帰っちゃってもいい訳?」
「うーん、心情的には帰って欲しくないけどな」
 テーブルに肘をついて、少し拗ねているのか上目遣いで伺ってくる啓太を、和希は小さく笑いながら眺めた。
「心情的にはって…環境的にもヤバいんだろ?」
 元々、事件と言う切っ掛けがあったからこそ踏み切った同居である。
「一応、大丈夫だよ」
「大丈夫って…なんか進んだのか?」
「うん。身元もきちんと割れたし、その他捜査もかなり進んで、単独犯だって確定も出来た」
「へー」
 啓太とて当事者なのだが、これまであまり事件の事には関心を寄せてなかった。いつも捜査状況などは特に聞き返す事はなく、ただ終始の報告だけを求めていた。
「じゃあ、あの事故と和希を刺した人は、同じ人なんだ」
「まあ、そういう事だな」
「その人って、何者?」
「…俺が契約を切った会社の社長」
「契約を、切った?」
 和希の仕事は、啓太が知る限りでは学園の理事長職と、研究所の所長であった。故に、直接経営に関わる様な仕事の話を聞くのはこれが初めてだった。
「理事長と研究所の所長って、なんか会社と契約するもんなのか?」
「いや、その二つじゃなくて。啓太が学園に来るちょっと前まで、俺、システム開発の取締の一人もやってたんだよ。その時に、業績も上がらなくてクレームの多かった契約子会社をちょっと整理したんだ。こっちも慈善事業じゃないしな」
「ってことは、逆恨みじゃん」
「まあ、普通はそう取るな。でもま、向こうとしては裏切られたとでも思ったんだろ?生活もかかってる事だし。犯人の会社はその中でもかなり酷くて、結局鈴菱と契約が切れた後は、どことも契約出来なくて潰れたらしいから、生活苦も重なっての恨みだったらしいな」
 少しバツが悪そうに、和希は頬を掻きながら説明をした。
 和希は高校の頃の啓太を考えて、もしかしたら犯人に同情するかもしれないと思ったのだ。気の良い子供だった啓太は、自分が不利になる事でも何事も断れなかったのだ。
 だが、啓太の口から出て来た言葉は、和希の想像を裏切った。
「あー、やだねぇ。仕事にプライド持たないで、そんな事に執心するなんてさ」
「お、なんか一端の口きいてる」
「別に一端じゃないけどさ」
 照れているのか、啓太は手元にあったコーヒーの入っているマグカップを口元に運んで顔の赤さを誤摩化した。
「でも、最初の犯行はかなり成功率の高いものだったのに、なんでこの間のはあんなに成功率の低いものだったんだろう」
 高速道路上での交通事故は、かなりの確率で死に至る。犯人もそれを計算に入れた上での犯行だったのだろうが、昼日中、ましてや対人では、いくら臓器に届く位の刃渡りを持った刃物でも死に至らしめるのは容易い事ではない。腹圧の関係や、切り裂く時の抵抗の力は、殺人と言う事を考えて行動するのにはあまりにも不適切だ。普通に考えても分る様な事と、3年前の計画的な犯行との差を考えて、啓太は唸った。
「それは、かなり切羽詰まってたからだろうな。もう何かを考える余裕もなくなってたんじゃないか?」
 事故以来も、啓太には話していなかったが和希はそれなりに危険な目に遭って来ていた。マンションにSPが付いたのは、何もつい最近の事ではないのだ。
「きっとあの犯人、結構頭の良かった人なんじゃない?頭のいい人って切羽詰まるとバカ丸出しの突拍子も無い事するって言うしさ」
「啓太だって頭良いだろ。ああ、お前もかなり突拍子も無い事するな」
「それは和希にだけは言われたくありません」
 自分達の身に降り掛かった事だと言うのに、2人は笑いあった。それは今、幸せを実感出来ているからであろう。その身に受けた災いも、2人の絆を確認する様なものだったのだ。その上、和希は職業上起こった事は職業上の事と割り切る性格をしており、啓太はまた、過去の暗いものを引き摺る性格はしていない為に、何事も無かったかの様に今の幸せに酔う事が出来た。
「で、啓太は結局帰りたい訳?」
「別に帰りたい訳じゃないよ。やっぱり和希と一緒に居られる方がいいもん」
「じゃあ、また家政婦さん頼もうか?」
「そんなブルジョアジーな生活は性に合わない」
「じゃあ、どうするんだよ」
「それはこれから模索します」
 もしかしたらこれからも、何かが2人を襲うかもしれない。子供の頃から2人にはあらゆる障害がつきまとって来ているのだから。それでも、離れる事は無いのだろうと確信していた。いつでも事の後には、素晴らしい幸福が待っているのだ。
「啓太って、やっぱり運がいいんだな」
「なんだよ、急に」
 笑いの治まった和希は、感慨深く啓太の明るい笑顔を眺めて言った。突然の話題に、当の啓太はきょとんと和希を眺める。
「状況から考えても、今俺達が生きてる事が不思議な訳だろ?それなのに、こうして今俺達は笑っていられる。それに、あんな目に遭ったって言うのに、それさえも今の俺達を決める事柄になっちゃってるんだから、やっぱり啓太の運だと思うな」
「最初と最後が繋がってないよ、和希。もしかしたら和希の運かもしれないじゃないか」
「いや、絶対に啓太の運だね。だって、俺は一度啓太に振られてるからな」
「いつ俺が和希の事振ったよ」
 身に覚えの無い事を言われて、啓太は眉を顰める。
「今年、彼女作ったの誰だった?」
「…あー、まあ、それは…な?」
 ニヤニヤと勝ち誇った笑みを和希は浮かべる。だが、恋愛関係を忘れていた間に起こった事を言われても、啓太としても対処の仕様が無かった事なのだ。
「かっ和希だって隠れて女作ってたりしてただろ!?秘密主義は和希の専売特許だからな!」
「ざーんねん。俺はずーっと清い生活してました」
 和希の顔を見れば、啓太が記憶の無い間に彼女を作った事に対して怒っていないのは分ったが、暗に自分の方が想いが強いと言われて啓太はなんとか一矢報いようと頭を捻らせた。だが、当然の様にそれがかなう事はない。学力は上がっても、所詮は啓太は啓太なのだ。奸計に秀でる事はない。
「でっでも、なんでそれと俺の運が繋がるんだよ」
「啓太が『こうしたい』って思った事は叶えられるって事だよ。啓太が望んでくれたから、俺達はなんにも覚えてなかったのに付き合える事になった」
「…和希は望んでなかったのかよ」
「望んでたけど、啓太には彼女いたからなー」
「ぐっ…そんなに前から…」
 時間の話をされれば、啓太に勝ち目は無い。子供の頃の事といい、この3年の事といい、必ずと言っていい程和希の方が先なのだ。それは年の差もあるのだろうが、恋愛関係にある2人は、どちらかと言うと思いの強さとして捉えてしまう。
「彼女の事はいいとして…事故の時も、俺の事を啓太は守ってくれたろ?死んで欲しくないって思ったんだろ?」
「そりゃ、あたりまえじゃないか」
「だから、俺は生きてる…と思ってる」
 にっこり笑って過去を話す和希に、啓太は眉を顰めた。
「そんな、大げさだよ」
 確かに酷い事故だったとは思うが、啓太自身は何をしたとは思っていないのだ。ただ、事故の瞬間に和希の体を守っただけだと思っていた。だが、事の真相はそれだけでは済まなかったのだ。
「大げさじゃないよ。実はあの事故の時、会社の方に危険物が送りつけられる事件があったんだよ。俺の元居た部署宛にね。しかも、俺宛に。そんな事があったから俺に連絡を取ろうとしたらしいんだけど、あの頃俺、啓太と出かける時は携帯切ってたろ?しかもタイミング悪く、なんか行き先が勘違いされてたらしくて見つからなかったんだって。携帯も電源自体を切ってたからGPSも働かなくて、警察まで動員されてたらしい」
「えーっ!そんな大事になってたのか!?」
「そう。で、事故が起こる20分前にやっと居場所を掴んで、身の安全第一で道路封鎖もしたらしい」
「だからあの日、あんなに車が空いてたんだ…」
 行楽帰りの車で混雑している筈の時間に、周りには2、3台の車しか居なかった事を思い出す。
「そういう事。それで、あの事故だ。道路封鎖で他の車は安全を確保出来たけど、結局俺の身柄の安全は確保出来なかったって訳だ。高速を降りるインターンは分ってたから、そこで張り込んでたらしいんだけどな。犯人だってそのくらいの想像はつく。だからあそこで事故を起こさせたんだろう。車に火炎瓶投げつけてね」
「火炎瓶!?」
 物騒な物の代表の様な名前を聞いて、啓太は飛び上がった。
「だって!燃えなかったじゃないか!」
「燃えてたんだよ。車から離れた所で。啓太が火炎瓶がぶつかった瞬間に、多分無意識にサイドブレーキを引いてくれた御陰で車がスピンしたんだ。その遠心力で飛んだらしい」
「でも普通、ぶつかった瞬間に割れるだろ!」
「だから、それも不思議なんだよ。フロントガラスにぶつかった痕はあるのに、化学物反応は無かったんだ。運良く瓶底のガラスの厚い所が当たったのか、火炎瓶自体は車から離れた所で割れて、発火してた。…ちなみに、覚えてるか?あの旅行のとき、啓太があの車を選んだって」
 和希の所有する車は、当時3台だった。一つは安全制重視のセダンタイプ。もう一つは悪路用の四駆。そしてスピードを重視したスポーツタイプだった。普段は2人の旅行の時はセダンタイプで出かけていたのだが、その時に限って啓太はスポーツタイプの車で行きたがったのだ。安全性を考えて和希はいつもセダンを選んでいたのだが、旅行の直前で誰かと車の話をしたらしい啓太は、興味津々でそのリクエストをした。
「うん…覚えてるけど」
「いつものセダンだったら、サイドブレーキは足下だろ?あの車にしたから啓太があの行動をとれた。それに俺が見つかったのは、前に止まったサービスエリアで、啓太が派手にこけたから。その時の印象で、サービスエリアのスタッフが俺達の事を覚えてた。あのサービスエリアに止まったのだって、啓太が珍しくおかし忘れて腹減ったからだろ?混雑する場所の前に仕入れておこうって、珍しく駄々捏ねてた。色々な事が全くの偶然で起こって俺達は生きてるんだ。しかも、その偶然を選び取っていたのは、略啓太。おまけに言えば、あの直前、啓太が俺に話かけたろ?意識がそっちに向いたから、少しアクセルから足が離れたんだよな」
 和希の説明を聞いて、啓太は納得した。確かに啓太が選んだり行動した事によって、最悪の事態は避けて通っていたのだ。そして、考えていたよりも大事だった事件に、啓太は呆然と呟いた。
「わー、俺ってもしかして凄い?」
「凄い凄い。もう啓太様々。本当に、啓太の幸運が俺の命を取り留めてくれたんだと思うよ。俺の存在を啓太が心から望んでくれてたから、俺は今またこうやって、啓太と笑ってられる」
 和希の満面の笑みに、啓太もまた笑みを浮かべた。
 啓太自身、起こった幸運の全部が自分の御陰だとは思っていなかったが、それでも和希がこうして啓太と一緒に居られる事を喜んでくれている事が何よりも嬉しかった。
「俺も、和希が今生きててくれて嬉しいよ。それに、他にもいい事あったしな」
 付け加えられた啓太の予想外の言葉に、和希はきょとんと啓太を眺めた。
「他にもって…なんだよ」
「んー?…和希の免許証が見れた事」
「……あっ!」
 当時は犯人が割れていなかった事もあって、啓太の怪我についての加害者は全面的に和希になっていた。ということは当然、賠償問題などの事もあり、免許証のコピー、その他の身分証明が啓太や伊藤家に対して提出されていたのだ。見せられた当時は、啓太は和希に年齢を隠されていた事も忘れていたので何も思わなかったが、記憶が戻った今となってはラッキーな出来事となったのだ。
「いやー、あの頃あんなに年齢隠してた訳がわかったよ。すっきりさせてくれてありがとな」
「ちょっと待て!そんなに年じゃないだろ!」
「えー、高校生やるのには結構な年だったじゃないか。それに計画では去年まで高校生やるつもりだったんだろ?そりゃぁ隠すよなぁ」
「啓太!他の奴らには秘密だからな!」
「どーしよっかなー?さっき彼女の事でいじめられたし」
「いやっ!もう二度と口にしません!今啓太に愛されてるだけで俺は幸せです!」
 必死の形相の和希を、啓太は声を立てて笑った。
 経過や過去など、本当に些細な事なのだ。
 それが幸福か不幸かは、本人達の受け取り方次第。
 今2人は、幸せのとなりにいる──────。

 

 

END

 


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