8月の長い夜シリーズ

フェアリー・ナイト Act,1

2003.9.27UP




 めったに人に見せる事のない自分の愛車に啓太を乗せて、夜の高速を経由して走る事2時間。窓の外には闇に包まれた木々が立ち並んでいた。
「なんだかちょっと恐いね」
 助手席で静かに外を眺めていた啓太はぽつりとそんな台詞をこぼした。
「なにが?…お化けでも出そう?」
 優しい『兄』の顔で、深刻そうな台詞をちゃかしてみる。
「…場合によってはお化けより恐いかも」
 車内にくすりと静かな笑いが響く。
 …俺の事が恐いのか?
 隠しきれない気持ちが表に出てしまっているのかと少しひやりとした。
「和希さ、結婚しないの?」
 突然切り出された年相応の話に驚きを隠せない。
「え?何で?」
「だって、社会人になってしばらく経つんだろ?しかも和希、顔良いしさ。彼女位ホントはいるんじゃないかなって」
「…さっき電話で『カッコイイ』に疑問符を付けた人物の台詞とも思えないけど」
 ちょっとすねた感じでごまかしを試みる。
 結婚なんて、出来る訳がない。
 啓太以外愛せない俺には…
「『カッコイイイ』と『顔がイイ』は似てるようで違うと思うんだけど。俺は」
「どう違うんだよ。…“『カッコイイ』のはあの人みたいな事を言う”ってのはナシだぞ」
 ちらりと前方から視線をそらせて啓太の顔を覗くと、なんとも言えない不思議な笑顔だった。
 …?
 なんでそんな顔をするんだ?
「べつにあの人だってかっこ良くはないよ」
 そんな台詞を窓を開けながらぽつりと呟いた啓太は、今までの友人の顔はしていなかった。
「じゃあ啓太はあの人の何処が好きなんだよ」
「……」
 沈黙が二人の間に横たわる。
 珍しい現象に、みっともない位動揺している自分がおかしくなった。
「…啓太?」
 名前を呼ぶと、ため息が返ってきた。
「…言ったら和希俺の事、軽蔑するよ」
「…体とか?」
「タチじゃあるまいし、そんなことじゃないよ」
「…俺、啓太がタチだとは思ってなかったけど…初めてネコだって知ったよ」
 俺の言葉に真っ赤になっているだろう事は容易に想像がついた。
「いっ今のナシっ!聞かなかったよなっ!?和希っ!」
「さ〜て、どうしよっかな〜?」
「和希っ!」
「コレからは『かわいい』って言ってもダイジョウブかな〜?ネコだもんな〜」
「かずきぃ〜」
 ちょっと情けない啓太の声が、車内の雰囲気を明るくする。
 本当は知っていた事だけど知らない振りを続けて来た。
 時々見える、Yシャツの襟元から覗く赤い痕。
 そんな情事の痕は、俺の中の欲望を刺激しては消えて行っていた。




 山の中腹にある展望台ヘと車を滑り込ませた時には、既に時計は夜中の2時をさしていた。
 さすがにこんな時間には人の気配などある訳も無く。
 町の灯りを遥か下に望む誰もいないその場所は、啓太のお気に召したようだった。
「うわ〜っ!夜景きれいだな!」
「そりゃまあ、こんな高い所までくればね」
「…それを言ったら終わりじゃないか」
 カチッと音をたてて、煙草に火をつける。
 その仕草に時々啓太が見とれている事を知った上での喫煙だけど。
「…それにしても、和希って顔は童顔なのに煙草、似合うよな」
「…『童顔でも』って言うのは余計だよ。でも似合うのか?」
「うん。なんだかすごくサマになってる」
 好きな人にうっとりとそんな台詞をはかれて、その気にならない男がこの世にいたらお目にかかってみたい。
 思わず見つめあってしまった視線をそらす為に、大きく一口紫煙をすい込む。
 車のドアにもたれかかったままの体勢を利用して、不自然ではなく空を見上げる事が出来た。
 空に向かって吐き出した煙の先に普段は見なれない光景を見つけて、年がいも無く浮かれた感覚がふいに心を占める。
「すごい星の数だな」
 呟いた俺の言葉に反応して、それまで下をみていた啓太の視線が頭上に移った。
「ホントだ。山の上だからかな?」
「そうだろうな。障害物が無くても学園は海沿いだから空気はココ程は澄んでないからこんなに見る事は出来なかったな」

 二人並んで空を見上げる。
 昔、こんな事は毎晩していたのに。
 どうして今、こうしている事がこんなに嬉しいのだろう。
 二人で並んでいるコト事態は子供の頃となんら変りのない事なのに。
 変ってしまった俺の心がイケナイのか。
 それとも…

 どの位そうしていたか。
 ふいに隣の啓太の体がグラリと揺れる気配がした。
 続いて肩にかかる心地良い重み。
 その瞬間から素直な心臓は大きく脈打ち始めた。

 …コンナコトシタラ、ゴカイスルヨ?

「…どうした?眠くなったか?」
 どうしたって上擦りそうな声を、甘い声で押し殺す。
「…そうじゃないけど…ちょっと甘えさせて」
 ふわりと啓太の髪から香るシャンプーの匂いに理性が飛びそうになる。
「甘えるのはかまわないけど…急にどうしたんだ?」
「人肌ってさ、妙に恋しくなる時、ない?」
 そんな台詞、言ったらダメだよ。
「う〜ん、まぁ。たまにあるかな?」
 いつだってホシイヨ。…啓太のならね
「『たまに』なんだ…サスガ大人だね」
 笑いを含ませているけいたの台詞に胸が痛くなるのは何故なのか。
「そう言うってことは、啓太はしょっちゅうなんだ」
 いつものジョークに持っていこうとしたのに。
 口から出た言葉はどこか何時もと違っていた。
 その違いに気がついたのは、啓太の腕が絡みついて来たから…
「…啓太?」
 振りほどく事が出来ないその腕は、着実に俺の心を掻き乱して行く。

 …ソノキニナッテモイイノカ?

 危うく出そうになる本音を押しとどめて、子供にする様に髪を撫でる。
「…俺ね。ずっと思ってた事があるんだ」
「ん?」
 啓太の息が、薄い生地を通して肌に触れる。
「俺の事さ。一番愛してくれてるのって、和希だって思う」
 それは…どう言う意味でいってる?
 思わず向けてしまった視線の先では、啓太の視線が俺の考えを読み取ろうとしていた。
「…そんな事ないだろ?」
 在り来たりの返事しか出来ない俺を、啓太はくすりと笑って流す。
 分かってるんだね。
 その目は。でも相手がいるじゃないか。
 お前には俺以外に、体も心も開け渡している人がいるじゃないか。
「和希、考えてる事隠すの、下手になったよね」
「…そうか?」
 違うよ。
 啓太が俺の事を見るのが上手くなったんだよ。
 だからばれたんだ。
 この気持ちが…
「和希ってさ。俺と寝たいと思う訳?」
「…啓太、やめよう」
「和希、ゲイじゃないだろ?」
「啓太」
「俺の事、どう言う感じで見てる訳?」
「啓太っ」
 少し強い口調で会話を止めようとした。

 言ったからってどうなるって言うんだ。
 何も変りはしない。
 俺の気持ちが落ち着く事は、ない。
 逆に止められなくなる。
 きっと…

 夏の夜の湿った空気が、二人の間の沈黙をよけいに重い物にしていく。
 予想外にもその沈黙を破ったのは啓太の方だった。
「…俺、和希が望んでくれるなら…俺も和希と寝たい」
 やけを起こしているだけだろ?
 寂しさで、縋る所を求めているだけだろ?
 俺とは違うよ。
 啓太しかいらないんだ。
 これから先、啓太以外いらない俺にとなんてダメだよ。
 心の中でははっきり理性的に言えるのに。
 言葉にする事が出来なかった。
「…なにいってるんだよ、啓太」
 震える声でそれだけを伝える。
 それが精一杯。
 ポケットから再び煙草を取り出して、気持ちを紛らわせる為に一本口にくわえる。
 吸い込むと震えは止まった。
 中毒って、こう言う所から始まるのかな、なんて考えられる程余裕も出て。
「…いつから気が付いてた?」
 視線を足下に落として、ため息まじりに聞いてみる。
「学期末位かな。…和希、キスマーク見て、何にも言わないで視線逸らしたから」
「そっか…」
 そんな些細な所まで見ているとは思っていなかったよ。
 啓太に関しては誤算が多すぎる。
「で、そんな俺が哀れになって一晩申し出てくれた訳?啓太は」
 心がないなら体はいらないと思っているのに。
 そんな事でこの気持ちが収まるなら、とっくに収まっている。
「珍しく酷い事言うね。和希」
「そうか?」
 ちょっとキツイ言葉だとは自分でも思った。
 だけど、啓太の為だけじゃなくて、俺の為にもこの申し出だけは突き放したい。
「俺も和希の事、愛してるって言っただろ?」
「意味が違うだろ」
「…違わないよ。『寝たい』と思う意味で愛してるんだから」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
 状況が物語っている事を、啓太はハッキリと否定する。
 何故そこまでして突き通す必要がある?
「…信じないならそれでも良い。でも俺、和希と寝たい」
 近付いて来た啓太の顔を、避ける事は出来なかった。
 夢の中で何度も合わせた唇は、現実には驚く程柔らかくて。
 誘う様に滑り込んで来た舌は、甘い密の味がした。
 理性なんて、もう効かない。
「んっ…」
 キスの合間の啓太の吐息が、夢と現実の境を消していく。
 啓太の足から力が抜けて俺の首に回されている腕に力が入り始めた頃、唇を離した。
「…和希、お願いがあるんだ」
「…何?」
 キスの余韻で少し掠れた声が、更なる情欲を誘う。
「俺が和希の事愛してるって言うのだけは信じて」
 俯き加減の瞳の上で、少し震えながら睫が濃い影を落としている。
 返事の代わりに再び唇を合わせた。

 

 

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