大人の階段

※女体化要素あり(作中ではしてません)
※リバ表現あり
※言わずもがなですが、和希が変態

以上の事を踏まえて、大丈夫な方はお読み下さい。


2010.05.11UP



 


「俺、啓太の事を、心から愛しているんだ」

 5月4日の夜、和希は心痛な面持ちで啓太に告白した。
 だが、言われた啓太は首を傾げる。
 何故ならその言葉は、いつも言われている言葉だったからだ。
 付き合い初めの、思春期真っただ中の16歳の頃にいきなり言われたのであれば、頬を染めたりの可愛らしい行動も出来よう物だが、既に数年経ってしまっている今では、その言葉は特別な物ではなく、日常の遣り取りに普通に出てくる言葉に成り下がっていた。

 首を傾げた啓太の前に、和希は懐から一つの瓶を取り出した。
 それを、高校を卒業して普通に同棲を始めた二人の愛の巣のリビングテーブルの上に置く。
 ラベルが市販の物ではないソレを、啓太は相変わらず斜めの視界の中で見つめる。
「明日は啓太の誕生日だから、俺は誕生日プレゼントとして、啓太に俺の男としての一生を捧げようと思う」
「……男としての、一生?」
 溢れた和希の言葉に、啓太は更に首を傾げる。
 同棲をする時に、既に二人で話し合い済みな事を繰り返されて、首を傾げない訳が無い。
 婚姻は出来ないが、それでもお互いを生涯のパートナーとしようと、誓い合っているのだ。
 そんな話し合いがあれば、一生など、お互いに捧げているのと同じだ。
「……それって、何? 実は隠れて女がいたとかの落ち?」
 啓太以外にはもう勃たないと豪語していたのにと、少し不穏な事を想定して発した啓太の言葉は、和希がぶんぶんと音が立ちそうな程横に振った首で否定された。
 ならば、何。
 そう思って、テーブルの上に置かれた瓶を、啓太は手に取った。
 ラベルには意味不明な数字のみが配置されていて、他に説明は無い。
 くるくると瓶を回してみるが、ありがちな効用説明も無かった。
 啓太が眺めているソレを更に和希は眺めながら、口を開いた。
「啓太の為に俺、ソレを飲んで、家族計画を立てる」
「家族計画ぅ?」
 男同士の自分達にはこれほど関係のない言葉は無いだろうと繰り返せば、和希は相変わらず心痛な面持ちで頷いた。
「俺達は所詮ホモなだけで、性同一性障害じゃない。でもだからこそ、先が無い。だから俺は決めたんだ」
 決死の覚悟と言っても過言ではないその表情に、啓太は瓶のフタをあけてみて、中の物を知ろうと試みる。
 試しに匂いを嗅いでみたが、何か特別な物は無かった。
 強いて言えば、よくある胃腸薬の様な匂いが鼻を突いて、その瓶が使い回しであると訴えているくらいである。
 更に啓太が説明を求めれば、震える声で和希は啓太に告白したのだ。

「俺、啓太の子供産む。家族をお前にプレゼントするよ」
「…………」

 瓶の中身は、その言葉で何となく分った。
 普通ならあり得ない、非現実的な事だが、ソレをやってのけられる人物を啓太は知っている。
 恩師、海野聡。
 アインシュタインも真っ青な、超天才。
 超絶童顔の、御年28歳。(外見年齢、いまだに15歳前後)
 愛らしい外見にうっかりほだされれば、その人物は間違いなく彼の人体実験の材料になってしまうと言う、マッドサイエンティストだ。
 生物兵器(啓太の認識)を得意とする彼ならば、生物の根幹を担う性別の変更など、簡単に計算出来、更に実現させられるのだろう。
 そんな人を、和希は部下に持っている。
 つまりは、夢物語を現実に変えられるのだ。

 馬鹿馬鹿しい。
 啓太の第一感想はソレだった。
 それでも和希の顔は真剣で、呆れながらも啓太は答えた。
「……いらない」
「なんでだよ。一緒に住んでもう2年経つ。そろそろ普通なら家族とかって流れだろ。だから今年の啓太の誕生日は、俺の男を……」
「いらないよ。大体なんで子供? 俺、まだそんなの考えられないんだけど」
 啓太はまだ大学二年だ。
 コレから大学生活だって二年残っていて、更にその後に就職活動をしたりと、無限の将来の可能性が広がっている。
 それなのに子持ちになるなど、お祝いではなく嫌がらせでしかない。
 しかも、二人の夜の立場を考えれば、何故和希が子供を産むと言う思考になるのか分らない。
 この先一生、自分に欲求不満を抱えて過ごせと言うのかと、その瓶をテーブルに適当に置いた。
「俺達の愛の結晶だぞ! 俺を愛してるなら、普通は欲しいだろ!」
「いや確かに和希の事は愛してるけど、結晶はいらないよ。年取ったら分んないけど、今は確実にいらない。ソレに和希のが無くなるって、これから先、俺にどうしろって言うんだよ」
 そもそも男同士なのだ。
 そんなモノは望むだけ不毛だ。
 啓太はそう思っていた。
「俺は欲しいんだ! 啓太との愛の結晶だぞ!」
「ソレは和希の望みだろ。俺のじゃない」
「だけど、俺が産むならそろそろ三十路の声が聞こえるし、限界だろ。三十路超えての出産はキツいって聞くし……だから、誕生日プレゼントにっ」
 血の涙を流しそうな和希に、啓太はもう視線を送る事もヤメた。
「なら、ソレは和希の誕生日プレゼントだろ。俺はまだやっと明日二十歳になるの。考えられない。今年の誕生日は、ケーキバイキングに行ければそれでいいの」
 きっぱりと言い切って、話を終らせた。

 だが、啓太のその言葉で、和希の顔が素晴らしく輝いた。
 なんだろう、とは思ったが、そこはやはり啓太だった。
 自分の誕生日の話からは想像がつかず、首を傾げて手にしていたコーヒーを一口含む。
 猫舌の啓太に丁度いい温度のソレを飲み下して、マグカップをテーブルに置くと、何故かいきなり抱きしめられた。
「啓太! 愛してる!」
 突飛な行動と突飛な愛の言葉だが、いい加減慣れてしまっていて、「はいはい」と流して、啓太はテレビを付けようとした。
 見たい番組があったのだ。
 その行動は、再びの和希のいきなりのキスに阻まれる。
 とにかく日頃からスキンシップ過剰な男なだけに、啓太はいつも通り、ああ、今キスしたい気分なんだと受け入れた。

 その啓太の諦めが、雌雄を決した。

 任せていた口腔に、違和感を覚える。
 はっと気が付いた時には、固形物が啓太の喉を下っていた。
 慌てて和希を引き離すが、時既に遅し。
 喉にも違和感は無くなっていたのだ。

 前の話の流れから、ソレが何かなど、聞かなくとも分る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」
 あまりの事に口元を抑えて、愛している筈の男を見つめる。
 その啓太の視線を受けて、和希はうっとりと啓太の頬を撫でた。
「もう、全部まとめて愛してる。一生かけて啓太を愛するよ」
 溶けそうな瞳が、啓太を絶望に突き落とした。
 自分の頭から血の気が引く音を、確かに聞いた。

 啓太は慌てて立上がり、トイレに駆け込む。
 飲み下した物を何とか吐き出したく、便器に頭を突っ込んで、聞き及んでいた嘔吐の方法をとろうと、喉の奥に指を突っ込んでみたが、結局は知識でしか知らないその方法を自分で出来る訳も無く、ウゴウゴと意味不明の遠吠えを繰り返した。
 開けっ放しのトイレのドアから、和希はゆっくりと追いかけて来て最後通告を言い渡した。
「あ、それ、舌禍と食道で殆ど吸収されちゃうから、吐いても無駄だよ」
 心底嬉しそうに言われて、啓太は絶叫した。
「なんて事するんだよ! 俺は女になんかなりたくない!」
「来月の俺の誕生日に妊娠してくれるんだろ? さっき言ったじゃないか」
「俺がするなんて言ってない! しかも来月なんてもっと言ってないー!」
「だって、俺の誕生日プレゼントだって言っただろ? なんで俺が、自分の誕生日に痛い思いしなきゃならないんだよ。普通啓太だって思うだろ」
「思わないだろ! 欲しいのは和希なんだから、自分で産め!」
「もう遅いの。明日の朝には啓太は女性に大変身! まあ、勘違いは悪かったけど、諦めてくれ」
 何が勘違いだ。
 絶対に故意の行為だ。
 しれっと自分の思う通りに事を進めるのが、和希の和希たる所以なのだ。
 長い付き合いの啓太には、コレでもかと言う程叩き込まれていた。

 絶望のあまりに、目眩がする。
 それでもトイレと友達になり続けるのも無駄な事らしいので、ふらふらとリビングに戻る。
 その間、手を差し出して来た和希の手は、当然力一杯たたき落としてやった。
 ソファに座り込んで、呆然とする。
 自分の男としての運命が、終ろうとしているのだ。
 だがそこで、ふと疑問を感じた。
「あれ……舌禍吸収って事は、和希も女になるんじゃないのか?」
 口移しで与えられた薬に疑問を覚えれば、和希はにっこりと笑ってポケットから一つの包装を取り出す。
「……オブラート……」
 粉薬が飲めない子供の為の、口内を薬から守るそのでんぷんのシートの名前を、棒読みする。
「ちゃんとオブラートごと啓太に飲ませたから、俺の啓太を喜ばせる器官は安全だ」
 知恵の回る人間は、コレだから嫌だ。
 そうは思ったが、それ以上言葉を考える事も出来ない。
「……射精出来ないって……俺、この先どうしたら……」
 どういう体の変化をもたらすのかは分らないが、出所を想像すれば、おそらく完璧に女性になってしまうのだろうと想像して、普段の生活習慣を思い浮かべる。
 啓太自体は、和希との付き合いで、そこを活用する事は無い。
 ラッキーボーイの啓太は、和希と付き合うまでに実は一時期彼女がいた事があり、男としての機能は一応使用済みだった。
 だが別に、この先突っ込みたい訳ではない。
 女の肉は、啓太に普通に男の欲求を満たしてくれはしたが、別にソレを啓太自身は特別気持ちいいとは思わなかったのだ。
 その後、和希と付き合うようになり、もたらされた性行為に、満足していた。
 自分にはコレが合うと、納得していた。
 付き合って長い間に、啓太を思った和希が何度かポジションチェンジを言い出して、一応していたが、やはりソレは啓太の心に刺激は与えなかった。
 抱かれる方が自分には合うと、再認識させただけだった。
 つまりはマグロが大好きなのだ。
 しかも、ポジションチェンジを言い出した和希自身が、本気で啓太の事だけを思ってその行動に出て、ハンカチを噛み締める勢いで耐えていたのも知っている。
 故に啓太は、抱く事に、己を包む肉の暖かさに固執は無い。
 だが、ソレとコレは同じではない。
 射精の快感が無いのがどういう事かが想像がつかないのだ。
 和希も言ったが、啓太もネコ専になってしまってはいるが、女になりたい人物ではない。
 男として、そこを使用するのが好きなのだ。
 頭を抱えた啓太に、和希は爽やかに説明を施す。
「大丈夫だって。一説によると、男より女の方が快感が強いんだって。えっちな啓太にはぴったりだろ」
「俺がえっちなのは認める。だけど俺は出したいんだ! アナルの前立腺刺激が、これ以上無く好きなの! 女には無いだろ!」
「だけど別のスポットがあるだろ? 大丈夫だって。俺に任せとけ」
「嫌だ! 俺はアナルがいい!」
「俺は啓太ならどっちでもいいけどさ。まあ、明日の誕生日プレゼントに事欠かなくなったのだけは、俺特かな?」
「俺の誕生日に和希が特になってどうするんだよ!」
 わーっと思いっきり泣ければいいと、啓太は思った。
 だが人間は、ショックが大きければ大きい程、感情すら思い通りにならなくなるのだと、このとき知った。

 人生の中で、最悪な誕生日だ。

 以前、友人の滝俊介に言われた言葉を啓太は思い出した。
 幸運と不運は、平等に訪れる。
 今までの幸運が、全て相殺されるであろう今回の事に、全身の力が抜ける。
 そんな啓太を置いて、和希は一人で楽しそうであった。

「明日はショッピングに行こうな! 可愛い洋服、いっぱい買おう!」

 朝起きたらスリーサイズをチェックして、などと、勝手に盛り上がっている。
 ちらりと時計を見れば、深夜12時を過ぎて、啓太の誕生日になっている事を知った。
 そして啓太は気が付いた。
「……俺、誕生日プレゼント、欲しい物できた」
 啓太の呟きに、和希は嬉々として啓太の顔を覗き込む。
「なんだ? 啓太の望みなら何でも叶えるよ! シャネルのスーツをダースででも、何ならジバンシーにオーダーするのもいいな! アソコなら、紳士物と同じ生地で作ってくれるし!」
 そんなモノは、オーダーメイドならどこのメーカーでもやっているので、和希の好みなだけだ。
 あくまでも女物の洋服と切らない和希の言葉に、啓太は切れた。

「男に戻れる薬、直ぐに作らせろー!」

 何が楽しくて、自分の誕生日に違和感のある性別にならなければいけないのか。
 更に何が楽しくて、自分が女物の洋服を着なければいけないのか。
 誕生日プレゼントとして要求したソレは、それでも一応受け入れられた。
「うん、わかった。明日早速頼んでおく。だけど戻る前に、折角だから3人位は産んでおいて」
「産みたくない! 子供が欲しいなら自分で産め! その為なら突っ込んでやるから!」
「啓太のセックスも魅力的だけど、俺、痛いの嫌いだからなぁ。産むのは啓太に捧げる以外は嫌だ」
「自分が嫌な事を俺にさせるのか!?」
「啓太なら平気だって。お前、痛いのだって好きだろ。ソレになんと言っても幸運の化身みたいな啓太なら、自分の望む通りの出産が出来るって」
 楽しそうな和希に、啓太はがっくりと項垂れる。

 ああ、神様。
 願わくば、今すぐこの男を嫌いにさせて下さい。

 そう祈るが、結局啓太はこの和希の自由奔放な性格が好きで、また和希とのリードされるセックスも好きな訳で、どうにもならない。
 哀れな自分を思いながらも、時間は刻一刻と過ぎ去って行って、啓太のリミットを知らせる。

 幼い頃から夢見ていた成人を迎える誕生日。
 啓太は思ってもいなかった方向に、大人の階段を上ってしまうのだった。

 

 

 

END




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