2007.03.14up



 

 俺は今日は朝から大忙しだ。
 それは、先月のバレンタインデーに、山ほどチョコを貰ってしまったからだ。
 でも、別にモテてる訳じゃない。
 だって、チョコをくれたのは皆男だから…。
 あ、誰だ?そこで「寂しいヤツ」とか呟いた人は!
 言われなくても俺が一番思ってるんだ!


 と言う訳で、本日俺は大きな紙袋持参で登校している。
 中身はホワイトデーのお返し。
 小さなラッピングがいっぱいに詰まってるんだけど、実際には俺だけで用意した物じゃなかったりする。
 ラッピング用品とラッピング自体は和希が用意してやってくれたし、中身は成瀬さんの手作りクッキー。あ、取りあえず材料費は渡させてもらったけどな。流石にその位はしないと、俺のお返しにならないし。ちなみに何で成瀬さんが俺のお返しを作ってくれたかって言うと、成瀬さん自身がお返しを作るついでだって言ってくれたからだ。成瀬さんはすっごいモテル。バレンタインの日なんか、小包の配達袋3個分が寮に届いた位だ。ちなみに一袋30Kg入るらしい。しかもちゃんと全部女の子から届くって言うんだから、そりゃもうびっくりな訳だ。俺のオフザケとは訳が違うね。まあそんな話を和希にしたら、『それじゃあラッピングは俺がやってやる』なんて言い出してくれて、不器用者で金銭的ゆとりもあんまり(と言うか全然)持ち合わせていない俺的には大助かりになった。成瀬さんへのお返しは、肉体労働にしてもらったけど。何と言ってもそれだけのお返しをしなくちゃいけない成瀬さんは、ラッピングだって一人でやるのは大変な訳で。俺と和希と成瀬さんと三人で流れ作業。テニス部の練習が終わった瞬間から点呼ギリギリまでしゃかりきになって三人で作業した。ココで可哀相なのは和希かなとか思われそうだけど、実は和希のお返しも成瀬さんの手作りクッキーになったので、三人平等な訳だ。
 そんなこんなで無事にお返しを用意出来た俺は、本日朝から挨拶回りに励んでいる。
 まずはクラスメイト。
 愛人一号は成瀬さんだから、二号から順に渡していく。
「うわー!クッキーだよ!」
「これ、伊藤が作ったのか!?」
「乙女なラッピングだー!」
 と、様々な感嘆の声をあげて頂けて感無量です。
 いや、男子高に来てこんな事になるなんて俺も思いませんでした。
 お返しにまわる間、ずーっと和希が後ろで荷物持ちしてくれてた御陰で、なんとか昼までには2年生の分まで配り終えた。
 あとは、卒業式が終わったから教室棟にこなくなった3年だ。でも3年の人の分は寮の部屋に置いてきているから、夜に渡せばオッケーな訳で、放課後からは俺も和希と一緒に理事長室に出勤した。目的は当然和希のお返し。今度は俺が荷物持ちをしようと思って同行した。…んだけど、結局和希が急ぎの仕事が入ってしまったので、秘書室やエンジニアルームには俺一人で行く嵌めになった。俺がお返しに参上すると、ちょっと女の人からの視線が痛かった。仕方ないじゃん。和希、忙しいんだから。でも、優しい美人なお姉さんが俺にお茶を入れてくれたりして、ちゃんと配る事が出来たから良かったけど。
「伊藤君も今日はお返し大変だったんでしょ?」
「和希様のお手伝い、大変ね」
「これ、どなたが作ったか知ってらっしゃる?」
 秘書室の中では俺は和希の弟分に見られてるから、あれやこれやと質問攻めにあうんだけど、別に不快なものはない。全部ちゃんと説明したら、お姉様方は笑っていた。それで、お返しを渡しに来た俺に来客用のお菓子をくれたりして、ちょっとラッキーな気分も味わえた。世間の義理行事も大切なんだなー。
 秘書室で和やかにおしゃべりさせてもらっていたら、石塚さんが理事長室から帰って来た。
「伊藤君、和希様がお待ちですよ」
 この人だけは俺と和希の関係を知っている。まあ、年中和希と行動を一緒にしなくちゃいけない第一秘書様だからな。バレても仕方ないんだケド。
 石塚さんの言葉を受けて、俺はいそいそと理事長室に戻った。
「お帰り。ありがとな」
 パソコンから顔もあげずに和希は俺に礼を言う。普段はどんなに書類を見ていようが、電話応対をしていようが必ず視線を一度は俺に向けてくれるんだけど、こんな仕草な時は、大抵不満を抱えている時だ。
「サーバー棟の人には全員配り終えたよ」
「うん。こんなに時間がかかるなんて悪かったな」
 …ああ、お姉様方とおしゃべりしたのが気に食わないのか。俺なんか相手にされる訳もないのに。
 和希の不機嫌を治そうと、俺は給湯室に行ってコーヒーを入れてあげる事にした。それに秘書室で貰った来客用のお菓子も付けてあげる事にして、お盆を持って和希のそばに寄る。
 お盆を机の上に置いたら、和希は俺の腰を急に引き寄せた。
「うわっ…なんだよっ」
「誰とこんなに話してたんだ?」
「秘書室の渡辺さんだよ」
 今の所、秘書室の中では石塚さんの次に俺に構ってくれる人だ。凄い優しいお姉さんで、いっつも俺は甘やかされてる。でも実は、彼女も和希狙いなんだと俺は知っている。俺に優しくするのには他意はないみたいだけど…。俺ってば心広いよな。
「へぇー。随分仲良いんだな」
「別に、仲良いって訳じゃないよ。会えば挨拶してくれるし、ちょっとお茶も出してくれるくらいだよ」
「ふぅーん。啓太、可愛いからなぁ」
 ああ、俺に比べてこの和希の心の狭さ。しかも何故か俺の周りにいる人は全員俺に気があると思ってるあたり、どうにかしてくれってな所だ。
「では理事長。今日受けた質問に付いてご報告しまーす」
 ちょっと戯けて敬礼なんかもしてみると、和希はきょとんと可愛い顔をした。なんでこう、憎めないかなぁ。
「まずその一。『和希様のお好きな食べ物ってご存知?』」
 質問した人の仕草までマネして和希に答えさせる。
「ハンバーグ」
 即答した和希に笑って、俺は答えの内容を伝える。
「…って答えたら和希のイメージぶちこわすから、一応『甘いものは好きじゃないみたいです』って答えておいた」
「別に、壊してくれても良いよ」
「いや、人間イメージって大切だと思うぞ?…ではその二。『和希様って、休日はどんな風にお過しなのかしら』」
「啓太とゲーセン」
 またもや即答の和希に、俺もまたもや笑ってしまう。
「それも答えたら和希のイメージぶちこわしだから、『俺に付き合ってくれてるか、手芸やってます』って答えておいた」
「別に、ゲーセンは啓太に付き合ってるだけじゃないけどな。結構面白いと思ってるよ?」
 それは知ってます。最近はロボットものの格闘にハマってるのもわかってます。ちなみに俺は勝てません。
「ではその三。『和希様って、お付き合いされていらっしゃる方とかいるのかしら?』」
「啓太の事を愛してます」
 これは即答してくれないと困るんだけど、なんだか照れくさい。
「そんな事を答えた日には、俺はあそこで生涯を閉じなきゃいけなくなる」
「じゃあ、なんて答えたんだよ」
 ちょっと不貞腐れ声の和希に、最後の仕上げ。
「『ああ見えて純情路線の人だから、初恋の人をいまだに思ってます』って言っておいた」
 俺の答えに、和希はぷっと吹き出した。
「俺、純情路線なんだ」
「違うのか?」
「『初恋の人をいまだに思ってる』って言うのは、間違いじゃないけどな」
「だろ?俺は嘘はついてないもん」
 その初恋の人が俺だって言わないだけで。
 二人だけの秘密に、笑みが浮かぶ。
 あ、石塚さんは知ってるのかな?
「二人だけの秘密だよ」
 和希も時々超能力あるんだよなー。なんにも言ってないのに、俺の考えてる事の答えを言ってくれる。俺の周りって超能力者だらけ。
 二人でくすくす笑って、唇を合わせる。
 最初はチュって軽く一度合わせて、改めて舌を絡める。これもいつものパターン。でも、場所を考えたらこの後のいつものパターンはちょっとヤバいって思うケド。
 気が付いたら本格的に和希の膝に乗っちゃってて、逃げられる訳もなくなっていた。
 ベッドが恋しいなーって思ってたら、またもや和希の超能力発揮。
「部屋に、帰ろっか」
「仕事、大丈夫なのかよ」
「今日はホワイトデーだろ?仕事より恋人」
 それは、世間の社会人が聞いたら激怒するぞ?
 研究所の人へのお返しは石塚さんに頼んで、二人で手をつないで寮まで歩いた。
「あ、でも先に3年生の所に行かなくちゃ」
「明日でもいいじゃないか」
「ダメだよ。世間の義理行事も大切だろ?」
「世間の義理行事より恋人の方が大切だと思うんだけど」
 二人の時間が大切なのは別にこの日だけじゃないと思う訳で、俺は義理行事を先にする事を決定した。
「夜、和希にあげるお返しもあるからさ」
「俺だってちゃんと用意してあるよ」
 だから、夜は二人っきりだって約束をして。


 2月3月は寒い季節だけど、俺達には一足先の春の到来だった。

 

 

 

END




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