帰り道


2005.8.13UP



 

「啓太。サービスエリアに着いたぞ。一旦起きて」
 不意に耳に届いた言葉に、自分が眠ってしまっていた事に気が付いた。
「あ、ごめん。俺、寝てたね」
 二人で行った海水浴の帰り道。和希のあやつる車の助手席は、とても落ち着けて。
 気が付かないうちに眠ってしまっていた。
「いいんだよ。ホントはそのまま寝かせてあげたいとも思ったんだけど、こんな時間だからさ。軽くなんか食べない?」
 促されて目線を向けた時計は、午後8時を掲示していた。
「うわっ、結構渋滞ひどかったんだ」
「まあ、この時期だからね。特に海の帰りなんて、こんなもんだろ?」
 つい今朝方まで仕事をしていたというのに、和希はなんてことないような表情で、そう言ってのけた。
 これが自分だったら、どうだったろうかと思う。
 疲れていない筈がない。
 仕事と恋人。両立させることのいかに難しいか。
 まだ学生とは言え、同じ男としてそれくらいの想像は簡単につく。
 夏の風物詩の一つ、海へ遊びに行く計画は、和希から出たものだったが、同じように遊び疲れた恋人が、自分が眠気を我慢している横で気持ちよさそうに寝ていたら、少しは腹が立たないのだろうか。
 俺だったら絶対に不機嫌になる。
 なのに、和希のこの余裕はいったいどこからくるのだろう。
「ほんとにゴメン。寝るつもりなかったんだけど・・・」
 夜だというのに人で賑わう高速道路のサービスエリアを、二人、連れ立って歩きながら、心から謝罪した。
「だから、いいんだって。そんなに疲れるほど楽しんでもらえたら、男冥利につきるってものだよ?恋人君?」
 人から見えない車の影で、軽くほほにキスをしながら、和希は楽しそうに俺の申し訳なさそうな顔を眺める。
 それでも、俺の罪悪感は消えない。
 だって、消えるわけがないじゃないか。
 俺は、その分和希に楽しんでもらえなかった気がするんだから。
「なに食べる?二階にはファミレスもあるみたいだけど、どの店に入る?」
 うつむいたままの俺に、和希は何も気が付かないように話をふるが、何となく答える気にもならなかった。それが余計に、和希を楽しませられないって事につながるってわかってても。
 つまらない意地だって分かってる。
 本当に、和希はいつも俺を楽しませてくれるから。
 俺の年で楽しめる事を、いつも用意してくれるから。
 だから、俺だって和希の年で楽しめることを用意してあげたい。
 車の運転はまだできないけど。せめて隣で楽しめる会話くらい、提供したかったんだ。
 可愛い彼女じゃないけど、愛しあってるわけだから、隣から飲み物を気にしたりとか、お菓子を口に運んであげるとか位はしたかったんだ。
 なのに、結果はこれ。
 このままじゃ、同じ男として情けないじゃないか。
「・・・啓太?お腹すいてない?」
 和希が心配層に俺の様子を見ている。
 せめて、答えなきゃ。
 答えなきゃいけないのに。
「・・・けいた」
 相変わらず何も言わない俺の頭を一撫でして、和希は優しく耳元でささやいてくれた。
「俺が啓太にして欲しいこと、知りたい?」
 そんなの、いつも言ってるじゃないか。決まりきったように、俺に負担をかけない様な事を。
「まずは、寝て欲しい」
 ほらね。いつもこれだ。
「理由は、啓太の寝顔が好きだから。啓太の寝顔みると、『ああ、本当にあのときの子供なんだな』って確認できるからさ」
 続いた言葉は、いつもと違っていて、思わず顔を上げてしまった。
「別に今の啓太が、あのときの啓太じゃなくても好きにはなってたんだろうけどさ。やっぱりこう、優しい思い出にも浸りたくなる瞬間ってのがあるんだよ。俺、乙女だから」
 けらけらと笑いながら、和希はさり気なく俺の腰に手を回す。
「それと、もっと俺のことで悩んで欲しい」
「・・・これ以上、どうやって悩めって?」
 自然と開いた口に、自分でも不思議な気分で和希の目を見つめる。
「もっと。いつでも頭の中が俺でいっぱいになる位、悩んで?」
 暗に独占欲を主張する和希に、思わず笑ってしまった。
 だって、こんなにいつでも和希のことを考えているのに。
 これ以上なんて、無理な話なのに。
「それと・・・まあ、これはホントに出来る時でいいんだけど。・・・朝、一番に「おはよう」って言って欲しい」
 起き抜けの少し枯れた啓太の声が好きなんだと、頬を少し染めて、ぴったりあっていた視線を反らせながら言った和希が、なんだかとても可愛くて。
 今まで考えていた事なんて、ホントに些細な事で。
 さらに和希にはどうでもいい事だって分かってしまって。
 どうでもいい、というか、俺も和希の年で楽しめる事を、きちんと提供できていたらしい事が分かって。
 『男だから』とか、『女だから』とか、こんなに愛し合っていられれば、相手にとって何が本当の幸いかなんて、簡単に分かる事なのに。
 本当にどうでもいい、つまらない意地を張った自分が恥ずかしくなった。
 二人、言葉もなく頬を染めあっている現状を、周りは興味本位で眺めては通り過ぎて行く。
「・・・明日、仕事なかったんだよね?」
 自分で考えていた『してあげたいこと』が出来なかった代わりに、俺はその日帰る筈だった実家に携帯電話の電波を飛ばした。

 

 

 

 

END




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