100000HITお礼──3年目シリーズ──

あの日に帰りたい

就職して3年目<王啓>

2007.3.24UP



 俺、伊藤啓太が鈴菱和希様付き秘書になって3年です。
 就職先をここにしたのは、まあ強いご要望があっての事だったけど、すっごいやりがいがあるので仕事には不満はないです。上司の石塚さんもいい人だし、当然和希も俺に甘い。仕事に関しては甘くないけど。
 でもこの仕事はとにかく忙しい。
 和希の予定に合わせるから、休日出勤も当たり前。
 そろそろ休日振替だけで1ヶ月は休めそうだ。
 そんな生活な訳だから、恋人と会う時間はもの凄く少ない。
 高校からの付き合いだから、そんなに頻繁に会わなくてもいいだろうって意見もあるかもしれないけど、そんな事はこれっぽっちも思えない。
 俺の恋人丹羽哲也君は、只今警視庁公安勤務2年目。
 最初の2年は警視庁少年課にいたんだけど、まあ出世コースなのかな?2年前に移動になって、自分の父親を上司に持ってしまって不満を爆発させてる。元々お父さんとは仲良過ぎで喧嘩ばっかりしてたからな。家でも職場でも同じ事をしてるみたい。
 って、そんな話を聞いたのは既に1ヶ月前。
 この間のテッちゃんのお休みには、俺は海外出張中だったから会えなくて、しかも電話すら時差の関係でする事が出来なかった。
 寂しい。
 すっごく寂しい。
 俺は時間不定期、休み不定期で、愛しのテッちゃんも休み不定期、夜勤有りだから、本当にバラバラな生活。
 学生時代に戻りたいなーとか、本気で思ってしまう。
 二人で行った釣りとか、旅行とかは本当に楽しかった。
 暇さえあれば、二人でいちゃいちゃ。
 あの頃だってパラダイスだって思ったんだから、今思い出せばホントに天国だった。
 3ヶ月に一度で良いから、思いっきりいちゃいちゃしたい!




 という事で、早速交渉。
 まずは一番身近な上司、石塚さんに訴える。
「お願いします!再来週の水曜から日曜まで休み下さい!」
 何でその日程かと言うと、3ヶ月先までの勤務日程表でテッちゃんが休みだと言ってたからだ。
「いきなりですねぇ。でも、再来週は…」
「わかってます!和希様が出張なのは重々承知です!でも、この間の出張の時には俺が行ったし、誰かに代えてもらえませんか?」
 秘書は俺一人じゃないんだ。
 ちなみに違和感を覚えてる方もいると思うので説明すると、職場では和希は上司だから、『様』を付けるのが社員教育な訳です。
「伊藤君は働き過ぎですから、私としても休みは取らせてあげたいんですが…」
 …何で語尾濁すんですか?
 まさか…。
「和希様に、直談判して下さい」
 …やっぱり。
 なんだかすっごく成功率が低くなった気がする。
 それでも久しぶりに恋人に会いたい俺的には譲れない!




 という訳で、更に交渉。
 強敵、鈴菱和希様。
「次の出張、自分以外でお願いします!」
「…誰もいないから、敬語じゃなくていいよ」
 二人の時に敬語を使うと、和希はすっごい嫌な顔をする。
 でも、今回は仕事上のお願いだから、崩さない。
「いえ!どうしても再来週の水曜から日曜までお休み貰いたいんです!」
 手にしていた書類をデスクの上に置いて、和希はじっと俺の顔を見る。
「…理由は?」
 取りあえず下手作戦。というより、労働基準法に訴えてみる。
「休日振替がもう20日たまりましたし、そろそろ消化させて頂きたいと…」
「なら、今週末から一週間でも良いだろ?」
 ええ、ええ。そこが一番暇ですとも。…貴方がね。
「誰もいないから、本当の事言ってごらん」
 ああ、そんな優しいお兄さんな(もう年齢的にはおじさんだけど)笑顔で、追求なさるんですね…。
「………テッちゃんが休みだから」
 俺だって恋人には会いたいんだ!
 正直に言った俺に、和希は大きなため息を付いた。
「まあ…そうだとは思ったけど」
 ため息を付きたいのはこっちだ!
「いい加減会わないと俺、捨てられちゃうよ!」
 俺の涙ながらの訴えに、和希は眉間に皺を寄せて考える。
「…俺は良いけど…広に言ってくれる?」
「…なんで?」
 『広』とは、和希の長男です。子供の頃の約束通り、3年同じ学校に通ってくれた後、和希様はご結婚あそばされまして、只今2男2女のお父上様だったりします。そんで、一番上が男で広君6歳。二番目が女で四季ちゃん5歳。三番目も女で涼ちゃん3歳。四番目が男で功君2歳。ちなみに奥様のお腹の中には五番目がいたりして。そして、何故か俺は鈴菱家の皆様に愛されていたりする。特に子供達は、俺を見ると全員揃ってボディアタックで攻撃してくるんだ。しかも全員和希に似てる…。
 で、そんなに愛されてる訳だけど、何で出張の事なのに広君?
「剣道の試合に勝ったらお祝いに、今度のロスの出張に連れてく約束しちゃったんだ」
「…それと俺と、何の関係があるの?」
 あー、嫌な予感。
「広が『啓太と一緒にどこにご飯食べに行こう』って、はしゃいでて…」
 俺は、遊びに行くんじゃないんですが…。
 そんな俺の表情を読み取って、和希は慌てた様に付け加える。
「いや、俺だってちゃんと言ったんだよ?啓太は働いてるんだって。でもあいつ、『アフターは自由でしょ?』とかませた事言い出しちゃって…」
 それは、貴方の教育が悪いんです!
 貴方がいつも出張の時に考えてる事と同じなんです!




 とにかく明日、仕事帰りに鈴菱家での(負ける可能性大の)バトルが決定した。
 強敵の更に上をいく、いわばラスボスの出現に、俺は鬱々としてる。
 もう、一生会えないんじゃないだろうか。
 いっその事、この仕事やめてやろうか。
 こんなにテッちゃんと会えないなんて、俺に死ねと言っているようなものだ。
 とぼとぼと帰宅すると、家の前に見覚えのあるKawasakiの1100のバイクが止まってた。
 それを見たら、鬱々とした気分なんか吹っ飛んじゃう。
 慌てて家の中に入ると、そこには夢にまで見た愛しい恋人様のお姿!
「うわーん!会いたかったー!」
 俺は『ただいま』も言わないで、逞しいその体に飛びついた。
「おお!啓太も元気そうじゃねぇか!」
 そんな挨拶って、恋人同士のものなんでしょうか?
「ねえ!ちゅう、ちゅう!」
「ばっ!ばかやろっ!いきなり何言ってやがるっ!」
 付き合いはじめてもう9年なのに、どうしてそんなに真っ赤になれるんだろう。
 そんな貴方が大好きなんだけどね!
 取りあえずチュウしてもらって、離れたくないから抱っこしてもらって部屋の中に入る。
 スーツも脱がないでゴロゴロなついていると、テッちゃんの体が機械的な振動を起こした。
「…あ?」
 勿論それは本人が震えているんじゃなくて、ジーンズのポケットに入ってた携帯電話が震えたのだ。
 テッちゃんは俺を片腕に抱き直して、携帯電話を取る。
「…オヤジだ」
「ふーん。良いよ、出て」
 電話が終われば、いくらだっていちゃいちゃ出来る。
 テッちゃんが家に来たって事は、きっと明日は休みなんだろうから。
 …俺は出勤だけどね。
 電話しててもカッコいいななんて惚けてたら、耳元でいきなり大声で叫ばれた。
「ああ!?その日は俺は非番だろ!」
 ……なになに?
 問題発生?
 今から帰っちゃうとかは嫌だよ?
「だからって…つーかテメェが行けよ!…俺だってガキは嫌だ!しかも……え?」
 ガキって…なんだ?
 今日は子供の事に縁があるなぁ。
「ご指名って…いつから警視庁はホストクラブになったんだ?」
 なに!?
 テッちゃんをご指名なんて、俺だって出来ないのに!
 出来る事なら毎日ご指名したいくらいなのに!
 恋人の俺がこんなに会えないのに、俺のテッちゃんをご指名する生意気な子供は何処のどいつだ!
「…取りあえず、聞いてみる。…わかった。…んじゃな」
 電話を終えて、テッちゃんは頭をばりばり掻きながら俺を床におろした。
「お前…再来週出張か?」
「…何で知ってるの?」
 俺、言ってないのに。
 それ以前に、行かない方向で頑張ってるのに。
「さっきオヤジに鈴菱から電話があったんだってよ」
 …あ、またもや嫌ーな予感。
「鈴菱広君の…護衛してくれってよ」
 ………鈴菱家め!
 俺は怒り心頭で速攻携帯電話を引っ掴んだ。
 勿論かけるのは和希の所。
 和希は俺の電話には必ず3コール以内で出る。
 今回は1コールで通話中になった。
「かずっ………!」
『啓太だー!』
 電話に出たのは、変声期前の甲高い声。
 そして、明日バトル予定だった…ラスボスだった。
 更に、ラスボスの発言により、電話の向こうで電話の争奪戦の気配がする。
 子供の声が複数、『僕が話す!私が話す!』と騒いでいる。
 しまいには泣き声まで聞こえて来て、5分で電話を終わらせていちゃいちゃしようと思っていた俺の計画は、既にお流れ気味。
「ちょ…ちょっと?もしもーし?広くーん?」
 どうしようもなくて、取りあえず電話に一番に出たラスボスを呼ぶと、『コラー!何やってる!』と叫ぶ和希の声。
 ああもう、この親子、どうにかしてくれ…。
『あ、悪いな啓太。ちょっと目を離すとすぐこれでさ』
「あ…うん。まあ、子供って大変だね」
 泣き声によって戦意喪失で、思わず労いの言葉なんか吐いちゃったりする。
『で、どうした?』
 そう!本題!
「和希、丹羽さんに電話したろ」
『ああ、さっきした』
 答えを確認して、思いっきり息を吸い込む。
「俺とテッちゃんのラブラブの邪魔すんな!!!!!!」
 ご近所迷惑とかなんて、考えてられるか!
 更に文句を言ってやろうと構えた所で、ガサガサと音がして別の声に切り替わった。
『啓太ー、怒らないでよー』
 口調は同じなのに、声が違う。
 ラスボスが…。
『どうしても僕、啓太と一緒に行きたかったんだよ。でもパパが、啓太にも恋人と一緒の時間は大切だって言うから、なら恋人さんも一緒に行ける様にしてって頼んだんだ♪』
 天使の声で、悪魔な事を平気で言いやがる…。
「でもね?広くん。俺と丹羽さんが一緒に行けても、二人ともお仕事だから、恋人同士の時間は持てないんだよ。だから、日本で久しぶりに一緒に…」
『大丈夫だよ!アフターまでは縛らないから!』
 …その言葉をどの口で言いやがってるんだ。
『パパと4人で美味しいもの食べに行ったら、後は二人で楽しんで?』
 それは、思いっきり縛られてるんですが…。
「いや、だからね…」
『僕、啓太と一緒に行く為に、すっごい頑張ったんだよ!この間剣道の試合でね…』
 ラスボスの攻撃は、延々と続く。
 結局休みの件はうやむやにされて、その上電話で1時間取られてしまった。
 途中で思わず、このまま電話を置いてテッちゃんとエッチしちゃおうかなとか考えたけど、流石に子供相手にそれも出来ない訳で…。
 スーツから着替える間には、俺に向けてくれる筈だった声を、テッちゃんは子供に向けて…。
 そして、更に続く拷問。



 これも、仕事のうちですか?
 こんな生活がいつまで続くんですか?
 仕事と恋愛の両立って、本当に難しいと涙に濡れる日々です…。


 学生時代に戻りたーい!
 パラダイスよカンバーック!!

 

 

 

END


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