人騒がせな恋人達


2004.2.24UP



 

「和希のばかぁ―――――!」
 突如学生寮に響き渡った怒声は、学園のアイドル伊藤啓太のものだ。声と共に響く激しいドアの開閉音は、その怒りの度合いを示していて、周りの人々を驚愕させる。
 周りの驚愕の理由は、その怒声に含まれていた名前である。学園内で知らない者はいないと誰しもに言わしめるほどのラブラブっぷりで通っている、恋人の物。
 ばたばたと足音を響かせて食堂の前を走りぬけようとしたその時、啓太の腕は不意に引っ張られ、引かれた方向に倒れこんだ。
「伊藤。何があったかは知らないが、廊下は走ってはいかん」
 一昔前の教師のような口調で後輩の行動を正したのは、寮長である篠宮だ。
「ご、ごめんっなさっ!」
 腕の中で大きな青い瞳からぽろぽろと涙を流し、嗚咽とともに謝罪を述べるその様は、普段の生活の中で女性との触れ合いの無い男子高校生には、少々刺激の強いものに見える。堅物で通っている篠宮の頬が薄らと染まるのと略同時に、啓太の体は篠宮の腕の中から別の人物の腕の中へと引き込まれた。
「ハニー、どうしたの?そんな可愛い瞳いっぱいにダイヤモンドのような涙を浮かべて悲しんでいるなんて。ああ、ハニーが悲しんでいると、僕の胸も張り裂けそうな悲しみに襲われるよ!さあ、その可憐な胸の内にある辛い事を、花のように人を惹きつける唇で、僕にそっと打ち明けてくれないか?」
 和希と出来上がった後でも、『啓太LOVE』を全身でアピールし続けている成瀬の口から、これでもかと言わんばかりに並べ立てられる、これまた一昔前の少女漫画の王子様の様な台詞に周りが硬直した時、再び啓太の体は別の方向に引っ張られる。
「お前ら馬鹿かっ!泣いている奴に理由も聞かずにまくし立てるなんざ、正気の沙汰じゃねぇ!」
 もっともな事を意見しながら、しっかりと啓太を腕に収めているのは、学生会会長丹羽だったりで、場は既に争奪戦場と化していた。
 最終的にアイドルの体を腕の中に収めることに成功した丹羽が、代表と言わんばかりに啓太の顔を覗き込み、その頬を濡らしている涙をそっと指で払いながら問いかける。
「で、さっきの声の原因はなんだ?なにやら物騒な感じだったが……」
 「物騒」と表現しながらも、その言葉尻は確実に期待を表している。だがそれは、丹羽が問いかけをしなくても同じ事であったのは、周りにいた人物全てが思ったことだ。
「だって……和希が酷いんですっ。俺の意思なんて、全然考えてくれてないっ!」
 啓太の言葉こそ、普段の二人からは想像も付かない物だった。日々の様子で、和希が啓太の顔色を徹底的に伺っているのを嫌と言うほど見せ付けられているのである。その場に居合わせた人々は、人前と二人のときの、和希の二面性に疑いを持つ。
 和希についての疑惑が食堂内に蔓延した頃、学園一の頭脳を誇る西園寺が口を開いた。
「で、どういう風に酷いんだ?啓太の言うことは、象徴的過ぎて理解に苦しむ」
 その西園寺の言葉に、啓太は丹羽の胸から顔を上げて、涙声のまま説明を始めた。
「……先週、衣替えの話を和希としたんです」
 ゆっくりとつむぎ出され始めた啓太の声に、食堂は大勢の集まる時間だというのに静まり返ってその先を待つ。
「で、明日、冬物をまとめて、実家に送るって言ったら……和希がっ俺のクローゼットの中を整理してっ……」
 いくら恋人とは言え、人の収納スペースに勝手に手を付けたとなれば、啓太の怒りは当然と周りはうなずき始めた。……が、当然このカップル、というより、人の顔色を伺うことに長けている和希にそんな事が想像付かない訳も無く……
「俺の春用の服のスペース、全部和希の手作りの服で埋めちゃったんです!」
「「「「!!!!!!!!」」」」
 無論、その場に居た者が驚いたのは、人のクローゼットを整理してあげた事ではない。
「……全部手作りか?」
 表面上、何事も無かったかのように、学園一の頭脳と共に判断力を兼ね備えているとの誉れ高い西園寺が、硬直している面々の代わりに啓太に問いかけた。その西園寺の問いに、啓太はこくりと頷く。
 西園寺は一つため息を付いた後、啓太に対しての質問を続けた。
「で、啓太は遠藤の手作りの服が気に入らなかったのか?それとも今まで着ていたお気に入りの服をどうにかされたのか?」
「え?まさか!和希はそんな事しませんよっ!作ってくれたのも、着心地とか重視してくれたカッコいい物ばかりだし」
 西園寺の言葉に、心外とばかりに啓太は即答する。
「……では何故喧嘩になった」
「え……それは……」
「啓太!!」
 事の真相に迫る西園寺の言葉に、啓太は勢いを無くし口籠る。その時点になってやっと、騒動のもう一人の中心人物、和希が食堂に姿を現した。
「啓太、ホントにごめん。啓太がそんなに怒るなんて思わなかったんだよ」
 硬直している丹羽の腕の中に、納まり続けている啓太を覗き込んで、和希は真摯に謝罪を述べる。対して啓太は、いまだ怒り治まらずで、あてつけの様にぷいっ丹羽の胸に顔を埋めた。そんな啓太の代わりに、再び西園寺が口を開く。
「遠藤。今啓太に喧嘩の理由を聞いていたのだが、お前でもいい。話せ」
 命令口調の西園寺に、和希はあからさまな縋る視線を送る。
「今年の啓太の春服、俺が勝手に……」
「全部手作りで用意したのは聞いた」
 限度を超えた溺愛を2度も聞きたくないとばかりに、西園寺は続く和希の言葉を先回りで止める。
「その……服の量が問題だったらしくて……」
「量?」
 一同が一斉に怪訝そうな表情を浮かべる。和希の語尾を濁した言い方に、啓太はがばっと顔を上げて、主張した。
「あんな、クローゼットがいっぱいになるような量の服!俺にどうしろって言うんだよ!!!実家から送ってもらうのが入らないじゃん!!!」
「「「「「「「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」
 周囲の驚きを無視して、中心の二人の言い合い(?)は続く。
「だって、啓太に似合うって思ったデザイン、気が付かないうちにあれだけ作っちゃってたんだよ」
「だからって!デートするとき、和希の知らない服着たいと思っても、あれだけ詰め込まれてちゃ置いとけないよ!!!」
 二人の会話を遠いところで認識しながら、周囲の人物が一斉に食堂から啓太の部屋へと移動し始めたのは言うまでも無い。
 そして残ったのは………。啓太を腕に抱き続けている丹羽と、事のジャッチに勤めていた西園寺。それと、後々騒動について聞かれたら説明をしようと、何とか意識を留める努力をしていた篠宮であった。
 誰も口の挿めない(挿みたくない)会話は、周囲を置き去りにしてどんどん進んでいく。
「分かったよ……啓太が選んで、気に入らないものは俺の部屋に移してくれ」
「それが出来たらこんなに怒ってない!!全部気に入っているから怒っているんだよ!!和希が選んで持ってってくれなきゃいやだ!!」
 そこで会話は途切れ、150人以上収容できるスペースに残っていた5人に、沈黙が訪れる。
 永遠に続くかとも思えた沈黙は、西園寺の大きなため息によって破られた。
「お前ら……痴話喧嘩にも程があるぞ」
 そんな西園寺の言葉に、啓太は負けじと「きっ」と、あまり迫力の無い視線を上げる。
「だって!俺の生活にかかった事なんですよ!?ただの痴話喧嘩じゃないです!」
 啓太の剣幕におろおろしているのは、当然和希だけである。
「……遠藤。啓太の言い分、お前の言い分を聞いた私の意見を聞きたいか?」
 西園寺の少し声色を落とした言葉に、和希はこくこくと頷く。
「……啓太の部屋を今すぐ改造してやれ!お前の財力なら3時間もあれば可能だろう!?」
 常人なら考えもしない解決法を、西園寺は一喝した。その場にいた人たちは、当然そんなことが実現可能だとも思わず、「どうしようもねえ」と、視線で西園寺を責め始める。だが進言を受けた当の和希は、目を見開いて喜んだ。
「ああ!それは盲点でした!!啓太、今すぐ改造してもいいか?どうしてもあれ、全部啓太に着て欲しいんだよ」
 喜び勇んで啓太に了解を取り付けようと、丹羽の腕から、啓太を自分の腕の中に引き込んで、和希は甘えるように啓太の額に己の額をくっ付けた。そして、周囲はその人目を憚らない行動と、一般人なら喜ぶ以前の進言を真に受けている事実に、恐れ慄いた。
「……改造って……あんまり派手に変えなきゃ別に良いけど……こんな時間から改造に入るなんて、今日、俺何処に寝れば良いんだよ」
 いや、それはかなり論点がずれている……とは、当の二人と西園寺以外は、誰しも思う事である。
「ああ、それじゃあ○○ホテルに部屋を取るから、今日はそっちで我慢してくれないか?明日、啓太が目を覚ますまでには全部終わっているようにするからvああ、啓太、愛しているよ!」
「和希っ!俺だって和希の100倍も和希の事愛してるv」
 問題の解決した二人は、ひっしと抱き合い、互いの愛の深さを確かめ合った。
 5分後、啓太の部屋のクローゼットの現状を確認しに行った面々が、和希によって手配された業者の作業員に部屋を封鎖され、食堂に戻り始めると、そこには外泊届けをベストにはさまれた放心している寮長と、あっさりと腕の中から抜け出されてショックの隠せない学生会会長、そして悠然と食事を続けている会計部部長の姿があり、人騒がせな恋人たちの姿は、既に後かたも無く消え去っていた。
「……今夜は激しいんだろうなぁ」
 何処からともなく響いた言葉に、その場の人々は感慨深く頷き、再び食堂は、食事時の騒がしさが戻り、寮の平凡な日々の光景に戻って行った………………。

 

 

 

END




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