夜食

2007.2.20up



 

 なにか、となりからアヤシい匂いがする…。
 そう気が付いたのは、深夜1時を迎えた時だった。
(なんか、焦げ臭い様なインスタントな様な…)
 俺は、なかなか寝付けなかったので、趣味の読書中だった。そんな楽しい時間に、ふと鼻に付いたニオイ。
 そう。香りじゃなくてニオイなんだ。
 俺のとなりの部屋は二つある。
 一つは、アルティメットクラスの科学の秀才くんの部屋。もう一つは、愛しい啓太くんの部屋。そして、この強烈なニオイは…きっと啓太の部屋からだ。
 でも、啓太は11時に「おやすみ」と言って寝た筈。でも、風の方向を考えると、啓太の部屋からしか考えられない。それに、科学くんは部屋では実験をしないし。そんな事を考えていると、段々焦げ臭いニオイがキツくなって来た。
(まさか…火事?)
 啓太の部屋から出火?だが、啓太は煙草とかは吸ってない筈だ。寝たばことかの心配も無い。と言う事は、誰かが侵入した?
 とにもかくにも心配になって、俺はそっと啓太の部屋を覗く事にした。


 深夜の廊下に出て、そっとあたりを伺い、啓太の部屋を合鍵を使って開ける。すると、思った通りニオイがキツくなった。ドアを開けると、ホントに焦げ臭い。これは本格的にヤバいと思って、深夜にもかかわらず俺は乱暴にドアを開けて部屋に飛び込んだ。
「啓太!?」
 だが、部屋の中に火の気は無かった。うっすらと白い物が漂っている気がするけど…。
「…あれー?なに?和希」
 心配していた当の啓太は、のんびりとした声で部屋に付いている簡易キッチンから顔を出した。
「なに…って。このニオイ、なんだ?」
 取りあえず、啓太の無事は確認出来たので、肩の力を抜いて原因を問う。
「へ?ニオイ?」
「俺の部屋まで来てるぞ」
 部屋の中の余りのニオイのキツさに、俺は窓を全開にした。…外の空気がこんなに美味しいなんて、初めて知った気がする。
「あー、やっぱりインスタントラーメンって匂うよねー。ゴメンゴメン」
「…………らーめん?」
 いや、これは食い物のニオイじゃないだろう!いくら俺があんまり食べた事なかったからって、その位は分るぞ!
 怪訝な顔をして、啓太が引っ込んだ簡易キッチンスペースを覗くと………。
 そこには、世にもおぞましい物が煮られていた。身の毛も弥立つって言葉を、身を持って実感してしまった。
「啓太…それ、なんだ?」
「え?チャ●メラだけど?和希知らない?」
 いや、俺だってそのCMは見た事がある。だが、あの画面からは想像がつかないぞ、それ………。
 呆然と見ていると、啓太はニコニコとそれをどんぶりに移した。
「…和希もたべる?」
「いや…っていうか、お前寝てたんじゃないのか?」
 確かに11時にお休みのチュウもした。いや、チュウだけじゃなかったけど…。
「なんか、腹減っちゃって目が覚めちゃった。10分位は我慢してみたんだけど、腹減り過ぎて眠れなくなっちゃって」
 そうか…そういう事もあるかもな。啓太、大食漢だし。だけど…。
 目の前で、その世にもおぞましい物体を、啓太はうふうふと食べようとしている。
「啓太…それ、食べるのか?」
 どう贔屓目に見ても、とても食べ物と認識出来ないそれを、食べると言うのか?
「………和希、食べたいの?もしかして、和希もお腹へって夜食したい?」
「いや、お腹は減ってない」
 さっきまでちょっと「小腹が空いたかな?」とは思ってたけど、このニオイで俺の食欲は一気に減退した。最近ちょっと体重が増えたから、丁度いいって言えば丁度いいんだけど…。
「じゃあ、俺だけ食べちゃうよ?」
 箸を手に取って、啓太はまさに地獄の様相のそれに対峙した。
「ちょっと待て」
 これが止めずにいられるか?絶対そんな物食ったら腹壊すぞ!
「…なんだよ」
 不服そうな顔で俺を見上げてくるその顔は、背景の、思わずモザイクを入れたくなる様なそれを背負って尚可愛い。そんな可愛い顔で、そんな恐い物食う所なんて見れる訳が無い!
「あー…インスタントは体に悪いぞ?俺がなんか作ってやるから、取りあえずそれはヤメろ」
 別に、インスタントがどうのなんて思わないが、一応啓太の作った物に対して何か言う事は出来ない…。
「ホントに!?何作ってくれるの!?」
「部屋に確かパスタかなんかあったから、それ茹でてやるから」
 いつ何時「腹減った!」と言い出すか分らない啓太の為に、俺の部屋には常に食料が常備してある。…こんな時に活用するとは思ってなかったけど…。
「わーい!じゃあ俺、これ食ったら和希の部屋行くね!」
 …………え?
「………啓太、それ食べたらって…?」
「だって、折角作ったんだもん。食べないと勿体ないじゃん!でも俺も、こんなんじゃ足りないなーって思っててさ」
 ………足りないんだ。いや、食べ盛りだからな。でもお兄さんはそんな物を口にするのは許せません!
 俺は心を鬼にして、啓太の目の前にある物体Xを取り上げた。
「あーっ!ナニするんだよ!」
「夜中にこんな物食べるんじゃありません」
「普通のラーメン食べて、何が悪いんだよ!」
 …普通のラーメンと言うのを、今度調査してみよう。
「育ち盛りなんだから、ちゃんとしたもの食べような?」
 啓太はむすっとしているけれど、大切な啓太の為だ。俺は鬼にも悪魔にもなるぞ!



 と言う訳で、俺は部屋で啓太の為に夜食を作った。まあ、啓太の夜食だからユウに人の普通の食事以上はあるんだけど。今度から、腹持ちのいい料理を研究しておこうと思った瞬間だった。
「和希のご飯って美味しいね!」
「そうか?」
 啓太の笑顔を見ながら、本気で料理の勉強をしようと心に誓う。
 …将来の為にもな。
 二度と、啓太には台所に立たせない。
 可愛い啓太の為だけじゃなく、俺の身の保身の為にも…。
 こうして、啓太曰く『夜食』騒動は、俺に未来の為の糧を一つ与えてくれた…。

 

 

 

END


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