スケボー

2007.4.10up



 

 和希が啓太の実家に訪れた時、ふと玄関に入る前に目に留まったものは。
(………スケボー)
 男の子がいる家庭にはかなりの確率であるその遊戯具。
 啓太とて男の子なのだから別段それが啓太の実家に有ったとて不思議ではないのだが、啓太は現在寮生活。故にそれが現在頻繁に使用されているとも思えないのだが、何故に玄関脇にそれが放置されているのか。
 鍵を出して玄関を開けようとしている啓太の袖を引っ張って、和希は現在の使用者を問う。
「あ?スケボー?多分母さん」
「…お母さん?」
 妹ではないのか。
 活発な子なら女の子でも別にスケボーを趣味にしていても良いと思うが…母親とは想像もつかなかった。
 啓太の母は、確かにまだ若い。
 だが二人の子供を産んだ人物が、それを趣味にしているとは和希には想像がつかない。
 しかも何度か顔を合わせているが、啓太の母はそこまでスポーツをしている様な体つきではないと和希は思っていた。
「凄いな。啓太のお母さんスケボーやるんだ」
 和希の呟きに啓太はブっと吹き出す。
 一方吹き出された和希は自分の何が啓太のツボを突いたのか全くわかっていない。
 玄関脇に置いてある、土の付いたスケボー。
 使用者は母。
 故に、母の趣味はスケボー。
 その論法のどこに笑いが有るのであろうか。
 げらげらと笑い続ける啓太を眺めて、和希は頬を膨らませた。
「…何かおかしい事言ったか?」
「言った言った!ひーっ!和希ってば凄い!普通にそれ考えられる所が最高ー!」
 玄関の扉をばんばん叩いて啓太が笑っていると、背後から買い物帰りの母が声をかけて来た。
「あら。あんた達早かったのね」
「あ、ご無沙汰してます…」
 和希が通りの挨拶をしている間も、啓太は笑い続ける。
 そのあまりの大爆笑に、啓太の母も怪訝な顔をした。
「あの子は何をそんなに楽しんでるの?」
「いや…あの…」
 和希がそれまでの会話を説明すると、啓太の母も『ブっ』と啓太と同じ様に吹き出してげらげら笑いはじめた。
 ………これは、親子の間の笑い話なのだろうか。
 一人笑いに交じる事が出来ない和希は、暫くそれを玄関先で眺める嵌めになった。




「…そう言う事」
 家に入って茶を出されつつ、啓太の母は大爆笑を和希に詫びて事のあらましを説明した。

 スケボーの使用者が啓太の母なのは間違っていなかった。
 だが、使用用途が違った。
 啓太の母はストリートでスケボーをやっているのではなく、単なる庭の草むしりに使用しているとの事だった。
「小さい庭だけどね。やっぱりずっとしゃがんでむしり続けるのは辛いのよ。だから、そこのおバカな息子がもう使わなくなったスケボーに座って、ぐるっと家の周りを廻る訳」
 その姿はかなり楽しいものであると思うが、和希が啓太の母の事を目の前で笑う事が出来る筈も無い。和希の横で啓太は遠慮なく笑っているのであるが。
「母さん、一度和希にあの姿見てもらえよ。別の意味で笑ってもらえるから」
「別に笑われたくないわよ。そんな事言うならあんたが草むしりしてよ。そしたら母さんだって何もスケボーに頼らなくても良いんだから。大体殆ど練習もしないで放り出したのはあんたでしょ?廃品利用よ、廃品利用。『お母様、利用して下さって有り難うございます』くらい言いなさい」
「別に母さんに買ってもらった訳じゃないもん。あれも懸賞で当てたヤツじゃん」
「廃棄処分するのはあたしじゃない」
 話はスケボーから流れて、啓太と啓太の母は楽しく話しはじめた。
 だが、和希はその話よりも気になる事があった。
(庭の草むしりって…お母さんがするものなのか)
 和希は自分の母が草をむしっている所を見た事が無い。
 和希の家には1ヶ月に一度定期的に庭師が入り、広大な庭の手入れをしていたのだ。
(庭師のおじさんがスケボーに乗ってるのは見た事無いな…今度プレゼントしてみようかな)
 そんな頓珍漢な事を考えつつ、和希はスケボーの新たな使用用途を知ったのだった。

 

 

 

END


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