すい眠不足

2007.5.30up



 

 その日、学生会室にはピンクのオーラが振りまかれていた。
「け、啓太…なんかあったのか?」
 オーラの発信源に学生会会長の丹羽哲也は問いかける。
「…えー?なんでですかー?」
 問われた学生会補佐の伊藤啓太は、日頃から精悍とは言いがたい表情を更に緩めてポヤンと返事をする。
「テツ、わかりきった事を聞くな」
 2人の遣り取りに学生会の副会長中嶋英明はニヤリと意味深に口の端をあげた。
「わかりきったって、なんだよ」
 中嶋の言葉に眉間に皺を寄せながら丹羽はピンクのオーラを纏いつつパソコンに書類の打ち込みを続ける啓太を眺める。
「男付きのヤツが日曜日にこの状態なんだ。想像するに安いな。それでもこうやって誰かさんとは違って真面目に活動してくれてるんだから、そういう突っ込みは休憩までまて」
「男付きって…あー…」
 中嶋の説明に丹羽は薄らと頬を染めて、啓太から視線を逸らせた。


 啓太には公然の恋人がいる。
 啓太と同じ学年に所属している手芸部員、遠藤和希(仮名)。
 いつでもどこでも2人は一緒で、所かまわずいちゃついていたりする。
 そんな2人の様子を見て、明言されずとも多感な少年達は『ホモ』のレッテルを張っていた。
 当の啓太と和希も自分達に対しての周りの対応にも別段訂正するでもなく反論する事もなかったので、2人がソウイウお付き合いをしているものだという事は、学内で知らない者はいないくらい有名な事だった。


 啓太のピンクオーラに当てられつつ学生会の業務を学生会員が営んでいると、2度のノックの後、啓太の公然の恋人が現れた。
「やっと手芸部終わったよー。俺も手伝おっか?…って啓太、凄いフェロモンだぞ」
「ふぇろもんー?おれいろっぽいー?」
 和希は会長と副会長を略無視して、目当ての啓太の隣に勝手知ったるなんとやらな風情で椅子を引き寄せて座り込む。
「まあ色っぽいかな?高校生には刺激強いかもな」
「そっかー。じゃあちょっとめぇさましてこようかなー。そのあいだにかずきこのしょるいうちこんでー。おれしりょうそろえてくるからー」
 凄まじくのんびりと、そして平坦に啓太は和希に用を言い渡してふらふらと席を立つ。
 普段からの役割を実行しようとした啓太に、普段とはちょっと違う雰囲気で丹羽がストップを入れた。
「いや、俺が代わりに行く。啓太は座ってろ」
「そうだな。ふらついてCDでも落とされたらシャレにならない」
 丹羽がこの台詞を言う時には大抵仕事に飽きていて脱走を試みている時なのだが、この台詞に中嶋が珍しく同意した。
 丹羽の言葉はいつもの事としても、中嶋の言葉に啓太はきょとんと2人の先輩を見つめる。
「でも…おうさままたにげちゃいますよぉ?」
 後輩としてかなり失礼な言葉だが、普段の素行をぴしりと突きつけられて丹羽が文句を言える筈もなく。
 それでも頬を染めつつ啓太の代わりを言い出した理由を丹羽は呟いた。
「逃げねぇよ。お前、足ふらついてっだろ?体調悪りぃなら大人しく座ってろ」
 丹羽の言葉に中嶋は無言で同意したが、この言葉に啓太は更に不思議そうに頸を傾げる。
「たいちょおっていってもぉ、ただのすいみんぶそくなんでへいきですよぉ」
 とろんとした目で先輩2人に自身の健康をアピールするも、その言葉は信用に値する物ではない。
 瞼は赤く染まっているし足取りもやはり覚束ない啓太をみて、誰が信用出来るというのであろうか。
 中嶋は無言で丹羽に必要な資料のメモを渡すが、やはり啓太はワンテンポ遅れて自分の仕事だと主張した。
 だが部屋の中を数歩歩いた所でふらりとバランスを崩してしまう。
「うわっと」
 同じよ うに中嶋の元に歩み寄っていた丹羽に抱きかかえられて転倒を免れた。
「すみませんおうさまー」
 丹羽にしっかとしがみついて、丹羽の腕の中からピンクのオーラを放ちつつ啓太は礼を言う。
「いっ、いや!無事で何よりだ!」
 オーラの直撃をくらった丹羽は頸まで赤く染めてアワアワと視線を泳がせた。
「あれー?おうさまかおあかーい。ねつでもあるんですかぁ?」
「ねっ、熱なんかねぇよ!熱っぽいのはお前じゃねぇか!」
 丹羽の言葉を受けて啓太は『おや?』と頸を傾げて自分の額に手を当てる。
 言われた通りに少し熱っぽかったのか、何度も額にぺたぺたと手を当てて理由を考え込む。
「あー、がんせいひろうかもー」
 丹羽と中嶋は自分達が想像していた物と違うリアクションを取る後輩に、目線をあわせつつ頸を傾げた。
 その時になって和希が初めて啓太の体調についてのコメントを口にした。
「啓太、昨日ムキになり過ぎ。だから11時でヤメようって言ったじゃないか」
「それはかずきだっていっしょだろー?おれだけのせいじゃないよぉ」
「俺は啓太が『もう一度』って何度も強請るから付き合ってやってただけじゃないか」
 2人が昨晩一緒にいたのは丹羽と中嶋の想像通りなのだが、なにか会話が違う気がすると2人は思う。
 何故恋人同士が一緒にいてムキになる事が『眼精疲労』と繋がるのであろうか。
 しかも共に夜を過す時に、回数ならともかく『11時でヤメる』と時間を区切るのがわからない。
 恋人同士が夜を共に過す目的など、どう考えても一つしか思い浮かばないと若い2人は考えるのだ。

 疑問に思った事は素直に聞く性格をしている丹羽が、恐る恐る口を開く。
「お前ら…昨日の夜何してたんだ?」
 丹羽の言葉を受けて啓太は相変わらずポヤンとした目をしつつ頬を膨らませた。

「きのうはー、かずきと『ろぼっとたいせん』やってたんですぅ。かずきってばおとなげなくてぇ、おれのことばかすかやっつけるんですよー」

「………」
「………」
 再び丹羽と中嶋は視線を絡ませた。
 別に恋人同士だからと言って必ずしも性交渉をしなければいけないという事はないが、それでもゲームとはあまりにも色気がなさ過ぎるのではないか。
 2人はタイミングを合わせたかのように和希に視線を送るが、当の和希は啓太に言い渡された仕事を既に始めていて、2人の視線に答える事はなかった。
「…遠藤はセックスも出来ない程年寄りなのか」
 視線を無視された中嶋がけしかけるように呟いたが、それに対しての和希の返答は「誰が年寄りですか」との一言だけ。中嶋に視線を向ける事なくパソコンの画面に集中していた。
 だが啓太が中嶋の言葉に対して食いついた。
「せっくすってー、おれとかずきがするんですかぁ?」
 怪訝な目で中嶋を見た啓太に、逆に丹羽と中嶋が怪訝な視線を送る。

 性交渉の有無は、当人達の問題だ。
 だが周りからみればソレがあっても変ではないと思うのが恋人同士というカテゴリーである。
 日頃丹羽と猥談をかましている啓太がソレを理解していないとも思えなかったので、啓太の言葉は2人にとって難解な物になっていた。

「だって…したっていいだろ。俺は別に偏見はねぇぞ?」
 気を使っている様ないない様な丹羽の発言に、何故か啓太は喜び出した。
「かずきー、おれたちせっくすしてもいいんだってー。するかー?」
「啓太がしたいなら俺はしてもいいよ」
「やったー!だつどうていー!」
「俺がネコなのか?」
「そうそうー。おれおとこのこだもーん」
「俺だって男の子だ」
 喜んではいるがやはり睡眠不足の影響で頭が回っていないのか、啓太はのんびりと和希と会話をする。
 だが…やはりその内容に丹羽と中嶋は頸を傾げる。
 2人の会話はどう聞いても恋人同士の物ではないのだ。
 そこで漸く丹羽が真相を追求した。

「おまえら…ホントに付き合ってるのか?」

 学内の誰もが聞きたかった真相。
 2人の本当の関係とは。
 2人はどこまで進んでいるのか。
 啓太が転校してきて以来、啓太と和希の関係は公認の様で実のところ謎に満ちていた。
 そして啓太はこの丹羽の言葉にまた嬉々として和希に話を振る。
「ほらー、おうさまもいってるー。おれたちやっぱりほもなんだよー」
 そしてまた啓太の話に和希も相槌を打つ。
「そうかもな。俺は啓太とだったらホモでもいいよ」
「じゃあおれのかのじょー、いっしょにしりょうあつめにいこー」
「えー、俺彼氏の方がいい」
 妙なテンションのまま、啓太は和希を連れ立って最初の目的を果たすべく学生会室を出て行ってしまった。
 しかも出て行く時に2人の手はしっかりと握られていた。




 嵐が去った後の様な静けさに見舞われた学生会室では、会長と副会長が静かに閉じられたドアを暫く見つめ続けていた。
「彼奴らって…」
「大物だな…」
 つまり、2人は特別な関係ではなかったのだと結論が付く。
 そして2人が学内に蔓延している自分達の噂を楽しんでいたのだと言う事もあわせて判明してしまった。


 一見なんの取り柄もなさそうな2人は、学内の誰よりも大物な2人によって『大物』の烙印を押された。

 

 

 

END


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