おそうじ

2007.12.21up



 


「けいたー、窓ふき終わったぞー。次なにするんだ?」
 ぞうきんを片手にワンルームマンションタイプの寮の部屋のユニットバスを清掃している啓太に向かって、和希はのんびりと声をかける。
「フローリングにワックスかけるから、床の上に置いてあるものベッドの上に非難させてー」
 その和希の言葉に啓太ものんびりと言葉を返す。
 長期休暇の帰省前に必ず行われる寮長の部屋検査の為に、二人は休みだというのにどこにも出かけずに、ひたすら啓太の部屋を掃除していた。
 さて、何故二人揃って啓太の部屋を掃除しているのか。
 性格故か、はたまた居住箇所が一つではないからなのか、和希の部屋はいつでも大抵整っていた。部屋の中にあるのは少々の着替えと、手芸部の作品を作る為の材料。それとパソコン。他にも授業で使う教科書類はあったが、基本的にあまり部屋の中に何かを置きとどめてはいなかった。だが、こちらもまた性格なのか。啓太の部屋は大抵何かが床の上に直で置かれ、ハッキリ言ってしまえば『散らかっている』のが常なのだった。故に、和希の掃除は簡単に終わるが、啓太はそうはいかない。先ず床に散乱させていた物をゴミと取っておく物とを分け、それから掃除機。更に目に届く範囲は埃が溜っている様子はうかがえないが、目に届かない場所は真っ白という日頃の大雑把な掃除方法故に、こういう時に苦労する。
「啓太ー、もうちょっと日頃から掃除しようよ」
 啓太の言う『床の上に置いてある物』をベッドの上に乗せつつ、その量を見て和希は小さく溜め息を零した。

 何故こんなにも物をとっておく必要があるのか。

 雑誌にバッグ、ゲーム機にお菓子の詰まったスーパーの袋。その他諸々が普段二人の時間を提供してくれるベッドを占拠したのを見て、たまりかねて和希は啓太に提言する。啓太はその和希の言葉に対してユニットバスから顔を出す事なく反論した。
「オレだって普通に掃除はしてるよ!和希だって水回りはそんなに綺麗じゃないじゃないか!」
 啓太の反論に、和希はふっと息を吐く。
 啓太の言い分は最もなのだが、和希とて水回りは普通に掃除をしているのだ。故に誰に見せても問題は無い程度の汚れしかない。だが、何故か啓太は異常に水回りだけは綺麗なのだ。部屋の惨憺たる様相とは裏腹に、洗面台に付いている鏡にも曇り一つない。湯船の縁に至るまで執着して磨き上げる。そして現在も、部屋の事は置き去りにして、水回りの清掃中なのだ。
 何故その執着を減らしてまんべんなく部屋の中に満たせないのか。
 性格の違いなのか、それとも育って来た環境の違いなのか。
 啓太は一般家庭に育ち、清掃といえば自分でやるのが当然の環境で、散らかすのも自分次第な上に、和希が聞いた話によると風呂掃除のお手伝いが日課だったらしい。対して和希は特殊な環境下で育ち、清掃は専門の人間を雇い人任せであった。故に自分でやらなくとも常にある程度は清潔な場所にいるのが当たり前で、それが清掃を自分で行わなければならない学園の寮の暮らしでも染み付いており、何となく汚れている場所は居心地が悪かった。ベッドに横になれば嫌が応にも目に入る電気の傘、机の周りや作り付けのクローゼットの扉の上。毎日とは言わなくても、3日に一度拭き取ればココまで苦労する事もないだろうにと和希は思う。
 ふと、部屋の隅に溜っていた埃を目にして、ベッドの下が気になった。
 四角い部屋は丸く掃くなと、幼い頃に習った少林寺の師に言われた事を思い出しつつ、部屋の隅の埃の延長としてベッドの下を覗き見た。
「………こんなとこにまで」
 そこには数冊の雑誌が埃にまみれて置かれていた。ベッドの下に手を入れて拾い上げたその雑誌のタイトルは、和希に少なからずショックを与える物だった。
 それは、世間一般的に言う『エロ本』で。
 啓太の恋人の立場の和希は、複雑な心境を与えた。
 啓太は根っからの同性愛指向者ではない。それは和希も同じだが、それでも現在進行形で恋人の『お付き合い』をしている和希にとって、不愉快な物には違いなかった。
(やっぱり、女の方がいいのかな…)
 派手に水音を立てているユニットバスに視線を向け、中で格闘している啓太を思う。
(抱かれるより抱きたいよな…普通の男なら)
 自分達の夜の関係を思い、和希は再び溜め息を付く。雑誌の表紙には豊満な姿体を惜しげもなく曝している女性の姿。
 もし、啓太が自分を抱きたいと望めば、和希とて受け入れるつもりではいた。だが、啓太が和希との関係で発散しきれない性のはけ口を女性に求めているなら、和希はお呼びではないのだ。
 隠すようにベッドの下に納められていた雑誌を手に、和希は暫し思案に耽る。
 するとユニットバスから水音が途絶え、ハーフパンツ姿の啓太が漸く部屋へと戻って来た。
「あれ?和希、それ何?」
 手にしていた雑誌をめざとく見つけ、啓太は和希に歩み寄る。そしてその雑誌の内容を知ると、ポッと頬を赤らめた。
「ベッドの下の埃確認しようと思って覗いたらあったんだ。ごめんな?」
 こう言った雑誌は学園内には蔓延しているが、流石に隠すように置かれていた物を暴いてしまった罪悪感で、和希は謝罪をする。
「誰だよ!オレのベッドの下にエロ本なんか入れたのは!」
 和希の手の中にある雑誌を乱暴に取り上げて、啓太は中身を確認する。そして暫く思案した後、パタンと雑誌を閉じてドアに向かって歩き出した。
「なんだよ、掃除の途中でどこ行くんだ?」
 和希に何も言わずにその雑誌を小脇に抱えて部屋を出ようとする啓太に、和希は問いかけた。
 そもそも、それは啓太の物ではなかったのか。
 ベッドの下の様相と同じく、少し埃の溜ったその雑誌は、啓太の欲の表れだと思っていた和希は、予測不能の啓太の行動に戸惑った。
「コレ、藤田のだよ。夏休み前の部屋検査で、没収されたらイヤだからって言って、運のいいオレの部屋に隠したの。でもオレもどこに隠したかわからなかったけど、もうこんな物はとっとと本人に返してくる。オレはロリータ写真には興味ない」
 館内履きのサンダルを突っかけて、啓太は部屋を出て行った。

 和希はその言葉に安堵する自分の心に苦笑した。

 よくよく考えてみれば、性のはけ口としてベッドの下に隠してあるだけなら、埃はかぶっていないのだ。それでも瞬間的に啓太の自分への心を疑ってしまったのは、和希の啓太への恋心の成せる技だった。
 だが、未来は確定ではない。もしかしたら啓太はそのうち女性に好意を持って和希から離れるのかもしれないが、今の所、整頓されていない部屋の中を共に掃除をさせてくれる程啓太は和希に心を開いている。その事実だけで和希は満足し、埃の溜った部屋に、鼻歌まじりで掃除機をかけた。

 

 

 

END


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