教室

2007.4.3up



 

 その日、和希と啓太が揃って教室に足を踏み入れた瞬間、朝の喧騒の時間だというのに一瞬水を打った様に教室内が静まり返った。
(………なんだ?)
 和希はその様子を不思議に思いチラリと隣の啓太を見遣った。すると啓太もその様子を不思議に思ったらしく同じタイミングで和希を見た。
 二人で顔を見合わせていると、ドアの近くの生徒が恐る恐ると言った風に「お・おはよう」と二人に声をかける。
「「…お早う」」
 取りあえずそれに返事をして二人はまた揃って自分の席についた。
 だが、教室内の不穏な空気は変わらない。
 不自然に顔を赤らめて視線を逸らす生徒が多数。
 そんな中、前日のラストに二人と顔を合わせたクラスメイトの安達は顔を赤らめながらも二人に歩み寄り耳打ちをした。
「…俺、別に言いふらしてないんだけどさ…なんか皆知ってるんだよなぁ。お前達も次からは場所選べよ?」
「え?なに?何の場所?」
 啓太は安達の言葉がわからずに素直に聞き返す。だが当の安達はその言葉に更に顔を赤くして言葉を濁した。
(………ははぁん)
 浮き足立ったクラスメイト。そして、目の前の安達の様子に和希は事の顛末を読み取った。


 前日。
 夕方の教室に和希と啓太は居た。
 何故その時間に教室に居たかと言えば、ただ単に二人で課題をやっていただけなのであるが、その帰り間際にちょっとした騒動があった。
 荷物をまとめて立ち上がった啓太が、不意に足を滑らせて周りの机4個を巻き込んで派手に転んだ。その時、手足は無事だったのだが脇腹を強かに打ち付けてしまった。
「イタタタタ」
「すっごい音したなぁ。大丈夫か?」
 立ち上がる啓太に手を貸しながら、和希は心配そうに覗き込む。
「…うん。多分大丈夫だと思うケド…」
 立ち上がって手足をぷらぷらと振りながら動きを確認して啓太は答える。
「捻挫はしてないみたいだな…脇は?ぶつかってただろ?」
 確認する様に和希は啓太のウェストに触れると、「いてっ」っと啓太は顔を顰める。
「あーあ。ちょっと見せてみろ。肋骨だったら気になるから」
 啓太を机に座らせて、和希は慣れた手つきで啓太の制服のボタンを外す。ものの10秒で啓太のジャケット、Yシャツのボタンは全て外された。
 これが情事の雰囲気満々な時であったのなら啓太も恥ずかしがるのであろうが、和希の顔にもそんな気配はなかったので当たり前の様に素肌を晒した。…そこが教室だという事も忘れて。
 そこに部活が終わって入って来たのが安達だった。
 元気よくドアを開けて中に啓太が居る事がわかると、挨拶をしようと片手を上げかけて…止まった。
 ドアの開く音に何気なく振り向いた啓太は半裸で、和希の手は啓太の服の下に潜り込んでいる。しかも、和希の顔は啓太の腹の位置。遠目から見ればそれは股間に顔を埋めようとしている様にも見える。
 これが普通のクラスメイトがやっているのならば問題はない。何故なら普通のクラスメイトは友達の股間に顔を埋める様な事はしないし、そんな状況を想像出来るものではないからだ。だから問題なのは和希と啓太だと言う事で。二人はいつもべったり一緒に居るし、明言しなくとも付き合っている事を隠そうともしなかった。


 散乱している机と椅子。
 半裸の啓太。
 その前に跪いている和希。
 おまけに夕暮れの日に照らされて、啓太の頬はうっすらと染まっている様に見えた。


 片手を上げかけて固まっている安達に啓太が声をかけようと身じろぎした瞬間、安達は「ごっゴメン!」と謝って慌てて教室を出て行ってしまった。
 残された二人は顔を見合わせて「なんだ?」と呟き合った。
 夕暮れの教室に二人っきりと言う黄金パターンの所為もあるのか、次の朝にはすっかり二人の情事(?)は知れ渡っていたと言う事である。


 多感なお年頃だなと和希はクスクスと笑った。その笑い声に啓太は和希を突いて事のあらましの説明を求める。
「なあ、なんで皆顔赤いんだ?」
「啓太が可愛いからじゃないか?」
「バカか。そんな訳あるか」
 和希と啓太がひそひそと話し合う様子を、クラスメイトは固唾をのんで見守る。そんな様子に和希は少し危機感を覚えてしまった。
 別に和希と啓太が付き合っている事を知られる事が危機なのではない。啓太が『男』を知っているという事が知れ渡るのが危機なのだ。啓太を何とも思っていなかった生徒まで啓太を『そういう目』で見始めた事に気が付いて危ないと感じたのだ。
 何と言っても学園は世間から隔離された全寮制。しかも男子校。思春期の危うい価値観と性欲を持て余した男共の園に雌の役割を知っている者が居れば、当然その者は性の対象として認識されてしまう。それは和希にとっても啓太にとってもマイナスにしかならない訳で。
 和希はおもむろに席を立ち上がり、啓太の脇に手を入れて抱き上げ机の上に座らせた。
「なっ!何すんだよ!」
「はいはい。啓太君ちょっと脱ごうねー」
 啓太のジャケットのボタンを素早く外して脱がせ、Yシャツをズボンから引き出して肋骨の下まで引き上げる。そしてクラスメイトに向かってその場所を指差した。
「皆が確認したいのはコレだろ?」
 和希の指の先には昨日の夕方に啓太がつけた痣。
 その大きさはとてもではないがキスマークとは認識出来ないもので。
 何かの『痕』ではなく、本当の『青痣』。
「なーんか誤解されてるみたいだけど、別に昨日のは教室でイタしてた訳じゃないよ。ただコレを確認してただけだから」
 明るく言い放った和希に、クラスメイトはあからさまに安堵のため息を付いた。
 和希の一言で急に変わった教室の雰囲気に、啓太は腹を晒したまま目を白黒させる。
「昨日の夕方、啓太がここで派手にこけたんだよ。その時ここ打ったらしくて骨とか傷とか確認してました」
「なんだよー!紛らわしい事してんじゃねぇ!」
「お前らがいつもべったりホモしてるから、すっかりそういう事してるって信じちゃったじゃねーか!」
 多感な少年達はやいのやいのと野次を飛ばすが、その段になって漸く啓太は事のあらましに気が付いて真っ赤になった。
 啓太の赤い顔を横目で見ながら、和希は平然と周りの野次を受け流す。
「君達、想像力旺盛過ぎだよ?教室でエッチなんてAVじゃあるまいし」
「だよなー。いくらお前らでもエッチはないよなー」
 クラスメイトが笑って騒いでる中、和希はそそくさと啓太の身なりを整える。
 そして、クラスメイトの話題は和希と啓太から別の物に移った。




 そろりと周りに視線を巡らせて、和希は啓太に耳打ちをする。
「…よかったな。昨日と同じ状況作れって言われなくて」
「全部なんか脱げる訳ないだろっ」
 何故、和希が啓太のシャツを肋骨の下までしか上げなかったのか。
 それは昨日の夜につけた正真正銘のキスマークがあったからなのだが、クラスメイトがそれに気が付く事は当然無く。
 そして、和希が啓太との情事の有無を否定しなかった事に気が付くものも居なかった…。

 

 

 

END


TOP ODAI TOP