保健室

2007.9.12up



 

 啓太が寝坊をした日の昼休み、保健委員のクラスメイトが啓太に声をかけた。
「尿検、伊藤の待たないで出してきちゃったから、あとで自分で持ってってくれよー」
「あ、うん。わかった。態々ありがとー」
 啓太は寝坊はしたが、一応授業ギリギリに教室に飛び込んでいたので、その日のスケジュールをこなすには問題は無かった。
 そして啓太は隣の席の和希に一声かけたあと、席を立つ。
 そのまま教室を出ると思われていた啓太は、ふと足を止めた。
「……どうした?」
 宙を見つめ、何かを必至に考えている様子の啓太に、和希は何気なく言葉をかける。
 まさか検査自体を忘れた訳じゃないだろうし(朝の支度で和希が確認済み)、かといって今現在で他に優先させる様な事柄も見当たらない。昼食が終わったこの時間に学生がする事と言えば、友人とのおしゃべりか、もしくは昼寝だ。
 暫く宙を見つめていた啓太が、くるりと和希に振り向く。そして和希が思いもしなかった言葉を吐いた。
「和希、保健室付き合って」
「………あ?いいけ…ど?」
 啓太は基本的には1人で行動をするタイプだ。ソレに和希がくっ付いて歩いているというだけだったのが、啓太からの珍しい申し出に、和希は目を瞬かせながら頷いた。


 教室を二人揃って出ようとした所で、啓太はいきなり保健室とは反対の方向へ歩き出そうとした。
「けーた、どこ行くんだよ」
 優しく腕を引っ張りつつ、軌道修正をした和希に、啓太は和希を保健室までの道のりに誘った理由を吐露した。
「だって…俺、保健室が何処にあるのか知らないもん」
「………はぁ?」
 現在二人は2年生。1年の半ばで転校してきた啓太も、既に1年間はこの学校に在籍しているのだ。そんな啓太が保健室の場所を知らないなどとは、和希は夢にも思わなかった。大体、啓太は他の生徒が知らない様な図書館の別室の場所も知っているし、現在では使われなくなった会計資料室の場所まで知っているのだ。なのに、一般生徒の殆どが知っている筈の保健室を知らないとは……。
「和希だって俺の取り柄が健康だって事知ってるだろ?怪我だって滅多にしないし、したって部屋で絆創膏貼っとけばいい様な物しかした事無いもん。保健室なんて用事がなかったんだから仕方ないだろ」
 確かに言われてみれば、保健室は体調不良や怪我で利用する場所なのだ。それらの事に縁の無い健康優良児の啓太には、足を向ける場所では無かったかもしれない。だが…。
「お前、一応学生会役員だろ。保健室の場所くらい、自分が行かなくても覚えとけよ」
 2年に上がった啓太は、元会計部の二人とともに学生会の役員をやっているのだが、それでも広い学内の全てを把握出来ていなかった。
「仕方ないだろ。今まで縁も無かったし、聞かれた事も無かったんだから」
 ブツブツと文句をいいながらも和希のあとに付いて保健室へと向かう啓太を、過去の事件と重ねあわせて安堵しつつ、未だに子供っぽい表情を無くす事の無い幼馴染みに柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

 

END


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