昼寝

2003.12.22UP



 

 コンコンっ
 真夜中に響くノックの音に、和希はびくりと体を震わせた。
 理由は、昼間の内に終わる予定だった仕事が終わらず、現在、学生寮の自室で処理中なのである。
 自分の身分が只の学生でない事を知る人は、現在の所数人しか居らず、またこれからも知らせるつもりのない和希にとって、この現状は見せたくないもののトップにあがる物だった。
 手早く机の上にある書類をまとめ、ファイルに仕舞込むと、何食わぬ顔で自室の扉に向けて不機嫌そうな返事をする。
「はい?」
  扉を開け、ドアの外にいた人物を確認すると、不機嫌そうな声を出した事を後悔した。
「ごめん、寝てた?」
 両手に入れたてのコーヒーの注がれたマグカップを持ち、不安そうに見上げる可愛い恋人。
「いや、こっちコソごめん。まだ寝てないよ」
 努めて明るい声と笑顔で部屋の中へと招き入れる動作を見せると、夜中の訪問者はホッとした表情を浮かべて、するりと部屋の中へ入った。
「どうしたんだ?こんな時間に。いつもならとっくに寝てるじゃないか」
 ベットサイドに置かれている小さなテーブルに、手に持っていたマグカップを置きながら、啓太は事の次第を話し始める。
「それがさあ。今日、珍しくなーんにもない日だったんだよね」
「なんにもないって、学生会の手伝いが?」
「うん。昨日、珍しく王様がさぼらなくてさ。そしたら今日は仕事がなくなった」
 自分で持って来たマグカップに口を付けながら、啓太は話し続ける。
「そんでさ。ナニしてイイんだか判んなくなって…昼寝しちゃったんだよ」
 和希も啓太の入れてきたコーヒーに口を付けながら、話の先を促す。
「でさ、あんまり昼寝ってしない方だったから、時間判んなくて…気がついたら夜だったんだ」
 そこまで聞いて、和希は啓太の顔を見ると、見事な位に赤く染まった頬。
「…もしかして、それで眠れなくて来たのか?」
 一呼吸後に、啓太の首は縦に振られた。
 それを合図に、和希の笑い声が部屋を満たす。
「…そんなに笑わなくてもっ!」
 頬を赤く染めたまま、啓太はふいっと視線を逸らした。
「で、和希はこんな時間まで仕事してたの?」
 逸らせた視線の先に、起動しっぱなしのパソコンがその時間を待ちきれない様に、白い光を巡らせている。
「ああ。ちょっと昼間終わらなくてさ。…啓太の昼根に感謝だよ」
 和希の言葉の最初と最後が啓太の頭の中では繋がらず、きょとんとした視線を小首を傾げると言う和希の事を煽る(自覚はない)仕草付きで和希に投げかけた。
「こんな時間においしいコーヒー付きで、俺の元気の元が来てくれるなんて、今までなかったろ?昼寝でもしてなきゃ啓太はいつも、11時にはお休み三秒だしね」
 深く付き合わなければ判らない、和希の意味を含んだ爽やか(そう)な笑顔を正面から受けて、啓太の頬はさっと朱色に染まる。
「…なんか…そのヤラシイ笑顔、ヤバいよ、和希」
「そう?」
 しらっと答えるその厚顔さに啓太は呆れて、軽くため息を一つ落とす。
「…で、仕事は終わったの?」
「あ、もうちょっと…あと20分位かな?」
「じゃあ早く片付けちゃってよ。…待ってるからさ」
 昼寝で体力が有り余っている所為か、いつもなら渋る行為の誘いを、すんなりと受け止めた。
「ホント!?じゃあすぐに終わらせるから…シャワーでも浴びてる?」
「…風呂はとっくに入り済みだよ」
「あ、そうか。じゃあちょっと待ってて」
 和希のコレからの行動を容認した啓太の言葉は、それまで停滞し気味だった和希の仕事の能率をアップさせるには十分過ぎる原動力だった。
 20分かかると言っていた仕事は、半分の10分で終わりを見せ、嬉々として和希は作業用のパソコンの電源を落として啓太の方へと振り返る。
「お待たせ、けい…」
 和希が振り返った先にいる啓太は…
「…すー」
「…え…」
 和希のベットに寝そべって待っていた啓太は、そのまま寝息を立てていた。
(…昼寝し過ぎて眠れないって言ってなかったっけ?というより、やる気になてしまっている俺はどうしたらいいんだよ)
  自分のベットで安らかな寝息を立てている啓太に向かって、心の中で呟いてみても、その瞳が開く事はない。
「…お休み」
 一つ、おもいっ切り大きなため息をついて、まだ幼さの残るその愛しい寝顔に軽くキスを落として、和希は再び机の上のパソコンの電源をつけるはめに落ちいった。

 

 

 

END


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