初恋

2003.12.06



 

「なあ、和希の初恋っていつ?」
「…突然だな」
 行為後の、ベットの中ピロートークにしてはちょっと気まずい啓太の質問に、和希は苦笑を漏らす。
「そう言う啓太は何時なんだよ」
「和希」
 ごまかしも兼ねた和希の切り返しに、啓太は悪戯っぽい笑みを浮かべて即答する。
 その答えに僅かに上がってしまう頬を、和希は止められなかった。
「嬉しいけど…その顔は違うんだろ?」
「あははっ、やっぱりバレた?」
 あっさり返された言葉に、がっくりと力が抜ける。
「で、誰?」
 ちょっと不貞腐れた声で、和希は啓太の言葉の続きを促す。
「すんごくスタンダードで幼稚園の同じ組だった女の子。髪の毛が長くて色の白い可愛い子だった」
「へえ。啓太は面食いだったんだ」
「うん。で、他にもその子がスキな奴がいてさ。どっちがその子をお嫁さんにするかで決闘までするとこだった」
 くすくすと楽しそうに話を続ける啓太とは対象的に、和希の機嫌は下降の一途を辿る。
「で、決闘の結果は?」
 取りあえずは始まってしまった会話の終結を和希は問う。
「決闘相手が直前に引っ越して、俺の不戦勝」
 そのお約束の様な結果に、和希は自分の不機嫌な原因も忘れてプッと吹き出した。
「その辺はやっぱり啓太なんだな。…で、その子と結婚の約束をして?」
「ううん。あの年頃でも女の子はオマセでさ。『あたし、あたしのパパよりカッコイイ人としか結婚はシナイの。10年経ったら考えるわ』って言って、3か月後に引っ越しちゃって終わり」
 ここまで出そろうと、和希の笑いは止まらない。
 枕に顔を押し付けて笑い続ける恋人に、啓太は自分から振った話だと言うのに頬を膨らませた。
「笑い過ぎだよ。…なんだよ。さっきまで不機嫌そうにしてたくせに」
「わっ…悪いっ、でもっ…ぷくくくくっ」
 尚も笑い続ける和希に、先程とは逆に啓太の機嫌が下降のカーブを描く。
「…もうイイよ。俺寝る」
「あっゴメンゴメン」
「悪いなんて思ってもない癖に。お休みっ!」
「悪かったって」
 背を向けてシーツを被り直した啓太の頬に、背後から口付ける。
「…そんなんじゃ反省したかわかんない」
 口を尖らせてそんな台詞を吐いてみても、染まった頬が啓太の心情を物語っていて。
「それじゃあコレでどう?」
 なんて言葉を和希に言わせる。
 もちろん、動いたのは口だけではなく。
「んっ…」
 シーツの中で和希の手は、啓太の胸元にその位置をずらす。
 そしてそのまま、啓太の胸の中心に…
「いてっ!!」
 上がった声は啓太の艶かしい声ではなく、和希の苦痛を訴える色気のないモノだった。
「なんでコレが反省の証なんだよ」
 啓太は和希の悪戯な手の甲を抓りながら、シーツの中から引きずり出す。
「さっき3回も続けてして、まだそう言う事を求めるのかよ」
「いやっ、解ったっ!重ねてゴメンナサイっ啓太君!っだから痛いデスっ!」
 和希の情けない声に、啓太はくすくすと笑いながら悪戯なその手を解放した。
「じゃあ、和希の初恋の話で許す」
「なんで急にそんな話聞きたがるんだ?」
 和希はすこし赤くなった手の甲をさすりながら、笑顔になった啓太に訝しげな視線を送る。
「今日、休み時間に蒲田が彼女と別れたって話になったんだよね」
「へえ、蒲田って彼女がいたんだ」
 クラスメイトのあまり触れる事のない一面に、和希は興味を持った様に相槌を打つ。
「うん。で、相手は実家の方の幼なじみで、初恋だったんだって」
「へえ、それはロマンチックだな。でもダメだったんだ」
「うん、蒲田も落ち込んでたんだけどさ。その時黒川がさ…」
 仲間内の名前を出した所で、啓太の口が、一旦動きを止める。
「黒川が…何?」
 その様子に、和希は少し顔を歪めた。
「『初恋は実らないモノだから、次は大丈夫だよ』って…」
 それまで合わせていた視線を、少し逸らしながら呟かれた啓太の言葉は、和希のなけなしの理性を突き崩すには十分な威力を持っていて。
「啓太…」
 和希は愛しい思いを隠す事なく耳元に囁いて、気怠げにシーツに投げ出されている体に乗り上げる。
「ちょっ!今日はもうっ…」
 抗議の言葉は、最後まで紡ぎ出される事はなく、あっさりと和希の口中に吸い込まれた。
「んっ…ふぅ…かっ…あんっ」
 口内を逃げまどう啓太の舌を絡めては吸い上げ、上顎から歯列の裏までも丹念に愛撫を施せば、初めから些細なものだった抵抗は、簡単に受諾にかわる。
 やがて唇は離れても、啓太の濡れた唇と瞳は視覚で和希を愛撫し続けた。
「もう…何回やれば気が済むんだよ」
 薔薇色に染まった頬で口を尖らせても、それは更に和希の情欲を煽るだけの物。
「そう言う啓太こそ、どれだけ俺の事煽れば気が済むんだよ」
「別に煽ってなんてないよっ、それより!」
 啓太の強い言葉に、啓太の体の上を彷徨っていた和希の手が止まる。
「…なんだよ。ここまできて止めるつもり?」
 不満を吐露しながら、和希の手はしっかり反応を示している啓太の中心を、啓太に確認させる様に撫で上げる。
「とっ止めないけど…」
 和希の行動に更に顔を赤くしながら、啓太はしどろもどろに言葉を続ける。
「さっきの答え…先に聞いておきたい」
 不安そうに視線を泳がせる啓太に、和希はくすりと笑みを漏らした。
「俺の初恋ね。…在り来たりで申し訳ないけど啓太だよ」
「…嘘だぁ」
「嘘じゃないさ。ただ当時は自覚してなかっただけ」
 話しながらも和希の手は、啓太の熱を煽る為に啓太の肌の上を動き回る。
「そっそれって・んっ…恋って言わないっ」
「恋だよ。そもそも『恋』なんて、特定の人物に対して脳内ホルモンが分泌されるって言う現象から認識されるものなんだから」
「ホっホルモンの分泌って…あっやぁっ」
「啓太に最初に会った時は、まだ意識出来る程の分泌量じゃなかったってだけで、大きくなった啓太にはしっかり分泌を認識出来てるよ」
 恋人の体を弄りながらする話にはとても思えない和希の言葉を、快楽の波に飲まれながら啓太は必死に返す。
「そっ…そんなのっ俺の前にっあっ誰かいたから…解ったんじゃっ!あんっ!」
「そうじゃなくてさ。只単に、大人になったから脳内の快楽物質のやり場が解ったってだけだよ」
「ふうっ…やり場?」
「そう。こんなふうにね」
 和希は言葉と共に、猛った自分の中心を、啓太の体に押し付けた。
「あっ…」
「流石にあの頃の小さな啓太相手にこんな事にはならなかったけど、今考えると『ああ、あれが俺の初恋だったなあ』ってね」
「それ・じゃっ…俺達、ダメに、なるって…コト?」
 にっこりと笑顔を絶やさずに、シーツの中で隠避な行為に耽る和希に、啓太は不安げに問う。
「ソノ解釈、今つけなきゃダメ?俺ももう、結構大変なんだけど」
「あっ…」
 会話の前に終わらせていた行為の名残で、今だに熱く解れている啓太の蕾みに自らの昂まりを押し付けて、くすぐる様に揺らせば、啓太の首は横に振られる。
「あ、後でっ…イイ」
「うれしいよ。…今は別の事教えてアゲルヨ」
「あっ…うんっ」
 そこで会話は途切れ、後、室内に木霊するのは甘い吐息と睦言。
 甘酸っぱいような胸の疼きに、二人は只酔い痴れた……




「で?」
「は?」
 激しい情交の汗も引ききらないうちに、啓太はいきなり疑問符を和希に投げ付けた。
「『は?』じゃなくて。さっきの解釈」
「ああ、アレね」
 今だに快楽を引きずっている様に濡れた瞳を向けている割には、あっさりと現実を取り戻している啓太の思考に、和希は小さく笑いを漏らす。
「なんだよ。さっき『後で』って言ったじゃん」
「ん…でも終わって早速って言うのも色気が無いな」
 汗で光る啓太の額に唇を落としながら、和希は苦笑と共に不服を露にする。
「だって、気になるんだもん」
 頬を膨らませながらも、大人しく和希の後戯に身を任せているその様子に、更なる欲求が頭を擡げそうになるのを和希は必死で堪える。
「啓太、そんなに俺と別れたくないんだ?そんなジンクスが気になる位」
「…和希は別れたいのかよ」
「別れたくないよ…っていうか、離さないし」
 啓太の頬が、和希に落とされた口付けの所為とは別に、紅く染まった。
「それじゃあ、解釈垂れるとね。『初恋』が実らないって言うのは、自分の不馴れな感情に自分自身でストレスを感じる所から始まるんだよ。で、そのストレスを上手く躱せなくて、相手に責任転嫁してしまう。で…」
「ダメになるんだ」
「ソウイウ事。…だと俺は思っているけどね」
 ふーん、と、啓太は和希の言葉を思案する。
「それじゃあ、俺の方がヤバいかも」
 噛み砕いた和希の言葉に、啓太は更に不安そうな瞳を潤ませる。
「…ストレス、感じてるんだ?啓太は」
「だって…もっと一緒にいられたらとか、傍に居れない時の和希の行動にイライラする事とか結構あるし」
 覗き込んでいる和希の視線から逃れる様に、啓太は瞳を逸らして不安を吐露した。
 だが、その思案顔でさえ、和希には愛しさを再確認させる道具の一つ。
「…そんな可愛い事ばっかり言ってると、次のラウンドに持ち込むぞ」
「かっ可愛いってナンダヨっ!」
「俺は蒲田よりは多少大人だから感情はコントロールする方法は知っているけど、こっちは煽られたらコントロール出来無いよv」
 半ば回復しているその象徴を、啓太に確認させる様に押し付ける。
「ばっ!なんでそんなに元気なんだよっ!?」
 真っ赤になって、乱れたシーツの上を慌てて移動するも、所詮はその限られた狭いスペースでは限度があり、容易に和希に抱き込まれた。
「うそうそ。もうシナイよ。これも多少なら我慢効くから…だから離れるなよ」
 啓太の背後から、緩く腕をまわして、優しくその体を密着させて行く。
 その和希の腕に、安心した様に啓太は体を預けた。
「でも…やっぱり気になるよ。和希と離れなくちゃイケなくなるの…耐えられそうにないし」
 和希にとっては些細な事でも、啓太がここまで重く考えているのは、やはり年の所為であろうか。
 尚も不安そうな啓太に一つため息をついて、更に和希は口を開いた。
「で、さっきの話の続きをするとね。今の啓太には3度目の恋だから、ジンクス面でも多分大丈夫だろうって事」
 和希の言葉に、啓太は目を見開く。
「だって…さっき俺が初恋って言わなかった?」
「うん。初恋は小さい頃の啓太。こんな可愛い子供が世の中にいたなんてって感動してさ」
 笑顔で話されても、自分自身の子供の頃の話と言うのは存外照れ臭い物で、例に違わず啓太の頬も朱に染まる。
 そんな啓太の反応に、更に笑顔を深くして、和希の話は続く。
「で、2度目の恋は、中学生になった頃の啓太…かな?」
「なんだよ、それ。結局俺なんだから、1度目も2度目もないダロ?」
 頬を染めつつも、しっかりと呆れた視線を和希に投げ付ける。
「感覚が違うんだよ。子供の頃の啓太に感じた感情とは別の物なんだから、やっぱり2度目っていう表現でおかしくないと思うんだけどね」
「どう違かったんだよ」
「うーん、なんて言うか…小さな頃の啓太は、只々一緒にいたいってだけだったんだけど、中学生の啓太には、いろんな事教えたりして手助けしてあげたいって言うか…そんな感じだな」
 和希の腕の中で身じろぎをして、背を向けていた体勢から向き合う体勢へ変えて、啓太は話の続きを促す。
「それって、『恋』って言うのか?」
「恋だろ。どんな形であれ、その人物と一緒にいたいって思うんだから」
 目の前にある啓太の額に軽く口付けながら、和希は言葉を続ける
「で、3度目は今の啓太だな」
「…今の俺にはどう感じてる訳?」
 啓太の言葉に、和希はニヤリと不適な笑みをこぼす。
「今までの感覚に加えて、下もちゃんと反応するだろ?」
 一瞬にして啓太の表情が変わる。
「…体かよ」
「十分、恋には必要な要素だろ?相手に欲情するってのは。動物の基本的行動の一つなんだからさ」
 和希の説明にも、啓太の固まった表情は崩れない。
「なんか…『大人になったら体が目当てになりました』って言われているミタイでヤだな」
「じゃあ啓太は俺と一緒にいてシタクならないか?」
 固い表情が僅かに崩れ、再び頬に赤みがさす。
「それは…なるけどさ」
「じゃあ、そう言う事だろ?別にエッチしたいだけな訳じゃないの位、解るだろ」
「…まあ…うん」
 躊躇いがちではあるが、啓太は納得をしめす相槌を打った。
「じゃあ、いろんな方面の啓太の心配事はコレで解決した?」
「ジンクスにかんしては解決。ちょっと安心した」
 向き合う事で少し距離のあいてしまった体を、啓太の方から改めて密着させる。
「でも、一つ疑問が出来た」
「え?」
 終わったかと思った会話を続けられて、和希は啓太の顔を覗き込む。

「…中学生の頃の俺、どうして知ってたんだ?」

「……」
「……」
「……」
「…和希?」
 初恋の話以上に気まずい話題を振ってしまった事に和希は気が付いて。
「…忘れっぽい啓太にお仕置きだ」
「なんだよっ!忘れっぽいってっ…んんっ!」
 再びその体に多い被さり、啓太の言葉を奪い、甘い夜に初恋の君の疑問を閉じ込める事に性を出した………。

 

 

 

END


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