「なぁ啓太〜」
「なに?」
「…退屈〜」
天気のいい日曜日に、啓太の部屋には和希のこんな言葉が蔓延していた。
「さっきから五月蝿いよ和希。しょうがないじゃん、レポート出ちゃったんだから」
「俺が教えてやるって言ってるのに」
「それじゃあ、勉強にならないだろ」
「…真面目だなぁ」
現在進行形で高校生な啓太とは違い、とっくにその課程を修了している和希にとって、課題や授業といったものは、只啓太と同じ時を過ごせるという意味のものでしかなく。
当然、啓太と一緒に出ているはずのレポートなどは、今更参考書などで調べる事も必要なく、仕事の片手間に終わらせてしまっている。
滅多に無い空いた時間。
社会人になると、そうそう遭遇できないものである。
だが、恋するオトコは愛しい恋人を目の前にして、そんな時間を楽しむ余裕なども無いわけで。
「…暇だ〜…退屈〜」
と、啓太のベットに寝転びながら呟き続けるしかする事は思いつかなかった。
「…っていうかさ。いっつもあんだけ忙しく動いているんだから、疲れとか溜まってるんじゃないのか?これを期に疲れを取るためにのんびりしようとか…そういうことは考えないわけ?」
和希の『退屈』発言が両手の指の数で足りなくなった頃、啓太はため息をつきながら、背後のベットの占拠者に問いかけた。
「疲れ、溜まるほど年じゃない」
いつもは『かまう・かまわれる』などの事を考える暇も無いほど時間に追われていた為、折角会えているのに自分を見ない啓太にすっかり拗ねた和希は、厭味半分でそんな答えを返した。
「はいはい。和兄はまだまだ大変に若いです。でも更に若いこれから道を模索する恋人の邪魔はしないで下さい」
流石に妹がいるだけあって、そんな和希のあしらいも啓太にはお手の物のようで。いつもとは立場が逆転しているこの状況を、楽しむ余裕すら見受けられる。
「…はいはい。ガンバッテネ〜」
和希は一頻り不満を吐露した事で少し気がまぎれたのか。
ベットの上に寝転びながら、窓から見える限られた空に雲が流れていくのをぼんやりと見つめた。
(こんな事…今迄あったかな)
幼い頃から色々な物事に追われて生きてきた和希は、ふと出来てしまった『何もすることの無い時間』に対して違和感を覚えた。
(子供の頃の学校の休みの日は…家庭教師が来てたな。留学中は…やっぱり勉強してたか学校行事とか、友達とかの付き合いで忙しかったし。こっちに帰ってきてからは…仕事してたよな)
そうやって改めて思い返してみると、なんと忙しない生き方をしてきたのか。
科学を考えて風の動きと雲の関係を眺めた事はあっても、何も考えずに、只こうやって雲を眺めた事が今までに無かったという事実に、少し淋しさを覚える。
(でもまあ、今の自分に不満があるわけじゃないし)
降って湧いた『たいくつ』な時間に、少しの淋しさと感動を覚えながら、いつの間にか和希の目蓋は重くなっていった。
「…終わった〜!」
窓から差し込む光の方向が変わった頃、啓太はやっと机から顔を上げた。
「和……」
振り向いた先は、当然『たいくつ』と連呼していた自分のベットの占拠者。
「…寝ちゃったのか」
気候のいいこの頃の爽やかな風に吹かれながら、気持ちよさそうに和希は眠り続けていた。
「…なんだよ。折角一生懸命早く終わらせたのに」
滅多に見ることの無いその寝顔に少しの文句をこぼしてみても、日ごろの疲れも相俟ってか、和希の目が開くことは無く。
「…退屈〜」
そして、ここに『退屈』を得てしまった人物がまた一人…。
END
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