「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「一人です」
最近見つけたオープンテラスのあるこのカフェは、今の所俺のお気に入りだ。
都市計画の木が適度に太陽の光を遮ってくれて心地いい。
テラス席に案内されて、差し出されたメニューを開く事なく注文する。
「マンデリン」
「かしこまりました」
豊富な種類の豆を有しているココでは、俺はいつでもこのコーヒーだ。酸味が他のコーヒーよりもキツくて、ゆっくり飲むのに丁度いい。
ぼんやりと広場を歩く人の流れを眺めて、初夏の空気を含んだ風を楽しむ。
啓太との待ち合わせまであと30分のこの時間は、俺一人の時間。
このカフェに啓太を連れて来た事はない。
また、連れてくる予定もない。
啓太が『来たい』と言えば断る事はしないけれど、俺から言い出す事はないだろう。
日頃、寮でも学校でも行動を共にしている恋人と離れる時間。
こういうのって必要だと思うんだよね。
ずっと一緒にいると見えなくなる事も多い。
だからこうやって一人の時間を確保して、啓太に思いを馳せる。
今、何をしているのか。
時間的にはやっとバスに乗った頃だと思う。
誰かと一緒にココまできて、バスの中の時間を楽しんでいるのかもしれない。
もしくは朝早くから友達と遊んでいて、その後に俺との待ち合わせ場所に来るのかもしれない。
今日の予定は、待ち合わせ以外はお互いに聞いていない。
外で会うときはいつもそうなんだ。
俺も啓太に聞かないし、啓太も俺に聞く事はない。
例外は、俺が仕事のときかな。
会議の後の待ち合わせは遅れる可能性が高いから、それだけは事前に言っておく。
「お待たせしました」
目の前に出されたカップからはほんのり湯気が立ち上がっていて、それに付随するかの様に酸味の強い芳醇な香りが鼻腔に突く。
有田焼の濃い赤が施されたカップを傾けて、一口口に含んだ。
独特の香りが口の中から薫って、飲込んだ後に溜め息が出る。
キツい味の物を口にする時に限って欲しくなる煙草を一本加えて火をつけた。
煙を吐き出す度に、頭の中も空っぽになる。
仕事の事も。
啓太の事も。
何も考えない。
木製の家具を基調にした店内は、余計な刺激を脳に与えない。
いつでも机の上に一冊文庫本を置いておくけど、それを手に取る事はない。
ただ、机のスペースを埋める為だけのモノ。
ボーッとしたいからここに来る俺だけど、端から見たらちょっと危ない人だと思うから「本を読もうと思ってます」っていうスタイルを作っている。
啓太と出かけるときは大抵晴れているから、いつでもテラスに降り注ぐ木漏れ日を眺めて、それに飽きると街を歩く人を眺める。
何もしないこの時間が愛しい。
ココを出て啓太に会えば狂おしい程の感情に左右されてしまうから、自分という物を確保出来るこの時間は最高だと思ってる。
コーヒーから湯気が上がらなくなると、その時間も終わりだ。
ジーンズのポケットに入れてある携帯電話を開いて時間を確認すると、待ち合わせまであと10分。
カップの中身を飲み干して席を立った。
店内の何処かで同じ様に椅子が動く音がして、レジに向かう足音が響く。
ああ、バッティングしちゃった。
そんなに急ぐ訳じゃないけど、レジで急ぐのって嫌なんだよね。
後ろに並ばれると、何となく気が急く。
ゆったりする時間を満喫するこの場所で、そんな事は一瞬足りとて思いたくないのに。
態と後から会計が出来る様にゆっくり歩く。
レジの前に付いた時、足下を見下ろすと。
この靴、見覚えがある。
俺がゆっくり視線をあげるのと、前の客が振り向くタイミングがぴったりと合致した。
視線の先には、お互いにとても見覚えのある顔。
この後の予定を共に過す筈の人物。
「「あ」」
考える事なんてお互い同じだったと、笑った。
END
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