「あと30分待ってくれれば出られるから」
いつもの様に申し訳なさそうに両手を顔の前であわせながら謝ってくる彼が、今日はなんだかとても憎らしく思えて。
「いいよっもう!一人でバスで出かけてくるからっ!!」
と叫んで、いつもの30倍の音量で彼の部屋のドアを閉めた。
楽しみに、していたのだ。
それはもう、とてもとても。
何時も忙しく、休日など滅多に取れない彼が、やっと約束してくれた日曜日。
彼の車でドライブをして、滅多にしない外食を眺めのいいレストランでして…。
頭の中でありとあらゆる計画を立てていたのに。
それなのに、やっぱり土壇場になって『仕事』の一言。
(もう二度と、約束なんて信じないっ)
目に溜る涙は、ぎりぎりで重力に耐えている。
人目に付かない様に足早に移動した先のバス停には、人影はない。
それもそのはず。
そのバス停に停まる筈のバスは、つい5分前にその場所を後にしたばかりである。
そんな事は解っていた。
だけど、あのまま彼の部屋にとどまる事は出来なくて。
こんなに空は明るいのに。
風も暖かく薫っているのに。
近くの海浜公園からは、楽しそうな家族の笑い声も聞こえてくる。
なのに自分は一人、暗い顔をしてまだ来る筈の無いバスを、バスの来る方向に目を向けて待っている。
明るい日差しが余計に涙を誘っている気がする。
「…もうっ、早く来いよっ!」
涙を誤摩化したくてそんな悪態をついてみても、時刻表に予定された到着時間は30分後。
黄色い看板を破損させない程度に加減して拳を叩き付けてみても、予定が変わる訳も無く…。
(もう、だめかも)
人より大きな目も、涙を溜めている事に限界を訴えている。
少しでもこぼれ落ちるその瞬間を遅らせたくて、顔を上げた。
「あ…」
そこには、先程置き去りにして来た筈の彼の姿。
「専用バスのご利用はいかがですか?」
到着予定時刻よりも早いそのバスに、こらえていた涙が溢れた…。
END
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